劣勢の魔王っ!?
勿論、僕は僕であり、僕のままだ。
どっかのサ○ヤ人みたいに怒りで覚醒したとか、真の姿になったとか、あと2回変身を残しているとかではない。
ただ単に幻術で、以前何となく作ったオーガの姿になっただけだ。パイモンの姿を真似た、一角のオーガの姿に。
この街では顔が売れ過ぎてしまっているので、僕が『商人キアス』だとバレないように、変装したのだ。
その程度の理性が残っていたのは、ある意味でまだまだ僕は本気で怒っていなかったという証左なのかもしれない。
まぁ、考え無しに前に出たせいで、しこたま魔法の雨霰を食らってしまったので、説得力としては皆無だが。
喚び出したアンドロマリウスは、次々と勇者の群れをなぎ倒していく。
『マスター。一度お下がりください』
いつもより、やや冷淡なアンドレの声。
「ダメージは回復させた」
しかしそれを、僕は拒否する。回復はダンジョンの機能を弄って、冒険者たちもまとめて回復した。
『また攻撃されたらどうするんですか!?』
「何とかする」
『パイモン達を呼んできてくださいっ!今すぐ戻って!』
いつもより語気が強い。なんだろう、アンドレは焦っているのだろうか?
「イヤリングを使えばいい」
『駄目ですっ!!一度戻ってください!!』
「………いやだ」
嫌だった。
なんだか、今ここから逃げるのは、どうしても嫌だった。
『お願いします!戻ってください!!』
最早悲痛と言っていい雰囲気のアンドレの声に、僕は申し訳なく思いつつ、答えた。
「………ごめん」
わかってる。
アンドレは僕を心配している。僕の身を案じ、僕をここから退避させたいのだ。
でも、ごめん。
僕は、今ここから逃げるわけにはいかない。魔王だから、ではない。僕が僕だから。僕が僕であるために。
『旦那。旦那から貰った代償分は働いたぜ』
空気を読まず、アンドロマリウスが暢気な調子で戻ってきた。見れば、勇者の群れはほぼ壊滅しかけていて、10人に届かない。
20人以上いた敵が、半分………。だが、状況はむしろ劣勢だった。
残る勇者に対抗する策は、まだ考え付かない。
『んじゃ、俺は帰るからよ。また喚んでくれや』
「ああ、助かった。ありがとう」
『礼なんてよしてくれよ。旦那と俺達の仲じゃねぇか』
再び魔方陣が現れ、アンドロマリウスは帰っていく。
彼が帰ってしまえば、一見有利に見えたこの戦場の光景は、逆転する事だろう。
彼は悪魔である。
ソロモンの72柱の悪魔の序列72番。アンドロマリウス。
本物の悪魔。
今は仮にこちらの味方として参戦している彼は、しかしウルト○マンのように時間が経てば、いなくなってしまう。怪獣を残したままでも。
「さぁ、じゃあ残りはガチンコの殺し合いといこうか」
僕はハルペーを抜く。
奴等の首を刈るために。
『マスター。もう一度言います。下がってください。あなたでは、彼らに勝てません』
「………………」
わかってるさ、そのくらい。
仮にも勇者を名乗っているんだ。下手をすれば、ここに集まっている冒険者達の誰よりも、僕は弱い。
だけど僕には、いくつかのアドバンテージもある。
やってやるさ。
『マスター!あなたは今、怒りに我を忘れています!!自覚してください!!』
いやいや、僕は冷静だよ。少なくとも、バレないように変装してくるくらいには冷静さ。
『マスター!!』
「先手を取る。アンドレ、トラップ『ファランクス』起動」
『ああ、もうっ!!』
なんだかんだで、僕の言う事を聞いてくれるアンドレに、感謝半分、申し訳なさ半分で苦笑する。
そこで、残っていた5人の足元から、槍が剣山のように幾重にも飛び出した。
2人が脚に傷を負い、残りの3人は辛うじて回避。他の連中と息を合わせて、僕に向かって突貫してきた。ちなみに今ので、動けなかった何人かは死んだだろう。死んでなくても、大怪我を負った者は少なくない。
「貴様ぁあああ!!」
憤怒の表情を浮かべて突進してくる1人を、魔法攻撃トラップで迎撃。
そう、これが僕のアドバンテージ。ここはれっきとしたダンジョンの一部であり、改編さえすればトラップを用意することは容易い。ただ、急場凌ぎは否めず、凝ったものや大がかりなトラップは用意できなかった。
なにせ、さっきアンドロマリウスが暴れていた時に、急いで設置したものである。趣向を凝らした物を造っている暇などなかったのだ。勿論、これは今回の事件が終われば撤去するが、今後は街防衛用のトラップでも用意しておこうかと、暢気な事を思った。
「魔法の威力が高まるってのは、どうやら確からしい。魔法トラップの威力まで上がっている。一体どんな原理なんだろうな?」
『………わかりかねます。どうやら『非殺傷結界』を無効化した魔法の副次的な作用のようですが、今でも『非殺傷結界』はこの場以外ではきちんと働いています』
となると、この場だけが結界の効果範囲から切り離された、という事になるな。
「ま、今はそんな事を気にしている場合じゃない、か。
アンドレ。魔法トラップを利用し、奴等を一纏めにしよう。そこに『ファランクス』を撃ち込む」
『いささか安直ですが、我々にはそれ以外に攻撃手段がありませんからね』
魔法の集中砲火を浴び、自称勇者の集団が少しずつ追い込まれていく。
よし。そろそろだ。
「『狂戦士達の戦場』」
―――なんだ!?
「何が起こったっ!?」
『不明です!突然魔法が掻き消されました!『ファランクス』を起動します!!』
くそっ。仕方がないか。
今の状況じゃ、残る半分も巻き込めないが、仕方がない。
急に魔法が消えた事には、何かしらの理由があるのだろう。それを検証する時間は、今はない。しかし、僕の驚きはそれだけにとどまらなかった。
突然地面から生えた槍に、今度は誰1人として傷付けられなかったからである。
いや、正確に言うなら、今回も倒れている連中に限って言えば、きちんとトラップの餌食になった奴はいた。だが、動いている連中は、咄嗟の事にも関わらず全員が回避してみせたのだ。
『マスターっ!!魔法トラップが発動しません!!』
「何!?さっきまで動いていたのもか!?」
『はい!』
クソッ。
物理的なトラップは発動するのに、魔法トラップだけが発動しない?
わけわかんねー事ばっかだなっ!!
さっきまではやや動きの鈍かった自称勇者連中は、しかし今は目を見張るような華麗な動きで、物理トラップを回避している。
その内の1人が僕に肉薄し、僕はそれにハルペーを降り下ろす。
相手がガードのために構えた剣は、僕のハルペーに両断され、相手も脳天から幹竹割りに斬り裂かれた。
あれ?いくらオリハルコンの剣でも、僕ごときの力じゃここまでの威力なんて―――
『マスター!!』
アンドレの声で、僕は他にも2人、自分に迫ってきていた事に気付いた。
前方の斜め左右から、1人ずつ。その後ろからも、1人ずつついてきている。
「くそっ!!」
1人の振るった剣をハルペーで迎撃しようとしたが、思った以上の威力に、逆に弾かれて体勢を崩す。
そこで残った1人が突き出した剣が、僕の腹を貫いた。
「う………ぐっ!!」
痛みに呻きながら、そいつの首にハルペーを叩き込むも、残った後方の2人が剣を構えて向かってくる。
僕はショテルを引き抜き、片方に投げつける。
回避した奴を後回しにして、先に来た方を―――
ズン。
ああ………、そうか………。
最初に剣を弾いた方を、………忘れてた。




