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 閑話・8

 音楽。


 それは物語のように連綿と、恋のように激しく、愛のように深く、戦のように激情に任せて、揺り籠で眠る赤子のように穏やかな旋律。


 癒し、励まし、慰め、喜ばせる。

 人は、音楽があるからこそ、明日を向いて生きていける。


 音楽は文化の象徴である。







 「君達には、君達にしか出来ない任務を託したい」


 「いかようなご命令にも、我が隊の総力を持ってお応えいたします!!」


 「ありがとう!では頼む!」


 僕の部下、彼女たちに僕は命令する。


 「ペレ隊はこれより、音楽隊としての任務についてもらう!!」


 ペレ。

 赤い肌と、空を飛べるほどはないが鳥のような飾りの羽を腕に生やす魔族。その顔にはそれぞれ、南国の鳥を思わせるような色鮮やかな紋様が生まれつき刻まれていて、個人で色や形に差異がある。そして立派な嘴が特徴の、女性だけの種族。魔族の中でも上位の存在の彼女達。


 「………え?」


 勇猛果敢で、戦場ではかなり頼りになる彼女達が、僕の言葉にポカンとした表情を浮かべていた。


 「そして、こちらが指導教員のアンドレ先生です!」


 僕が懐から出したスマートフォンに、一層の困惑の視線が集まる。


 『アンドレです。とはいえ、楽器の扱いなら手解きのできるマスターの介入が必須なので、私はあくまでサポート役でしかありませんが、どうぞよろしく』


 それから、僕とアンドレによるスパルタ式音楽指導が始まった。




 「ナナス、違う違う。ここの指はこう」


 「も、申し訳ありません」


 「いや、初めてやることだからな、間違うのは仕方がない。大切なのは間違ったまま憶えないことだ」


 「はっ」


 『ペペ、フラル、カミサ、音程が少しずれました。吹奏楽器は息を吐くときは細心の注意を払ってください』


 「「「は、はいっ!」」」


 「弦楽器は一度弾き方を憶えちゃったら簡単だろ?」


 「い、いえ………」


 「だからこそ、弾き手の技術が如実に現れるんだ。ホラ、そこをもっと伸びやかに」


 「は、はいっ」


 『お互いにお互いのリズムを、頭の片隅で意識しなさい。戦闘と同じように、連携です連携』


 「わかりましたっ!」




 ○●○




 キアス様は一体何をお考えなのでしょうか?私達に戦闘ではなく音楽を教え込むなんて。

 音楽なんて惰弱な物を極めるくらいなら、1分1秒でも訓練に割きたいです。


 ただ、普段はあまりそのご尊顔を拝謁する機会のないキアス様が、手ずから指導をしてくれるなんて機会をみすみす逃す事なんて出来ません。あまつさえ、我らの名を憶えてくれるのです。この誘惑には抗えません。


 我々は一所懸命に、キアス様のご指示の元、それぞれが楽器の扱いを覚えてゆきました。


 そして、


 「よし。今日は一回合わせてみるか」


 『曲目は皆が今まで練習してきたカルメン、『闘牛士の歌』です。上手くやろうなどとは考えなくて結構。あなた達はまだまだ下手くそなのですから』


 「そうだ。上手くやる必要なんかないぞ。音楽って戦ではなぁ、一番楽しんだ奴が一番の勝者なんだぞ」


 キアス様とアンドレ先生が、皆の前で言います。


 今日は我々の努力の、ひとまずの集大成をお2人に捧げます。


 キアス様が手を振り上げ、我々の指揮を執る。ああっ、我々は今、魔王様の指揮の元動いている。


 戦ではありませんが、とても誇らしい気分です。




 ○●○




 指揮を終え、音楽隊の面々も楽器を下ろす。


 うん、まだまだだね!


 ただ、カルメン特有の華やかで楽しげな感じは出てたから、今日の成果としては上出来といったところか。ペレに合わせて情熱的な選曲をしたのが良かったかな?




 ペレ。


 ハワイに伝わる火山の神。気性が荒く、炎、稲妻、暴力を司り、嫉妬や怒りから人間を焼き尽くすと畏敬を集める反面、情熱的で美しく、ダンスも司るとされる女神。




 やっぱり彼女達を音楽隊にしたのは正解だ。理解が早くて飲み込みも良い。


 「うん、良かった良かった。あとはそれぞれ―――」



 『何が良かったですか?』




 あ、やべ。


 『ペレ達はまぁ良いでしょう。まだ練習して日が浅いですからね。よく頑張りました。


 ですがマスター、あなたは何ですか?いくつ音を外せば気が済むのですか?そういう遊びですか?舐めてるんですか?』


 「い、いや、ごめん。『闘牛士の歌』ってちょっと僕には低すぎて………」


 『言い訳は結構!!』


 マジおこだぁぁぁああ!!怖い、怖いよぉ!!


 『バリトンくらい出せなくて男として恥ずかしくないのですか!』


 「んな事言ったって、僕の声は地声でカウンターテナー、テノールまでなら出せても、バリトンは―――」


 『言い訳は聞かないと言った筈です!!


 ペレ達にあんなスパルタ指導をしたのです、あなただけが出来ないなどとは言わせませんよ?』


 「せ、せめてソプラノ!ソプラノなら出せるから!」


 『ではトスカより『歌に生き、愛に生き』を』


 「ごめんなさい無理です」


 お前、僕にあんな音域が出せるとでも思ってんのか?


 「あ、あの………」


 おっと、ペレ達を放置していつもの漫才を繰り広げてしまった。


 『私は漫才のつもりはありません。後でみっちり練習しますからね?』


 ………………。


 とにかく、今はペレ達だ。彼女達はよくやったし、練習次第ではこれから人間よりも高い技術の音楽家にもなれる。


 僕も色々と助かるので、ありがたい。


 「よし、ではこれよりペレ隊は、僕の親衛隊として公式にどこかへ行くときにはついてきてもらう」


 「し、親衛隊っ!?」


 あれ?言ってなかったっけ?


 「キアス様の親衛隊ですかっ!?」


 「ああ、うん。僕の直属の仲間は人数が少ないからね。君達に周りを固めてもらおうと思ってさ。ロロイの推薦もあって」


 それを機にペレなら音楽も出来るんじゃね、と始めたのが音楽隊だった。つまり、音楽隊の方がついでだったのだが、思った以上に力を入れてしまっていた。本末転倒だ。


 「じゃ、そういう事だから、君たちこれから親衛隊ね?」


 「は、はっ、身に余る光栄でございますっ!!」


 「僕の親衛隊なんだから、もっとちゃんと音楽出来るようになってくれよ?」


 アムドゥスキアスは音楽と共に現れる悪魔なんだし。


 「必ずや!!ご期待に応えられる腕前となってご覧に入れましょう!!」


 「うん。期待してる」




こうして、恐らく魔大陸最高峰の楽団が結成されたのだった。





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