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 悪魔

 その魔族の子供は、腰の鎖袋から一冊の本を取り出した。


 なぜ本を?

 などという問いは、誰一人抱かなかった。


 あれは、明らかに『ヤバい物』だ。魔力とは別の禍々しいオーラが、その本からは漏れ出ていた。


 「『其は―――』」


 駄目だっ!!


 これ以上、こいつに何かをさせては―――


 「何をしているっ!?殺せ!!」


 俺が叫ぶと、兄弟達は我に返り魔法を放つ。

 火、水、土、風、光。ありとあらゆる魔法がその子供に殺到し、そして紙くずのように吹き飛ばした。


 ゴロゴロと地面を転がる子供に、俺達は一抹の安堵を得る。

 そう。そうだ。

 攻撃は当たる。

相手は、そこに存在する、確かな生き物。

 殺せる。

 確かに殺せる、ただの生き物。それが例え、魔王でも。


 しかし―――


 「『其は、36の地獄の軍団を統べる伯爵―――』」


 ソレは、何事もなく立ち上がる。服は破れ、体は傷付いているはずなのに、何事もなく立ち上がり、唱える。


 「『―――其は、不正と邪悪の大敵。

 全ての盗人(ぬすびと)を罰し、盗まれたものを取り戻す者なり―――』」


 駄目だ。

 絶対に駄目だ。


 この世にいてはいけないものの産声が、上がろうとしている。


 「う、撃てっ!!撃ち続けろ!!」


 再び多くの魔法が殺到するが、今度はそれを結界が防ぐ。


 冒険者達だった。


 冒険者が、つまり人間が、魔族を庇ったのだった。


 「おい、アンタ?

 大丈夫か?」


 「『―――其は、邪悪な人間を罰する者なり。

 悪と不正を暴き、隠された財宝を見つけ出す者なり―――』」


 「平気そうだな。お前ら!!こんな子供に守られて恥ずかしくねぇのかっ!?力入れやがれっ!!」


 「おうよ!!」


 「フン!アンタこそ、さっきまでの攻防でヒーヒー言ってたじゃないの!」


 「おい小僧、あんな奴等にやられんじゃねぇぞ!?」


 魔族の子供を庇う冒険者達。

 それは、有史以来争い続けた魔族と人間の関係ではない。憎しみ合う事しか知らなかった、魔族と人間の関係ではない。


 それは、新たな時代の姿。




 「『顕現せよ。72番目の悪魔にして、大いなる伯爵。

 其の名は、アンドロマリウス!!』」




 瞬間、


 石畳の地面に、この世界の物とは違う魔方陣が現れた。

 そして、本から漂っていた禍々しい気配が、その魔方陣から何千倍にもなって溢れ出てくる。

 魔法使いは敵味方の区別なく、この溢れ出る魔力に目を見張る。


 とんでもない量の魔力に。そして、その漏れ出でる魔力に籠る悪意に。


 ズズ………。


 せり上がるようにして、何かがその中心から現れる。


 ズズズ………。


 それは人だった。いや、人の姿をした『何か』だった。

 白い包帯のようなもので顔の大部分を覆い隠し、粗末なローブを纏った体に、白い大蛇が絡む。


 ズズズズ。


 ソレが完全に現れると、地面からは魔方陣が消える。ぬらりぬらりとその男の体を這う蛇が、まるで品定めでもするようにこの場にいる人間を見回す。


 『やぁ、旦那。

 俺を喚ぶなんて珍しいじゃないか。普段はウァプラとか、ベリトとか、ハーゲンティしか喚ばねぇのに』


 男が気安い雰囲気で、子供に話しかける。


 「………事情があってな」


 『そりゃそうだ。何せ、俺を喚んだんだからな』


 まるで見えない壁を一枚隔てているかのような、生気の感じられない不思議な声で男は笑う。嘲るように。蔑むように。


 『で、俺を喚び出した代償は?』


 「今僕の持っている魔力の半分」


 『そりゃあ大盤振る舞いだな!』


 「その代わり、僕の街で無法を働いたそこのクズ共を、罰しろ」


 『うわぁー………。いくらなんでも量が多いぜ、旦那ぁ』


 「違う。僕の側にいる奴等は除外しろ。あっち側にいる奴等だけだ」


 男が周囲を見回した際、たまたま目があった冒険者は、恐怖で硬直する。

 当然だ。

 まるで高位の精霊のような、魔力で出来た生命体。存在そのものが魔力であり、溢れ出る高密度な魔力の片鱗は凄絶の一言に尽きる。しかし、その雰囲気に清廉さはなく、むしろ邪悪の権化のような禍々しさだ。


 『うーん………、それでもやっぱ多いぜ。

 ここはやっぱり、魔力じゃなくて生き血とか、腕とかを生け贄にしようぜ』


 「できるだけで構わない。残ったらこちらで処理する」


 『ちぇっ………』


 つまらなそうに舌打ちした男は、何を思ったのか子供に蛇をけしかけた。


 「悪いな。この後もう1人喚ばないといけなくて、魔力を無駄に使えないんだ」


 自分の頭と相違ないような大きな蛇の頭が迫るのにも、全く動じずに話し続ける。

 狙いは過たず、大蛇はその細腕にガブリと咬みついた。

 これには周囲の冒険者も俺達も意表をつかれた。


 何をやっているのか、全くわからなかったのだ。


 もしや、仲間割れかとも思ったが、子供も男も平然と話し続けていた。


 「ぐぁ………っ。やっぱり結構痛いな………」


 『しかたねぇさ。旦那の放出する魔力じゃ、時間がかかりすぎるんだから。それじゃあ、俺がこの世に顕現し続ける魔力の分を一生払い続けなきゃなんないぜ?』


 「わかってる………っ」

 苦悶の表情を浮かべつつも、当然のように男と話し続ける子供。


 この大人と子供が話しながら、大人の持つ大蛇に子供が咬みつかれている絵面は、ある種のコメディのようなちぐはぐさで、まるで噛み合っていない歯車が回っているのを見ているような気分だった。


 『はいよ。代償は受け取ったぜ』


 「なら、後は任せる」


 『はいはい』


 軽い調子で返事をした男は、こちらに向き直るとスタスタと歩み寄ってきた。

 この時になってようやく、俺は攻撃の手が止まっている事に気付いた。

 それはどうやら俺だけではなかったらしく、思い出したように男に魔法が殺到した。


 初級、中級にとどまらず、上級、最上級クラスの魔法も混ざっていた。無論、こちらに被害が出ないような魔法に限定していたが、しかしそんな心配はただの杞憂だった。


 男に向かっていった魔法は、それに命中した瞬間に霧消した。

 強い魔法も、弱い魔法も、十把一絡げに掻き消してしまったのだ。


 『わかってねーなー、この下等生物共は。俺は、つまるところただの魔法だ。喋って歩いて超カッチョいいからって、所詮は魔法。ぶつかり合えば、より強い魔法が勝つ。


 当たり前だろ?


 旦那が自身の持つ魔力を、半分もつぎ込んで顕現させたこの俺が、たかが人間ごときが放った魔法で匹敵できると思うことが、既にこの上ない不遜なんだよ』


 男は歩み寄ってくる。

 ゆっくりと。急ぐ必要など、俺達の存在など、何の驚異でもないとでも言うかのように。


 『俺の名前はアンドロマリウス。

権能は『罰』。


 お前らを断罪し、刑を執行するエクスキューショナーだぜ』


 男は指を指す。

 1人の兄弟を、指す。




 『殺人者は死刑』




 「ああああああああああああ!!!?」


 指された兄弟。あの冒険者を殺した兄弟は、唐突に悲鳴をあげて倒れる。


 「な、何をしたっ!?」


 側にいた別の兄弟が、混乱して問いただす。しかし、そんな兄弟に男は不快そうな表情を向けた。


 『俺に話しかけるな、下等生物。不遜だ。


 殺人幇助は拘束。ついでに、伯爵への侮辱も罪に追加しよう。


 お前は30年、身動きを封じる』


 ばたりと、その兄弟も倒れた。


 「な、なんだこれはっ!?動かない!体が動かない!!」


 しかし、こちらはきちんと意識があるようだ。倒れてからも喋り続ける兄弟に、心底不快そうに虫けらを見るような視線を向ける男。


 『騒ぐな、下等生物。

 さっきの奴みたいに、この世のありとあらゆる恐怖の感情を頭に流し込んだわけじゃない。ただ動けないだけだ。

 ゴミムシはゴミムシらしく、黙って地べたを這っていろ。あーあ、どうせなら声を奪うんだったぜ。


 そんな事をしたら罪と罰が釣り合わなくなって、俺っていう悪魔の存在意義の全否定なわけだが、個人的にはスゲー死刑にしたいぜ。


 まぁ、ここでやった分に限らなければ、お前らは随分と業を背負っているみたいだな。だが、俺の召喚者はあくまで旦那だからな。お前らが旦那に犯した罪だけを裁くのが、俺の仕事さ。


 良かったなぁ、喚ばれたのが俺で。これがグラシャ=ラボラスだったら、問答無用で屠殺されてたぜ?』


 そこまで言うと、男は蛇を一撫でする。




 『じゃ、残りの下等なゴミ生物共は、毒で苦しんでもらうか』




 俺達は、無抵抗も同然に蹂躙された。その悪魔に。




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