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 飢餓

 城壁の一番上まで登った我輩は、目の前の光景に目を見張った。


 「なん………と」


 透明の、見事な城が空中に浮かんでいたのだ。


 太陽や、空を透かす、透明な城。それはまるで、水晶のように煌めいて、輝いている。

 周囲を取り巻く細い石材も、『魔王の血涙』の四方八方まで延びていて、実に幻想的である。


 我輩は、しばしアムドゥスキアスへの怒りも忘れ、その見事な城に見入っていた。


 どれだけそうしていただろうか、我輩は今だ呆けている軍団を叱咤する。


 「何をしておるかっ!!空を飛べる者は、今すぐあの城へ向けて発て!それ以外は陸路だ!


 あのような、目立つ城を造ったことが、奴の失策だったと知らしめろっ!!」


 我輩の怒号に、皆慌てたように準備を開始する。


 すぐさま、空を飛んで城壁から飛び立つ配下の者達を見送り、我々も進もうとした時、変化は起きた。


 「コ、コション様っ!!あれを!!」


 配下の1人の声に向き直る。




 そこでは、先程飛び立った飛行部隊が、虫けらのように次々と地面に落下していく光景が広がっていた。




 高い壁の仕切りがある地面へ、1人、また1人と消えて行く。


 「何があった!?」


 「わかりませんっ!飛行部隊の者達が、突然意識を失い、墜落していきました」



 全く要領を得ない。えぇい腹立たしいっ!!


 我輩は、残った配下と共に、陸路を進むことにした。




 陸路は、先程の飛行部隊の有り様が嘘のように、呆気なく進めた。


 ただ、この一本道を進む道程で、必ず現れる門が一々鬱陶しかっただけだ。簡単な仕掛けを作動させるだけで、進めるのだが、一々足止めさせられるのが鬱陶しい。


 飛行を得意とする魔物が、時折襲ってきたりもするが、この軍団にそれを苦にする程度の者はいない。


 しかし、やたらと長い道だ。




 我輩が、この城壁に侵入して3日が経った。


 ようやく、この城壁の終わりまで到達した。



 恐らくこの城壁は、敵の遅延工作の目的で造られたのだろう。


 実際、我輩はこの3日で『魔王の血涙』を縦断させられたのだ。


 「おのれ………、アムドゥスキアスめっ!!」


 呪詛の言葉を呟き、我輩は城壁の階段を降りた。


 軍団の者の中には、疲れからか、魔物に手傷を負わされるものがでていた。


 全く、軟弱極まりない。魔族と言えど、やはり魔王に比べれば脆弱すぎる。


 我輩は、目の前に聳え立つ扉の前に立った。


 扉にはこう記されている。




 『信頼の迷宮』


 『ここより先に進むには、仲間との信頼が必要不可欠。


 真の友だけを仲間とし、先へ進め』




 馬鹿馬鹿しい。



 我輩は、配下の者に命じて、まずは偵察を送る事にした。


 「コション様、この入り口はどうやら、5人以上が一度に開けようとすると、鍵がかかる仕掛けのようです」


 その報告に、我輩は舌打ちを返す。


 どうやら今度は、我々の分断を目論んでいるようだ。

 しかし、馬鹿な奴め。そんなもの、扉の向こうで合流すれば良い話だ。


 「まずは偵察班が入り込み、安全が確認でき次第戻ってこい。

 扉の奥で集合せよ!!」


 軍団は、声を揃えて返事を返す。


 偵察班の5人が扉に入ってから数十分。


 偵察班は戻ってこなかった。


 罠にでもかかって死んだのか?

 次の偵察班を送ろうと、扉を開けようとするが、扉はびくともしなかった。


 5人で開けようとしても、1人で開けようとしても、逆に数十人で開けようとしても。

 3時間が経つまで、扉は開かなかった。


 ようやく開くようになった扉から、再び偵察班を送り込む。


 今度は、連絡が取れるように、念話のスキルを持つ者も送り込んだ。


 しばらくして、


 (コション様、1班が戻らなかったわけがわかりました)


 (どうした?)


 (扉の奥には、10の扉があり、別々の場所に繋がっているようです)


 (ならばその場で待機し、次の者達を待て)


 (いえ、この回廊には、今も大量の水が流れ込んできています。次の者達を待っていれば、溺死します)


 (えぇい!!小賢しい手を!!)


 (我々は一番右の扉より奥に入ります。そちらで合流しましょう)


 (わかった。十分注意せよ)


 (了解)


 念話を終え、扉の奥の仕掛けについて、配下の者に伝える。

 それが軍団内に伝われば、密かに後込みしていた連中の士気も上がるだろう。


 再び3時間が経ち、次の部隊を送り込んだ。


 しかし、


 (コション様、後続が来ません。何か問題が起きたのでしょうか?)


 再び入った念話に、またも苛立たされる。


 なぜ、一番右の扉に入らなかったのだ愚か者共!!これでは相手の思う壺ではないかっ!!

 憤る心を落ち着け、軍団に右の扉に入るよう厳命する。


 しかし次も、また次も、偵察班と後続が合流することはなかった。


 我輩はここで、これもまた分断工作なのだと気付いた。


 次の部隊は合流できなかったが、その次の部隊がようやく偵察班と合流できたようで、念話が届く。


 (どうやら一度開けた扉は、12時間経過するまで開かないようです。後続班が開かない扉を確認しました)


 (そうか。分断はされてしまったが、侵入した部隊のほとんどが生存しているという情報が得られたのは大きい。引き続き、合流を目指せ)


 (了解)


 我輩は、ようやく安全が確認できたことで、心安く軍団を送り出すことができた。




 足止めはされたが、3日の強行軍で疲れていた軍団には、良い休憩にもなった。

 我輩達は、ようやく全ての部隊をこの迷宮とやらに送り込み、踏破を目指した。




 それが、恐らく二週間前である。


 食料は尽き、次から次へと軍団の者が餓死して行く。

 時折、魔物が現れれば、それを殺し、骨までしゃぶる勢いで、それを喰らった。

 しかし、その数も圧倒的に足りない。


 軍団の中には、最早迷宮の出口より、魔物を探している者までいる始末である。


 最大限に高まった飢餓は、冷静な判断力を奪い、迂闊な行動を助長する。

 実際、簡単な罠に、少なくない者が殺された。



 しかし、何より始末に終えないのは、水不足である。

 水の飲めない渇きは、魔物や死んだ配下の血を飲んで潤したが、それも限界である。


 時折現れる宝箱も陰湿だった。

 宝箱には、水と食料が入っている事があるが、その量は、とても軍団を賄いきれるものではない。

 1人分、分けれて5人分程度しかないのだ。

 我輩を除く、4人分の配分にしばしば争いが起きた。

 これも全て、あの魔王の思惑かと思うと、我輩の心は殺意が飽和する。

 全くもって、陰険な奴だ。

 時折宝箱から現れる、珍しい道具も、あの城も、全て奪い尽くしてから、ズタズタに引き裂いてくれる。


 ―――ッ!―――!


 近くで戦闘音が聞こえた。どうやら、我輩の配下が、何かと戦っているらしい。

 我輩は、合流すべく音の元へと向かった。




 その先では、軍団の者達が殺し合いをしていた。




 この光景も、もう4度目だろうか。恐らく、食料か獲物の配分で揉め、殺し合いに発展したのだろう。


 我輩の居る部隊は、我輩の命令が絶対である。故に、こういった同士討ちは起こらないのだが、他の部隊はそうではない。


 我輩は、手早く争っている者達を皆殺しにして、その血肉を食す。


 全く、愚かな者達だ。




 我輩は、さらに進む。


 軍団の者達も、腹が膨れ喉が潤ったことで歩みも早くなった。


 道を曲がった所で、別の部隊と遭遇した。

 どうやら運よく、輜重兵が多かった部隊のようで、今まで見たどの部隊より士気も高そうである。




 我輩が、合流を命じようとしたその時、




 我輩の部隊の者達が、合流した部隊に襲いかかった。




 襲いかかった者を殺し、なんとかその場を収めた時には、部隊の数は合流前より減っていた。




 ようやく、我輩達はこの迷宮の出口まで辿り着いたようだ。


 扉にはこう書かれていた。




 『信頼の迷宮』


 『真に飢えた時にこそ、その者の本質は露になる。

 貴方の隣にいる仲間は、本当に仲間かな?』




 我輩は、天に浮かぶ城を睨み付けた。



 なんと嫌味なっ!!


 あの魔王を、必ず殺すと胸に誓い、扉に手をかける。




 『困惑の迷宮』


 『迷いと、罠の迷宮。


 目指すべきは、果たして何処だろう?』




 まだ続くのか。




 そう思ったのは、どうやら我輩だけではなかったらしい。


 なぜなら幾人かの配下の者が、突然我輩に反旗を翻し、剣を向けてきたからだ。


 「コション様、我々はあなたを殺し、アムドゥスキアス様に助命を乞います。悪しからず」


 そう言い放ったのである。


 この我輩に。


 全くもって愚かしい。


 「あなたは食わずとも飢えず、飲まずとも渇かぬ魔王なのに、この窮地にあっても我々を蔑ろにし、飢えさせる。

 私は、あなたを仲間だとは思えないっ!!」



 反逆者の物言いに、幾人かの臆病者も追随して剣を抜いた。


 我輩は、今一度扉の文字を読む。


 『信頼の迷宮』


 『真に飢えた時にこそ、その者の本質は露になる。

 貴方の隣にいる仲間は、本当に仲間かな?』




 成る程。


 これは、この迷宮最後の試練ということか。


 広大な迷宮を歩き、疲れ、飢え、渇き、ようやく辿り着いた出口には、次の迷宮が待ち構えている。


 絶望は、それまでに溜めた鬱憤を糧に、憎悪へと変化し、仲間へと向かう。


 成る程、成る程。


 信頼の迷宮とは、言い得て妙である。



 これを造ったアムドゥスキアスの頭の中は、腐りきっているに違いない。


 よくもまぁ、このような性格の悪い罠ばかりを仕掛けられるものだ。

 奴こそは、悪魔のように強かで、人間のように意地の悪い、虫けらのような臆病者だ。




 そんな事を考えながら、我輩は反逆者達を皆殺しにした。




 新しい迷宮には、落とし穴や、釣天井等の罠もあり、攻略は前の迷宮よりも困難そうだ。


 しかし、我輩は目標である城を一心に目指す。

 あの魔王を殺す方法を考えながら。




 さらに二週間が経った頃、我輩の軍団はその数を十数人まで減らしていた。




 罠や、魔物に、多くの者が殺されていった。


 しかも、どう進もうとも、一向に出口が見当たらないのだ。


 城を目指して進んでいても、いつしか逆方向へ進んでいるのだ。




 そこで我輩は、ふと思い出す。




 『目指すべきは、果たして何処だろう?』




 もしかして、城を目指している内は、出口に辿り着けないのではないだろうか。

 あの性格の悪い魔王の事だ。充分に有り得る。


 我輩は、一旦城を目指すのを止め、一度だけ見た地下へと続く階段を探す。




 どうやら正解のようだ。

 この階段を探しだして4日、ようやく階段を見つけ、その階段を降りきった所にある扉にはこうあった。




 『困惑の迷宮』


 『見えるものが全てではない。


 見えないものが消えていく時、果たして貴方は気付くことができるだろうか?』




 またぞろ、どんな陰険な罠があるかもわからない。充分に注意をし、慎重に慎重を重ねて進むとしよう。

 我輩は、かなり数の減ってしまった軍団を引き連れ、ゆっくりとその小さな扉を開いた。




 松明の灯る回廊に、我輩は足を踏み入れる。





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