表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
315/488

 傲慢と強欲と破滅の足音

 「くそっ!あのクソガキ共っ!!」


 俺は机の上の書類をなぎ倒し、代わりに拳を机の上へ叩きつける。


 「支店長!これ以上の融資は、本店の財源にすらダメージを与えます!この支店の負債とて、既に返済能力を大きく越えたものになってしまっています!」


 「わかっている!!そんなもの、この街の実権さえ握ってしまえばどうとでもなる!!今はいくら金があっても足りないんだ!とっとと借り入れてこい!!それと、本店からの融資ももっと増やせ!!私たちがこの街の実権を手にいれれば、この街は思いのままなんだぞっ!?」


 税を徴収し、我らの有利になるよう法を定め、我らが王となる街だ。多少の初期投資くらい、何だと言うのだっ!?


 街を守る治安維持組織を商人が雇う。それはつまり、街を守る義務と同時に、権利を与えられるという事に他ならない。


 この街の、領主としての権利を。


 無論、魔王の存在を無視するわけではないが、魔王はこの街の自治には全く干渉してくる気配はない。そして私は知っている。

 魔族にはそもそも、法秩序なんてものは存在しない。

 これは、魔大陸とそこに暮らす魔族共の生態について考察した書物に載っていた事だ。


 魔族は、まともな法も秩序もない、力のみを行使する蛮族共だ。野蛮な、まさに動物が本能のまま群れを成すように生きる存在、それが魔族だ。

 本を手に入れられないような貧しい商人や、手に入れても商売や算術に関わる本や、せいぜいが勇者や英雄の戦記しか読んだことのない商人は知らなかっただろうがな。


 つまり、魔王は何も干渉してこないのではない。こんな拙い秩序でも、それにどう介入していいのかわからないので、放置しているのだ。

 ならば、ある程度は我々の好きに動けるということ。もし、ここで我々がその秩序を形成する立場になれるのならば、魔王は我々を、あるいはその中核である私を、この街の支配者として認めることだろう。


 そしてそうなれば………。


 「だからこそ!!だからこそ、私は私財の全てを擲ってでも、冒険者を雇い続けねばならん!!奴等より多くの人数をっ!!」


 奴等は、精々が街の一角を守る程度の護衛、それの寄せ集め。だが私は、街のほぼ全域を守れるだけの護衛を集めた。こちら側に与する連中の分も合わせたなら、奴等の揃えた自警団よりも、優に2割は多い。ならば我々こそが、この街の秩序の監督者として認知されるはず。

 資金の回収など、領主になればいくらでもできる。


 だというのに、派閥としてこちらは完全に負けているのだ。


 向こうの派閥は、どう見てもザチャーミンとパイモンの小僧2人がトップ。なのに、実績もあり、本店もリュシュカ・バルドラの首都にある大商会の跡取りである私の派閥に、なぜ人が集まらない!?

人さえ集まれば、資金も増えるというのに!!


 「きっとあのガキ2人が妨害してやがるんだ………!!くそっ!!私が新参だからと侮りおって………!」


 こちらの派閥に組み込めたのも、新参の連中ばかり。古参の商人は、例え資金があってもあの2人には逆らわない傾向がある。


 「どいつもこいつも腰抜けばかり!少し資金力があるだけのガキ共に、何を恐れることがある!?資金力ならば、我が商会の本店だって負けてはおらん!!」


 商売とは競争だ。競合であり、闘争であり、戦争だ。私たちは、金と商品と客を奪い合う兵士も同然。戦って勝つ。それ以外に何があるというのだっ!?


 「ならば貴方と彼らの差は、資金ではないという事に気付きそうなものなのですが、それすらもわからない愚物なのですね」


 「誰だっ!?」


 唐突に聞こえた声に、私は誰何する。だが、そんな必要はなかった。声の主は私の目の前で、まるで自宅にでもいるかのような気楽さで立っていた。


 「ひいぃぃぃ!!」


 先程まで話していた小間使いが、腰を抜かして悲鳴をあげた。

 当然だ。

 私とて椅子に着いていなければ、無様に尻餅をついていただろう。


 薄紫の髪から飛び出した、羊のような巻き角。


 魔族。


 遥か遠い昔から人間と争い続けてきたとはいえ、その姿を見た者は真大陸ではそう多くない。アムハムラ王国の古参の兵や、新しいところではガナッシュ大公国の首都の住人。思い付くのはそれくらいで、他の真大陸の住人は魔族など見た事もないだろう。


 無論、私もその例に漏れない。


 その美しい女の魔族は私を一瞥し、震える小間使いを見てから溜め息と共につまらなそうに明後日の方を向いた。


 「はぁ………、妾とて暇ではないというのにあのお方は………。まぁ、他に適した人材が居なかったのも事実ですが」


 「ま、魔族かっ!?」


 私の問いかけに、その女はつまらなそうにこちらを振り向く。


 「見れば分かる事を確認しないでくださいまし。お脳の具合が心配な方ですね」


 「………………ふ………」


 魔族。魔族魔族魔族魔族っ!!


 「ふ、ふふ………、ふはははははは!!あははははははは!!」


 やった!!やったぞ!!

 魔王からの使いだ。

 勝った!私は勝ったのだ!!

 ざまぁ見ろ、クソガキ共!!これで私がこの街の支配者だ!


 「何をケタケタと笑い転げているのですか?」


 「ふふ………、いや、失礼。では、ご用件をうかがっても?」


 そんなものは決まっている。今まで無頓着だったこの街に、わざわざ魔族を送り込んでくる理由。考えるまでもない。


 「そうですか、妾も出来ればこのような場所に長居をしたくはなかったので、助かります」


 ちっ、それにしても慇懃無礼な女だ。魔王ももう少しまともな使者を寄越せば良いものを。


 魔族の女は緩やかに腰を折ると、頭を垂れて私に告げた。




 「貴方に破滅をお知らせに参りました」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ