過ぎ去りし時代の話っ!?
「眠い………」
果てしなく眠い………。普段から、ダンジョンに魔力を供給したり、溜め込んだりするために、しょっちゅう魔力の枯渇を経験してきてはいるが、それはあくまで睡眠前のこと。そのまま睡魔に身を任せてしまえばいい場合とは違い、今は眠ってしまうわけにはいかない。
「タイル、彼らの使った魔法に心当たりがありそうだな?」
「ん、んー。あるけど?」
「僕もある程度はあたりをつけた。仮説だが、あれは時空間魔法だと思う。普通の結界では、『非殺傷結界』までも無効化することはできない。というか、理論上、『非殺傷結界』を無効化することは、本来出来ないはずだ」
そうでなければ、僕はそこまで『非殺傷結界』を重用したりしない。
『非殺傷結界』は、発生元を消さなければ、解除されない類いの結界なのだ。そのうえ、かなり広範囲を対象とする魔法であり、マジックアイテムとして隠してしまえば、ほぼ絶対の拠点防衛装置だ。
「だから、時空間魔法で一部の空間だけを上書きしたんじゃないか?しかも、自分達に都合のいいように」
「うーん。まぁ、正解かなぁ。本当は、キアス君がさっき使った魔法の情報と交換しようと思ったんだけど。残念」
「あれは僕の秘密兵器だ。そう易々と売ってもらえる情報だと思わない事だ」
「ちぇ」
僕らは神殿のリビングまで戻ってきていた。レライエには事態の収束を伝えたので、今頃ダンジョンに放送してくれているだろう。
たぶん彼女が、パイモンやタイルをソドムに送ってくれたのだろう。本当に気の回る奴だ。
「まぁ、キアス君なら調べてわからない情報でもないし、だったら小さな貸しとして今お姉さんが教えてあげよう」
心底楽しそうに、まるでこちらをからかっているかのような表情でタイルは笑う。
「とはいえ、概ねキアス君の言ったようなもので間違いないよ。
『エリア魔法』
僕がまだ人間だった頃、その魔法はそう呼ばれていた。
時空間魔法には、時間を操る魔法と、空間を操る魔法の2つがある。どちらも果てしなく魔力コストが高く、並の術者じゃ操れない魔法なんだ。とはいえ、それはあくまで人間の話。魔族やエルフなんかだと、それなりに使える人は多いし、人間にだって使えるものは居ないわけじゃない。
『エリア魔法』は、仮初めの世界を作る魔法だ。あらゆる法則を自分の裁量で決め、強制的にその世界をこの世界の中に顕現させる魔法なんだ。
勿論、世界の創造なんて神の所業だ。時間は限られるし、莫大な魔力を消費する。しかも、空間に付与する効果によっては、その空間そのものの作製に失敗する事すらあり得る。
魔法は、例え発動に失敗しても魔力を消費するから、最悪の場合はただ魔力を浪費しただけの結果に終わる。
ただ、きちんと発動させることができれば、その空間は術者に支配されたも同然だ。
例えば、彼らが使ったエリア魔法は、魔法の威力を増幅し、肉体の動きを阻害する、魔法使いにとって都合のいい空間を作る魔法。それと、逆に全く魔法を使えなくなるけど、身体能力がバカみたいに上がる空間を作る魔法だね。これは、魔法で敵わない相手を、術者自身が近接戦で倒すために使われていた。
どちらも身体強化魔法とは違い、相手にも効果を与える魔法なため、いかに自分達に有利な状況で有利な空間を作るかが、この魔法のミソでもある。
とはいえ、今言った2つなんて基礎中の基礎。ボクなら相手の動きを阻害するためなら、水中と同じだけの浮力を全てにかける空間を作るね。それならボクは空を飛べるから、なんら問題はないし、むしろいつもより速く飛べるだろ?
さて、じゃあなんでこんな便利な魔法が廃れたか、だけど。
まぁ、ぶっちゃけ、戦争が原因さ。
この魔法は、自分だけじゃなくその空間内にいる全てのものに作用する。仲間に対する支援効果は、100人の身体強化魔法の術者に匹敵するだろう。ま、上手く味方だけに効果のある空間を作らないといけないんだけどね。空間から出ちゃったら、効果ないし。
ただ、さっきも言ったように、術者の数は限られていた。戦場に送り出せば少なからず損耗し、補充もままならない。
おまけに戦争が絡んでいるんだ。各術者の持つ『空間』が秘伝とされたのは言うまでもない。この魔法が廃れる寸前には、なんとかこの魔法を復活させようとする動きもあったし、生き残れた術者もそれなりにいたんだけど、時空間魔法の使い手そのものが減っちゃって、しかも弟子を育てる前に寿命でポックリ。術者がいなかったところは言わずもがなだね。秘伝なんだから、それは術者が死んじゃえば死人に口なしさ。
とはいえ、残る場所には残ってるし、使える人間がいても不思議じゃない。
廃れたのもそんなに前じゃないしね。多分、3、400年前。エルフなら当時を知る者もいるだろうし、文献が残っていた可能性もあるんだけど………」
「ここでもう1つ、古い話がこの件に関わってくるわけか」
タイルの言葉が途切れた瞬間を見計らい、僕は口を挟む。
「『聖人計画』、だったか?」
「なぁんだ、キアス君も気付いていたんだ」
そんな共犯者を見るような目で見るなよ。
「確かに彼らには、勇者の力の『片鱗』のようなものがあった。
とはいえ、それはまるで粗悪な複製品みたいなものだったけど」
「言い得て妙だな」
確かに彼らは、勇者と言うには弱かった。シュタールやサージュさん、変態勇者の力を目にした事のある僕にはわかる。
あんなものは勇者ではない。
奴等が本当に勇者だったら、1人でだって僕を殺すには充分過ぎる。それなのに、剣での戦闘で、オリハルコンの剣というアドバンテージがあったとはいえ、僕は奴等の1人を斬り殺している。
勇者がその程度の存在なら、真大陸はとっくの昔にコションに占領されていなきゃおかしい。
「ただねぇ、ボクはあの計画に関わった連中を1人残らず殺したはずだし、計画の復活の兆候がないか、目を光らせていたんだけど」
「タイルに、情報の尻尾も掴ませなかったとは舌を巻く」
僕だって結構ビビるくらいの情報網を持っているのだ、こいつは。
「キアス様」
と、僕たち2人の会話に割り込んできたのは、パイモンだった。




