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 天帝国通貨の歴史

 天帝国リュシュカ・バルドラ。建国当初はリュシュカ帝国だった我が国は、当時の戦乱の時代に画期的な兵器を生み出した。


 貨幣である。


 それも現行の様々な国の貨幣を、圧倒する価値を持つ貨幣。その価値を維持する方法も含めて、実に画期的な兵器だった。


 その時代、様々な国が発行する貨幣は、種類が膨大で、価値が安定せず、おまけに多くの偽金が横行していた。

 国家の盛衰に左右され、発行と暴落を繰り返す貨幣。昨日受け取った金が、明日になれば別の価値を持つ可能性は、多くの民衆を悩ませる一因だった。


 一例を出すなら、とある国が発行した銅貨より安い鉄で出来た貨幣は、戦争の勃発を機に暴騰した鉄の価値に煽られて新鉄貨を発行する事になり、戦時中にも関わらず大きな出費を強いられた。

 その鉄貨は銅貨や銀貨よりも高値で取引された。それは、そうしなければ鋳潰されてしまい、国の威信を保つための苦肉の策だったが、発行元の国が戦争に勝利した直後に暴落。

 鉄の価値が落ち着いた為に、国側が貨幣に与えた付加価値が莫大な量になってしまい、民衆から信頼されなくなってしまったのだ。

 まぁ、戦時中によそ事に気をとられたその国が悪いし、勿論すぐにそれまでの価値の鉄貨と、これからの価値を持たせた鉄貨を交換すれば良かったのだが、戦争を終えた直後のその国の出足は鈍かった。価値の下落した鉄貨を多く抱えていた者が没落や破産に追い込まれ、王家の財政も戦争での負債も抱えながら困窮する事態に陥った。財政難を打破するため、その国が行ったのは新貨幣を発行するという悪手だった。

 そんな悪あがきの通貨に信用が集まるはずもなく、金貨や銀貨も含めて信頼を失ったそうだ。発行元の国は、戦争に勝った直後だというのに権威を失い、おまけにその戦争で疲弊していた為、小さな反乱が起きても鎮圧できず、反乱が波及しクーデターにより滅びた。


 次第に貨幣そのものの信用が低迷し、価値が下がり、新大陸全土で大規模なインフレーションが起きかけていたのだ。


 そんな時代、一定の価値を維持し、高い価値を持った我が国の発行した貨幣。その価値を担保したのは目に見えない権威などではなく、(きん)という現物だ。


 『金本位』で決まる貨幣は、つまり貨幣という仲介を通して民衆に金の保有権を配る事と同義である。手元にある貨幣の価値が、銅貨1枚でも金で保証されている。その安心感と、交換される金の量の差。それが当初の我が国の貨幣の魅力だった。


 我が国が真大陸でも有数の金の産地だったのと、新たな魔法技術があって初めて出来た荒業だ。


 今現在も貨幣と金を交換する制度は残っているが、貨幣価値の基準が『金本位制』ではなくなったため、我が国の通貨価値基準で決まった金の相場に準じた量を、貨幣と交換できるようになっている。金という担保が無くなると、我が国の貨幣の信用が落ちてしまうという問題があるので、軽々に無くせない制度なのだ。


 当時の貨幣経済は、時代に逆行して貴金属の塊を計って取引を行うまでに衰退しかけていたので、誰もが我が国の貨幣を欲しがり、自国の貨幣を蔑ろにした。当然、他国の貨幣の価値は下落し、ただの金属としての価値しかなくなった貨幣を一番多く持っているであろう発行国は、所持する財産を大きく減衰させた。


 勿論、偽金を造って利益にあやかろうとする者や、同じように我が国を貶めようとする者が現れたが、そういった者達の末路は、おしなべて公開の処刑場で首を落とさた。


 その最大の理由は、我が国が独自に造り上げた付与魔法である。


 特に効果のある付与魔法ではないが、ある特定の魔法をかけると貨幣の盤面に特定の情報が浮かび上がるという代物である。


 最初は諜報機関の暗号用に研究していた魔法だったが、それを貨幣の偽造防止に用いたのは当時の天帝国首脳陣の機転だった。


 同時期に我が国が造り上げた冒険者組合と商業組合では、この付与魔法を浮かび上がらせるマジックアイテムが支給され、偽金は発見後速やかに回収された。この2つの組織があって初めて、我が国の貨幣の信用は高くなったのである。

 組合には偽金の発見の他にも、預金と融資という役割を持たせ、我が国がほとんど干渉をしない、どの国にも属さない組織がゆえに、我が国だけでなく真大陸の各地へと進出した。


 偽金を製造した者は全員が極刑に処される事となっり、偽金を横行させ、我が国の貨幣の信用を失墜させようとした国は、その尽くへ宣戦を布告した。ある国は戦になる前に謝罪と賠償をし、ある国はそのまま滅ぼした。


 戦争にあまり左右されない金本位の貨幣は、しかしやはり金相場に左右され、不安定なものだった。


 因みに、一度偽金を使ってしまった商人は、当局によって無罪を言い渡されるまでどことも取引出来なくなるほど信用を失い、大きな損害を被る事態になってしまった。

 とはいえ、商業組合の情報網を使えば、その商人が偽金の製造に携わっていたかどうかなどすぐにわかる。無論、中には上手いことバレないように偽金の製造に携わった者もいたのだろうが、使えない偽金を造っても損にしかならない。それはただの金属の塊である。

 そして、貨幣の偽造犯や、偽金を掴まされる商人ばかりを有す国では、貨幣ではなくその国の市場が信用を失う事になった。商業が停滞した国は、零落の一途を辿った。

 当然だ。取引する度に偽金を掴まされ、それを使う度に商売ができなくなる相手との付き合いを重んじる商人など、この世にはいない。隣国の商人が離れ、行商人に忌避され、自国の商人にすら見捨てられた国が残っていられる程、当時の戦乱は甘くなかったと伝え聞いている。


 その内、リュシュカ帝国以外の国の発行する貨幣は『銀貨より安い金貨』『銅貨でお釣りが来る』と嘲笑され、次第に衰退していった。


 そして、これは当時のリュシュカ帝国の者等も予想外だったのだが、気付けば真大陸全土で各国が貨幣の発行をやめてしまい、当時発行されていた物も時を経るにつれてほとんどが鋳潰されてしまった。


 当時も天帝国の発行する通貨にはその間に大きな価値の差ができていて、その中間貨幣として既にあった貨幣も使われていた。だが、それは冒険者、及び商業組合で取り扱えない貨幣だった。偽金の判別が難しいので当然なのだが、その頃には他国の貨幣はほとんど地金の価値しかない貨幣になっていたので、貯蓄するくらいなら鋳潰してしまう場合も多かった。

 中間貨幣と言っても、組合で取り扱えないので商取引にそこまで大きな利便性を見出だせなかったことと、本来の金属としての価値しかなくなったため、貴金属相場に大きく左右されすぎるという欠点もあったからである。


 そして真大陸全土でリュシュカ帝国の貨幣が求められ始めた。当然ながら、そんな広い範囲に拡散できるような量の貨幣は、いくら常勝無敗のリュシュカ帝国にも用意できなかった。


 金を担保にする以上、真大陸の住民全てに金を預けるような莫大という言葉すら過小に思える財など、どこを探しても無かったのである。さらに言えば魔法を付与させるための術師は限られていて、無闇矢鱈に増やすわけにもいかない。限られた人員では、造る量も限られる。


 仕方なく、リュシュカ帝国は金本位制の通貨を廃止し、現行の100枚換算の新貨幣を『信用貨幣』として発行するしかなかったのである。そして、勿論それではまたインフレーションの再来を招きかねないので、信用を保つために金との交換もやめるわけにはいかなかった。


 とはいえ、これは結果論だが『金本位制』の貨幣はいつか尽きる我が国の金山が無くなれば、その価値を保てたかは疑問だ。現状、年々採掘量は減ってきているので、都合が良かったとも言える。


 数代後、国名が討伐した竜の名を冠すリュシュカ・バルドラ帝国と改めることとなった代、現行の貨幣の他に使いやすい中間貨幣を発行する事となった。


 だが、貨幣の発行に関わっていた公爵家が反乱を起こし、貨幣の製造技術を独占しようと企てたのである。


 無論、その反乱理由は民間や大多数の貴族達には秘匿された。同じような理由で内乱を起こされては、真大陸に広く流通した貨幣の信用に関わり、大混乱になりかねない。


 反乱は、我が国きっての精鋭である親衛隊と騎士団により、速やかに鎮圧されたのだが、公爵の反乱の第一撃が術師に向けられてしまったのは痛恨の極みだった。多くの術師が命を落とし、公爵の血筋の者は女子供の容赦なく処刑。公爵家の術師も処刑することとなり、国名が変わった事を機に使いやすい新貨幣を発行する事は泡沫の夢と消えた。

 その後、通貨に使われる魔法は天帝個人の独占となり、秘伝とされ、例え国の重鎮であろうともそれを知ろうとするだけで重罪に処される法が定められた。だが、術師は当然管理できる人員に限りがあり、とてもではないが新しい貨幣の発行など不可能な状態に追いやられた。そのまま、300年近くが過ぎ、真大陸全土を天帝国と名を改めたリュシュカ・バルドラの貨幣が席巻し、最早とても回収など不可能な状態になったのである。



 しかし、そこで現れたのが魔王発行の貨幣。




 秘伝とされ、厳重に管理されていたリュシュカ・バルドラのものと完全に同じ魔法技術を使った貨幣。


 新たな貨幣は300年前ならば信用されなかったであろうが、時代が進むにつれその危機意識は薄れていたようで、すんなりと真大陸にも流通し始めた。


 商業、冒険者組合では、何の支障もなく識別用のマジックアイテムを通過する通貨を、微塵の疑いもなく使い始めてしまった。


 魔王の貨幣の流通を止めるためには、ここで防がなければならなかったのだが、組合は国に所属していないのでうまく連携が出来なかったのが痛い。両組合でも、既にそのマジックアイテムがただの偽金発見装置だと思っている従業員が大半を占めるまでに時代は流れていたのだ。


 実の所、現状で魔王発行の貨幣を差し止めたり、使用禁止にするのは難しい。例え天帝といえど、いや、魔王でも無理だ。


 魔王の貨幣には、既に信用と需要が生まれてしまっている。


 だがこれは、悪い事ばかりではない。いや、この言い方では語弊があるか。良い事ばかりではないが、悪い事は少ない、と言うべきか。


 そもそもリュシュカ帝国は通貨の独占など考えてはいなかったし、リュシュカ・バルドラ帝国も出来うるならもっと使いやすい通貨の発行を行おうとしていた。しかし、天帝国リュシュカ・バルドラではそれが叶わない。

 ならば、中間貨幣として魔王発行の貨幣を使っても良いとすら考える。


 むしろ、完全にこちらのマジックアイテムを通過させてしまう魔法技術を持った相手に敵対すれば、真大陸が偽金の攻撃に晒されてしまう。


 現状、『信用貨幣』である天帝国の通貨は、偽造防止の魔法が真似されれば偽金の攻撃に酷く脆い側面を持つ。もし魔王に偽金の攻撃を受ければ、図らずも真大陸全土に浸透してしまった天帝国の貨幣価値は下落し、全ての国では未曾有のインフレーションが起こりかねない。




 はっきり言って、今真大陸は存亡の危機に陥っていると言っていい。




 あえて希望的観測を考えてみても、天帝国の権威は地に落ち、世界は再び貨幣危機に陥る。

 わかるだろうか?魔王と敵対した時の、これが最善の結果予想である。ほとんど夢物語と言っていいほど万事がつつがなく上手くいって、この結果が得られる。


 幸い、魔王の貨幣はこちらの価値基準に合わせて補助貨幣として使えるよう発行されている。その為、わざわざ半円で作る手の込みようだ。


 だがもし、ここで魔王と敵対してしまえば………。


 なんとしても、ここで魔王との協力関係を築かねばならないが、真大陸最大国家である天帝国リュシュカ・バルドラが魔王に阿るわけにはいかない。


 対等、できればこちらに有利な条約を結びたい。出来うるなら、魔王と向かい合い、誓約の魔法をかけることができれば言う事はない。


 希望はある。


 わざわざこちらの価値に合わせて発行された貨幣は、いわば魔王からの同盟の提案だ。


 書面でもなく、使者を送るでもなく、通貨を介した同盟の提案。


 くそっ、面白い。


 こんな状況でなければ、是非戦ってみたい魔王だ。




 血が、滾る。体が、昂る。心が、猛る。




 だが落ち着け。私の嗜好で真大陸に危機を呼び込むわけにはいかん。


 私は天帝。

 真大陸の鎮定を託された英雄の末裔。ここで世を乱せば、今の安定した状況を作り上げた先祖に合わせる顔がない。


 その為、私は魔王と直接言葉を交わしているのだ。あくまで対等に、強気に、私は魔王に相対する。


 「もし、そちらの魔法技術がこちらのものと同じであれば、そちらの貨幣を認めても良い」




 本音を言えば、完全に同じでなくとも、認めざるを得ないのだがな。





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― 新着の感想 ―
[気になる点] 偽金を製造した者は全員が極刑に処される事と【なっり】、 ではなくて、【なり】ですね。
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