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 『奥義』と呼ばれる魔法

 しかし、この魔族の子供は弱かった。


 兄弟の魔法で呆気なく吹き飛ばされり、おかしな曲刀を抜くも、稚拙な剣技しか使えぬ体たらく。


 「ディス、こいつは魔族だ。光の神の敵だ。任務とは関係なく、目についた以上屠るべきだ」


 「あ、ああ………」


 何なのだろう。

 これだけ弱い魔族がいる事も異常だと思うが、そんな魔族があんな存在感を放っている事が、何よりも奇妙だ。


 しかし、兄弟が言うことももっともだ。こいつが魔族である以上、最優先に殺すべきだ。幸い、たいした手間でもなさそうだしな。


 「ディス、時間は大丈夫か?」


 「あと一時間弱、というところだ。ヌフも『奥義』を使った以上、もうしばらく使えんぞ」


 『奥義』が使えるのは、今回ここにいる兄弟では俺とヌフだけだ。


 残ったのは………5人か。大分やられたな。


 「お、まえ………ら、がふっ………」


 腹を突き刺したままだった魔族の子供は、苦しそうに息をしながら声を出した。


 残りの冒険者は、3人の兄弟が押さえ込んでいる。

 俺も参戦しなければ、さらにこちら側が削られかねない。

 この子供のためにも、早くとどめを刺してやろう。


 「さっ………きの、まほう………」


 「すまんな。冥土の土産を渡してやりたくもあるが、『奥義』については秘匿事項だ。お前は魔族だが、きっと光の神はお前を天界に導くだろう。見事な働きぶりだった」


 「『奥義』ねぇ」


 「っ!?」


 新たに聞こえた声に振り向くと、金の巻き毛の少年とも少女ともつかない姿の人物が立っていた。


 「あんなの、ただの魔法だよ。まぁ、戦況を一変させる事もあるような魔法だから、当時もそこそこ重宝されてたけど、『奥義』なんて御大層な名前では呼ばれてなかったね。

 確か『エリア魔法』とか呼ばれてたね、昔は」


 「………何者だ?

 なぜ『奥義』の正式な名称を知っている?」


 新たに現れた警戒対象に、俺は剣を向けながら問う。


 「なぜって言われてもねぇ、ボクだってその『奥義』だっけ?ぷぷっ。使えるしねぇ。

 むしろボクは、キアス君が使った、見たこともない魔法の方に興味があるなぁ。


 あと、君たちの製造元にも、かな?」


 「くっ―――」


 やはりこいつも魔族っ!なんという濃密な存在感だっ!


 「いや、ボクはキミたちには何もしないよ?

 まぁ、いざとなればお姉さんとして、助けるのもやぶさかじゃないんだけど――――」




 「ああああああああああああああああああああああああ!!!!」




 「―――今の状況じゃ、それは不粋だしね」


 雄叫びの先を確認すると、さっきの子供を巨大にしたような、一匹のオーガがいた。


 怒り。


 隠しようもない憤怒。それが魔力になって、彼女の体にまとわりついているようだった。


 4人の兄弟が、そのオーガに飛びかかる。さっきの子供の件もある。何かをされる前に、仕留めてしまおうというはらだろう。


 しかし、結果から言ってそれは失敗だったといわざるを得ない。


 兄弟たちにミスはない。俺があそこにいても、恐らく同じ判断をしただろう。だから、俺が今ここに立っているのは、ただの運にすぎない。


 あのアンドロマリウスという男に見逃されたのも幸運によるものだったし、襲撃した兄弟達の中で最後の生き残りになったのも、運でしかない。


 同時に襲いかかった兄弟の攻撃は、まるで嵐のような轟音をあげるこん棒に、体ごと弾かれた。吹き飛ばされ、着地したのはグズグズの肉の塊と化した2人の兄弟。

 攻撃の隙をつこうとしたヌフは、隙をつくことそのものには成功したものの、相手が魔族である事を忘れていた。人間であれば腕を振りきり、足を踏ん張ったあの体勢から、有効な反撃などできなかっただろう。だが―――


 頭突き。


 本来なら虚仮脅しにしかならない、攻撃とも呼べないその行動は、しかし、人間のそれとは違う魔族の額にある一本の角で、強力な一撃となった。


 ヌフは眼球を1つ貫かれ、動きが止まったところを2本のこん棒で粉々に吹き飛ばされた。


 残る1人。そいつは動けなかった。動けぬまま―――


 飛び込んできた紅髪の少年に、喉笛を喰い千切られた。


 一瞬。


 そう呼んで差し支えない時間で、生き残っていた我ら兄弟はほぼ全滅した。


 「ました、起きて。ミュル、きたよ?」


 気付けば、金髪の子供の他にも、毒々しい桃色の髪をした少女が、俺が刺し貫いた子供の側にしゃがみこんでいた。


 「ねぇ、ました?起きて?」


 「起き………てるよ………。なんとか………ね」


 「ました、ミュルね、ました、助ける、きた」


 「………それは………、………『助けに来た』………が、ただしい………」


 俺は、その子供に剣を振り下ろした。


 躊躇などしない。そもそも俺は、この街の者を出来るだけ殺すために来たのだ。男だろうと女だろうと、子供だろうと老人だろうと、躊躇などしない。


 だが、俺の剣は、彼女を殺すことは出来なかった。

 彼女に届いた剣は、しかし届く先から溶けて消えていった。半ばから無くなった刀身に、一瞬呆然とした隙に、少女の手が伸びてきた。


 「ぐぁぁぁあああああ!!」


 ガシッとしっかり捕まれた腕は、ジュウジュウと嫌な音をあげて溶かされていく。

 思わず膝をつき、少女と同じ目線になって、ようやく気付く。


 少女の目には、俺など映っていなかった。


 そこにあるのは、ただ餌を前にした猛獣の目。狩る者の目。


 「………苦しん、で、のたうち?まわって、血、をはいて、死ね………」


 静かに、俺にしか聞こえないような囁きを残し、少女は離れる。


 猛烈な痛みが身体中に広がる。


 苦しい。息ができない。痛い。身体中が痛くて、身動きがとれない。苦しい。痛い。苦しい。痛い。


 自然と痙攣を起こす四肢。最早体は、俺の意識で動かすことなど出来なかった。


 「ミュル、こいつマスタ、いじめた。マルコ、殺す」


 「だめ。放っといても、しぬ。放っとい、たら、もっと苦しい」


 「キアス様!キアス様ぁ」


 オーガが、子供のオーガを抱き上げて泣いているのを、俺は意識の隅で認識した。


 そう、か………。

 魔族も、家族の事を思って泣けるのか………。

 なら、いまわの際くらい、俺も家族を思う事にしよう………。




 ヌフ。

 愛らしい―――あの、妹を―――思って―――。





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