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 とある王女様の事情


 トリシャ・リリ・アムハムラ。


 アムハムラ王国、第4王女にして、同王国の騎士団長。


 彼女の半生は、まさに波瀾万丈の一言に尽きた。




 「副長、そろそろ休憩を入れよう。魔王を前に、兵が疲弊してはいざという時困る」


 「はっ。各班長、聞こえたな。大休止、1時間。各自体を冷やさぬよう注意せよ」


 隊長の言葉を復唱し、俺は簡易のテントの用意をする。

 ものの数分で作り上げ、隊長を中へと誘い、自分も後に続く。


 ここ『魔王の血涙』においては、休憩をとるだけでも結構な手間がかかるのだ。


 「副長、状況に変化は?」


 「はっ、15km前方に、以前は確認できなかった城壁が存在しています。恐らく、件の第13魔王の仕業かと」


 「城壁だと?」


 「はっ。高さ20m程の頑丈な壁です。破壊は困難でしょう。ただ………」


 いい澱む俺に、彼女は怪訝そうな顔を返す。


 「続けろ」


 「はっ。破壊は困難ですが、突破そのものは可能なようです」


 彼女はますます、眉間のしわを深く刻み、疑問を投げ掛ける。


 「どういう事だ?いや、それ以前に、今回の遠征では、できるだけ魔王を刺激したくない。無理やり突破などはしない方が得策ではないか?」


 「いえ、それが………」


 俺は、先見隊の報告を、そのまま彼女に伝えた。


 なんでも、彼の城壁には、開けた場所に階段が設置してあり、内部へ侵入することは容易であるらしい。


 しかも、城壁の上部には所々に門が見えていて、どうやらそこを移動可能なようだ。


 城壁には、他の入り口や門がないか、探索させているが、今だ発見の報告はされていない。


 勿論、先見隊にはあまり城壁に近付きすぎないよう注意もした。第13魔王の気性がわからない以上、不用意な接触だけは控えなくてはならない。


 今回の遠征は、あくまで調査が目的であり、戦闘はなるべくならば控えるべきなのだ。




 報告を終え、俺は黙る。今回の遠征隊の隊長である、彼女の意見を聞かねばならない。


 精悍と呼んで差し支えない表情で、彼女は思案に耽る。


 れっきとした、アムハムラ王国の王女である彼女は、しかし自分は軍人であると宣言するかのように、男性のような短い頭髪である。

 いや、勿論、彼女には世間体というものがある。王女という、とてつもない世間体が。だから、髪も肩にかからない程度にまでは、伸ばしているのだが、世間一般では、女性がこれ程短い髪にするのは、かなり特異なのだ。

 せいぜい子供か、何らかの理由で髪を失ってしまった女性が、恥じらいながらも髪を短くする程度である。


 しかし………。




 いやっ、本来、上官であり、王女殿下である彼女に、このような感情を抱いてはいけないのだが、




 実に綺麗だった。





 短い髪から覗く、か細く脆そうな顎から耳へのライン。

 白銀の甲冑と、髪の隙間から覗く華奢なうなじ。

 金糸のような繊細さと、獣のような躍動感のあるその髪型は、彼女にとてもよく似合っていた。


 「副長、私はその階段が、魔王の用意した入り口だと思うが、君はどうだ?………ん?おい、どうした?」


 「あ、い、いえっ!申し訳ありませんっ!」


 何をやっているのだ、俺は。隊長の美貌に見とれ、返答を遅らせるとは。

 恥ずかしさと情けなさで、俺の顔は、恐らく真っ赤になっているはずだ。


 「大丈夫か、副長?体調が悪いなら、救護班に」


 「い、いえっ。大丈夫です。全く問題はありません」


 「そうか?やけに顔が赤い気がするぞ。今、君に倒れられると困る。後で救護班の診察を受けろ。これは命令だ」


 本気で心配してくれる隊長に、本気でやるせなくなる。


 「はっ。それで城壁の件ですが」


 やや強引に、話を元に戻す。


 「私も隊長と同意見です。ただ、どんな罠があるかも解りません。侵入は、慎重に行うべきかと思います」


 「そうだな。誰でも簡単に入れるのなら、そもそも城壁を造る意味はない。そのあたり、君はどう見る?」


 「敵を一ヶ所に集める事を、目的としている可能性はあります。また、階段には横列で20名程度の者しか並べません。分断して各個撃破を狙う可能性もあります。………ただ」


 「そこを開け放っている意味は、やはりわからんよなぁ」


 「はい」


 城壁を造る上で、孤立しないためには、門が必要であり、物資や軍団の通行のためにも、ある程度の広さが重要である。

 しかし、城壁は外敵を退けるための物だ。

 そこにデカデカと、誰でも入れる入り口など造るわけがないのだ。


 「まぁ、実際に見てみない事にはな………」


 「はい。城壁上部に魔物の姿は確認しましたが、衛兵などの魔族は見当たらなかったようです」


 「待てっ!」


 突然の鋭い声に、俺は背筋に剣でも突き付けられたかのような錯覚を覚えた。


 「つまり魔物は確認できたが、魔族は確認できなかったのだな?」


 「は、はっ」


 「成る程、わかった。あの城壁は、恐らく遅延工作のために造られたものだ。各所にある門、20mという高さ、おまけに魔物」


 「成る程………。確かに………」


 たったこれだけの情報で、よもやあの城壁の全貌を解き明かすとは。

 俺は尊敬の念も新たに、隊長を見つめ返す。


 「しかしだとしたら、少々厄介な事になりますね。

 遅延工作がある以上、相手方に使者を送る事も難しくなります。往復でどれだけの時がかかる事か、この寒さでは、あまり考えたくもありませんね」


 「確かにな。できれば、我々の侵入と同時に、相手もこちらに使者を送ってもらえれば、最上なのだが」


 「それは………」


 冗談かと思って、思わず笑うところだった。


 隊長が忘れるわけもないのだが、相手は魔王なのだ。むしろ、真っ先に兵を送り込まれる心配をすべきである。


 「ふふっ。望むべくも無い話だというのはわかっている。だが、興味はないか?巫女が我が国に魔王誕生を知らせに来たのが、3日前。長く見積もったとて、ここの魔王は、生まれてから1月程なのだぞ。その短時間に、これだけの物を造り上げる魔王。軍人として、なかなか興味深い」


 「それは確かに………」


 ここまで不可避の遅延工作をとられれば、確かに軍人として評価せざるを得ない。

 なにより、時間的に考えれば、人間には不可能。いや、魔法に長けたエルフや、身体能力の高い獣人やドラゴニュートの力を借りても、この短期間でこれ程のものは造れないだろう。


 しかしだからこそ、その魔王は危険である。


 今回、この遠征がなければ、魔大陸侵攻で初めて、この遅延工作は明らかになったはずだ。

 その時は、すでにここを撤退する選択肢など無いだろう。

 なにせ、アヴィ教のクソ教皇の発令なのだ。


 「まずは、その城壁に着いてからになりますが、1度本国へ伝令を送るべきです。

 万が一我々に何かあった時に、あの城壁の情報だけでも持ち帰るべきでしょう」


 「そうだな。伝令の選出は任せる。ただ、若い奴は軟弱でいかん。優先的に伝令にして、とっとと帰らせろ」


 「了解」


 つまりは、若者は死なせたくないと。


 全く。


 本来はあなたこそが、一番安全な場所に居なければならないお方なのですよ。


 まぁ、だからこそ、彼女はアムハムラ国民の憧れの的なのだけれど。




 トリシャ・リリ・アムハムラ。


 彼女の母親は、アムハムラ王国でも北端の貧しい漁村で生まれた。

 そんな女性がなぜ、王女殿下を出産したのか。

 王室の秘事のような事柄であるが、実を言うとアムハムラ国民なら誰でも知っている。


 32年前、第11魔王コションが、軍団を率いて真大陸に攻め込んできたのだ。


 場所は勿論アムハムラ王国である。


 防衛戦は過酷を極めたが、双方大量の犠牲者を出し、痛み分けのような形で収束した。

 それだけで終わればまだ良かったのだが、アヴィ教と中央のバカ共が魔大陸侵攻を決定したのだ。


 ただでさえ疲弊したアムハムラ王国は、食料援助と徴兵令により、未曾有の食糧難に見舞われた。


 しかも、意気揚々と『魔王の血涙』に侵攻していった遠征軍は、その過酷な環境にまともに戦えず、直ぐ様とんぼ返り。寒さに馴れたアムハムラ軍を殿に、すごすごと帰ってきてしまったのだ。


 アムハムラ王国でアヴィ教が蛇蝎のごとく嫌われている理由はこれである。


 奴等は、行きと帰りにアムハムラでただ飲み食いして行っただけなのだ。軍の被害も、寒さで戦えなかったバカ共の次に、殿を努めたアムハムラ軍が多かったのだから尚更である。


 そして、この撤退の殿軍に、国王も居たのが運命のいたずらの始まりである。


 当然、アムハムラの兵士達は国王を真っ先に撤退させようとしたのだが、王は頑としてその場を辞さず、遠征軍の撤退を見届けた後に、ようやく撤退を開始したのだ。

 しかも、少数の手勢だけを引き連れ、殿の戦力をできるだけ削らずにである。


 しかし、運の悪い事に、撤退する王達を魔物が襲撃した。

 強力な魔物を、満身創痍で退けた王は、死した兵士達の中で、自らの死も覚悟した。




 そんな時、後にトリシャ王女の母親になる娘が、王の前に現れたのだ。




 彼女は、血にまみれる事も構わず、王の治療に従事した。

 魔王襲来の折り、少なくない被害を被り、また遠征の影響で彼女の居た漁村は食うにも困る有り様であるにも関わらず、彼女は王の世話を続けた。



 自分の分の食べ物を王へ譲り、安くない魔法の治療を施し、王が回復するまで献身的に看護を続けたのだった。


 王が彼女に惹かれるのは、ある意味必然ともいえただろう。


 だが、王には仕事があった。この危機的な食糧難を乗り越えられねば、アムハムラ王国は滅亡を待つのみだったからだ。


 王は彼女に、生活の足しにするようにと、持っていた指輪を数個渡し、固く再会の約束をして王都へと戻った。


 そして12年後の事、食料難で多くの命が失われつつも、なんとかその被害を最小限に抑えきった王の元に、不可思議な報告が入った。




 10歳程の少女が、騎士団の試験を合格した。





 その報告に、王は興味を持った。


 騎士団の試験は、大人でも半数以上の者が不合格になる過酷なものだ。

 それを子供が突破したとなれば、当然の事だった。


 少女を見た王は、驚きのあまり、しばらく言葉を失ったそうだ。


 少女の面差しが、あまりにも似ていたからだ。再会を約束した、あの彼女に。


 王は、止める臣下を振り払い、少女の元へ駆けた。

 やはり少女は、あの娘の子供だった。


 王は、母親に会いたいと少女に伝えたが、少女は静かに首を振った。

 懐から、数個の指輪を取りだし、彼女は告げた。




 母親の墓は、かつて2人が出会った漁村に、ひっそりと佇んでいた。




 王は、人目も憚らず慟哭した。

 魔王にも屈しない精強な王は、子供のように泣き喚き、墓の前で問いかけた。


 なぜ、自分の事を大事にしてくれなかったのだと。


 なぜ、再会の時まで生きてくれなかったのかと。


 なぜ、子供が生まれたのなら頼ってくれなかったのかと。


 なぜ、指輪を売って、そのお金で豊かに暮らしてくれなかったのかと。


 なぜ、君を助けられなかったのかと。




 最早そこに居たのは、英雄アムハムラ王ではなく、愛する女性を亡くした、1人の男だった。




 後日、王は正式にトリシャの母親を側室とし、トリシャを王女として迎え入れた。



 彼女の出生と、亡くなっている王妃の事情は、王自ら臣民に語られた。




 今では、王都で彼女の劇まで披露されるほど、この話はアムハムラ国民の心を打った。


 あの食料難の時を支えてくれた王。その王を救い、自らは何も求めなかった王妃。

 アムハムラ王国において、彼女や、彼女の娘であるトリシャを悪く言う者などいない。


 救国の母を、国民は皆敬意を持って愛しているのだ。







 「副長、そろそろ時間だ。出発の準備をさせろ」


 「はっ」


 俺は短く返事を返し、テントを出る。




 何があろうと、彼女は絶対に死なせない。


 胸に再度決めて俺は歩きだした。





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― 新着の感想 ―
[一言] 余程のことがない限り鏡の様な態度が一番楽よの。威圧的なものには威圧的な敵対者には敵対を友好的には友好的を。
2020/02/23 18:52 退会済み
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