お風呂の精霊の使い方っ!?
フルフル。
ソロモンの72柱の悪魔、その序列34位。鹿の姿で現れ、様々な秘密を教えたり、男女の愛を授けたりする、嘘つきの悪魔。
アンダインの名前だ。
まぁ、ぶっちゃけ語感で名付けた。
スライム形態の時は体がぷるぷるだし、人間形態の時はばるんばるんだからな。
魔王コション・カンゼィール・グルニの襲来から、今日で3日目。
コションは、そろそろ長城迷宮を踏破しそうだ。
コションのステータスを見る限り、僕では到底、傷一つ付けられないだろう。
でもまぁ、本当に迷宮を踏破してくるなら、約束通り一発食らって、一撃退場してあげよう。
そんな事にはならないだろうけど。
そんな事より、今はフルフルである。
「言っただろう?畑は水浸しにしちゃダメだ」
「どのくらいが水浸しで、どのくらいが水浸しじゃないのか、全くもって意味不明なの!」
ここ最近の僕は、フルフルに振り回されっぱなしだった。
僕は、一段落したダンジョンの方は一先ず置いておき、今は畑の整備を行っていた。
何しろ、まっさらな大地なので手間がかかる。
集落ごと移住してきたゴブリンの手を借りて、なんとかやっているというところだ。
ゴブリンは、初めはビクビクと怯えていたが、新しい住居と、大量の魚を見てからゴキゲンだ。
うんうん。
楽しそうに働いてくれると、雇っている方としても嬉しいよね。
ゴブリン達は、畑作業と、新しく作った田んぼで稲作を担当していた。
いや、やっぱり食べたいじゃん。米。
都合良く、ゴブリン達は普段から稲作を行っていたようで、その田畑も丸々こちらに移し替えた。
ダンジョンマスターに不可能は無いのだ。
ウソウソ。ダンジョンを造り替えたりするための機能を、ちょっと使っただけなのだ。
地球ではあり得ないほど寒さに強い稲なのだが、『魔王の血涙』ではやはり収穫率が悪く、しかし他に作れるものもなく、ゴブリン達が細々と守ってきた稲だ。なんとか、このまま稲作を軌道に乗せたい。
今は、この周辺の気温が激変してしまっているので、それが悪影響にならないことを祈るばかりだ。
稲作と言えば水。
水と言えば、水の精霊アンダイン。
そう思ってフルフルに、稲作及び畑作を手伝わせていたのだが、これが想像以上に厄介だった。
まずは水田から水を溢れさせ、畑に大量の水を撒き、用水路に流された。
もう、ホント、僕以上に常識に疎い奴なのだ。
しかも、ちょっと落ち込むと風呂に籠る。
今も正にそうだった。
「フルフルー、いい加減出てこいよ。これじゃあ僕たちが風呂に入れないよ」
「フルフル、失敗は誰にでもあります。キアス様はこんな小さな事で、あなたを怒ったり、嫌いになったりしませんよー」
『フルフル、あなたは完全に包囲されています。大人しく投降しなさい』
仲間達が、なんとか脱衣所から声をかけるも、無反応である。
あぁ………、パイモンの手のかからなさが懐かしい。思えば、パイモンは今まで、こういう面倒臭い出来事を起こさなかった。
お陰で随分と、ダンジョン造りに集中できた。
今度、何かご褒美をやろう。
フルフルは、風呂場に籠り、あろうことか際限無くお湯を流しっぱなしにしているので、ドアも開けられない。
もし、ここが日本の一般家庭なら、今月の水道代とガス代で涙目になるところだ。
異世界でよかった………。
ただ、水は充分にあるのだが、温めるのに使っているエネルギーは有限だ。
このままなら、水道を止めるなり、なんなりして、このだだっ子に痛い目を見てもらわなければならない。
「フルフル、このままでは本当にキアス様に嫌われてしまいますよ?
キアス様は、このお風呂が大好きなのですから」
うーん、パイモンは説得の仕方がちょっとおかしいな。そんな事をお子ちゃまに言ったところで、ますます意固地になるだけだ。
「キアスはすぐ怒るから嫌いなのっ!フルフルがキアスを嫌いなの!」
ほら。
ザーーーー。
「ぅわっ!ちょ、ちょっと、パイモン!?」
突然パイモンがドアを開け放ち、脱衣所にお湯が流れ込んでくる。
あーあーあー。掃除が大変だ。蒸気も大量に流れ込んできて、放っておけば黴だらけになるだろう。
そんな中を、パイモンはのっしのっしと進んで行く。湯船の縁に近づくと、自らの腕をその中に突っ込んだ。
「何をするの!?フルフルは―――」
パイモンに首根っこを掴まれたフルフルが、湯船から持ち上げられると同時に喚き散らそうとした。
だが、それより早く、
「―――簡単に人を嫌いとか言ってはいけません!!!」
ただでさえ音の反響する大浴場に、パイモンの大音声が響き渡った。
「わたしは、生まれてからずっと、他人に嫌われてきました。嫌われるというのは、辛くて、悲しくて、とても嫌なものです。
冗談でも、気まぐれでも、絶対に言ってはいけません!!」
パイモンによる、数十分にも及ぶ説教は、神殿内どころか、地上まで響いていたらしい。
僕?僕は脱衣所の掃除だよ。
「キアス、ごめんなさいなの………。パイモン、恐かったの」
説教を終え、フルフルは素直に風呂場から出てきた。
若干涙目なのは見て見ぬ振りをしてやる。
「うん。もうこんなことすんなよ」
「ぅう〜………。わかったの」
これからパイモンは、フルフルの教育係に決定だ。
余談だが、この日からオークやゴブリンが、やたらとパイモンに優しくなった。
いいやつ等だ。