街に必要なものっ!?
気付けば目の前には、やたらガタイのいいおっさんが立っていた。筋骨隆々を絵に描いたような逞しい肉体、ボサボサの髪と髭の間から見える傷が、顔面を縦横無尽に走っている。
「なんだって聞いてんだよ、ガキ」
見れば男の背後には壁があり、それはつまり行き止まりということだ。
全長500㎞近いこの街の最北端。壁の向こうは極寒の海が続いていて、ややもすれば流氷くらいプカプカ浮いているかもしれない、そんな場所。
「あんたがここのボス?」
「んなわけねぇだろ。俺はただの、落ちこぼれさ」
落ちこぼれね。
「それより、俺の質問に答えやがれ、クソガキ。お前らは何者で、ここに一体何の用で来やがったんだ?」
「冒険者、ゲイル。冒険者組合の評価では、堅実性と実力を兼ね備えた中堅どころの冒険者。
ただ、戦闘能力は高いが、探索、採取、調査には向かず。魔物の狩猟を主に依頼を請ける冒険者である、と。
何でこんな場所で燻ってるのかわからないな。ダンジョンに入っても、それなりの活躍はできるだろうに。探索が苦手と言っても、信頼の迷宮程度なら問題もないはず。街の宿代や食事代くらい、あんたならすぐ稼げるだろ?」
「………このガキ………」
胸ぐらを掴みあげられ、僕の体が浮く。
「何で俺の事を知ってやがる?」
「冒険者組合から聞いた」
「んなわけねぇだろうが!冒険者組合が冒険者の情報を、てめぇみたいなガキにホイホイ教えるかよ!」
激昂するゲイルにぶら下げられ、しかし僕は平然と言い放つ。
「確かにただの一般人に、冒険者組合が情報を開示するわけはない。信用問題に関わる。
でもな、あんたがこの街で浮浪者紛いの行動をしていたとなれば話は別だ。この街を管理する者として、情報の開示を求めれば答えてくれる」
「ああ?てめぇみてぇなガキが、この街の長だってのか?」
まぁ、2つの意味でね。
「あくまでその一員、というだけの話です。有力商人が集まって作った組織のね」
「ああ、食い詰め冒険者に職を与えたって奴等か」
「ええ。ここもいずれ手が入ります。そうなれば、あなた方は文字通り路頭に迷うことになるだろう」
つーか、パイモンが飛びかかろうとしてるから、いい加減手を離してくれないかな。
「で?そんな金持ちの商人様が、こんな場末に何の用だってんだ?」
「ん?別に。ちょっと君たちに依頼があってさ」
「はぁ?い、依頼だぁ?」
「わぶっ!」
素っ頓狂な声を出し、思わずといった調子で手を離したゲイルのせいで、僕は尻餅をついてしまった。まぁ、非殺傷結界のお陰で痛くないんだけどね。
「依頼料金は金貨1枚。良い値段だろ?」
「………それだけの額、つまり相当難しい依頼ってことか………?」
「いや、至極簡単な依頼だよ。特殊な技能も、戦闘能力も必要ない。ぶっちゃけ、暇さえあれば子供にもできる仕事だよ」
「い、意味がわからねぇ………」
まぁ普通に考えれば、金貨1枚の大金の依頼なんて、かなりの難易度だと思うだろう。だが本当に、これは簡単な依頼なのだ。
「ここにいる全員に―――」
尻餅をついた姿勢で、僕は言う。
「『この街で金貨1枚で、好きに遊んでもらう。』それが僕の依頼だ」
「すっげ………」
だろう?
この街には商業区があり、学校があり、居住区がある。冒険者が集まり、商人が集まり、元奴隷の住民が住んでいる。街は発展し、冒険者や商人は仕事に精を出す。
だが、この街には街としてまだ足りないものがある。
娯楽だ。
冒険者はダンジョンでマジックアイテムを探し、商人はそれを買って商売をする。住人も宿屋や商店を経営し、一見ちゃんとしているように見えるが、この街には遊びがない。娯楽施設としてあるのは、精々酒場程度。
だから―――
「劇場、遊技場、スポーツ施設、賭場、等々々………。思い付く限り、ありとあらゆる娯楽を用意した」
因みに、歌や劇の指導は僕がした。ものになるまで結構時間はかかったが、それなりに見られる劇団になった。ついでに楽団も作り、コンサートもできる。
遊技場はボーリング場やダーツバー、魔法を利用したカラオケ、ビデオゲームのないゲームセンターモドキ、お堅いところで図書館まである。
スポーツも、野球とサッカーとバスケットボールは、とりあえず2チームずつは用意した。それに、毎日試合をするわけじゃないので、そういう日は競技場を一般解放する。
賭場は魔大陸でも造ったので、その焼き直しだ。
「君たちの仕事は、この街で金貨1枚を好きに使って遊ぶこと。勿論、着服しても構わない。それは君たちの報酬でもあるのだからな」
「………足りねぇだろ………」
でしょうね。
僕とゲイル、パイモンとフルフルがいるのは、商区77。そう、不逞冒険者の溜まり場だった、商業区の最北端。
ここに今日から、僕謹製の娯楽施設をオープンさせたのだ。
人の足が向きにくいこの商区にも、娯楽のためなら人も集まる。往々にして繁華街という場所は、近所じゃなくても行きたくなる理由があるのだ。
「1度この街で遊べば、また遊びたくなるはず。だがそれも、金が無ければそれも叶わないぞ。因みに、ここにある飲食店では店員も募集している。
冒険者として稼げなくとも、店員ならコンスタントに金になる」
「………確かに奴等のはしゃぎ振りを見れば、もう何もせず腐ってはいられねぇだろうな………」
目の前では、歓声をあげんばかりに楽しむ連中。
「金がなくても、住処がなくても我慢できるのは、やりたい事がないからだ。例えそれが遊びであろうと、やりたい事さえあれば、人は頑張れるのさ」
「ちげえねぇ」
苦笑するゲイルに、僕も笑いかける。
何の娯楽もない町だから、僕がそれを与える。
だって僕は音楽の悪魔。楽器の音と共に現れ、音楽会を開き、音楽の才を与える悪魔。アムドゥスキアスなのだから。




