アムハムラッシュ
体があと2つ、いや、みっ、4つ欲しい………。
アムハムラ王国はもうすぐ冬。これ以上寒さが厳しくなると、国民は一日中家に籠って網を編んで過ごす。当然大工も、その仕事を休む。その前になんとか、なんとしても、出来るだけ多くの家々の補修を行うのが、王としての責務であろう。
しかし………、やはり忙しい。
『もしもし、アムハムラ王?こちらキアス、どーぞ』
「おおっ!アムドゥスキアスかっ!!助かった!!
材木の追加は間に合いそうか?」
『ええ、まぁ。運ぶだけなら僕1人でできますからね。今日中にそちらに持っていきますよ』
「うむ。助かる!!」
このアムハムラ王国では、木材が全く採れない。背の低い草は生えるのだが、それもごく僅かだ。それなのに、冬場は薪を多く必要とするため、どうしても薪の輸入が輸出分を大きく越えてしまう。おまけに今年は家の補修まで行っているのだ。
いくら最近収入の多いこの国とはいえ、物資の輸送、人員の手配、大工の雇用に多くの金がかかる。おまけに今年は、例年より遥かに材木が高騰し、それを仕入れる我が国も想定外の出費を迫られた。一度組んだ予算というものは、よほどの事がない限り変更はできない。だがこのままならば、それもやむを得ないだろう。せっかく乗ってきた景気も、働き手が寒さで弱ったり、最悪死んでしまっては来年の収入にも響く。だが、資金などよりもっと大きな問題が、時間である。
動く金が大きくなればなるほど、その管理には手間がかかる。そしてそれには、冬に近づきつつあるこの国の貴重な時間が惜しげもなく浪費されてゆくのである。
アムドゥスキアスはこうなる事を先読みしておったかのように、予め高騰する以前の材木を買い漁り、少し色をつけた程度の、冬の材木相場と遜色ない値段で売ってくれた。
確かにありがたいが、やはり商人というものは侮れない。
『女と商人だけには気を付けろ』
父が口を酸っぱくしていた言葉を思い出す。
………あ、いや、あいつは魔王だったな。
「毎度ありー、パイモン商会でーす」
やたら軽い調子で、キアスは王の執務室へと気軽に入ってきた。
本来、ただの商人となっているアムドゥスキアスがこんな態度をとれば、私の部下は奴を牢へと叩き込むだろう。
だが、今はその心配はない。この部屋には私しかおらず、主だった重鎮以外は王族にしか入室の権利がない。
ならばなぜ、アムドゥスキアスがこの部屋を訪れたのか?
忍び込んだのである。神出鬼没を絵に描いたような男だ。全く。
「この鎖袋の中にご注文の品は入れてあります。まさかここで広げるわけにはいきませんしね。あ、袋は後でちゃんと返してくださいよ?売り物ですから」
「うむ。まぁ、その袋ごと買い取らせてもらっても良いが、今は会計がままならぬでの」
「理解はしてます。大変ですね?」
「なんの、初めに想定していた程ではないさ。例の街の住人もいるしの」
例の街『ベヒモス』。今あそこに住んでおるのは、どうやら木材の産地から避難してきた者達のようだ。そして木材の豊富な、一年を通して雪が降らないような暖かい国では、その木材を加工する技術が伸びる。
製紙、材木加工、そして建築。
運のいい事に、今アムハムラには急遽その木材の扱いに長けた者が移住してきた。彼らはこの地での職を欲し、我らは彼らの技能を欲した。当然ながら、アムハムラには木に詳しい者がおらなんだからな。引く手数多であった。
「では僕はこれで………」
「あいや待たれい!」
「何時代の人ですか?」
この機に、こ奴にも少々手伝ってもらおう。元はと言えば、こ奴の提案から始まったのだ。否とは言うまい。
「実は、物資の配給が遅れておってな。だが知っての通り王国空運は真大陸最速だ。その輸送技術を持ってしても、時間は切迫しておる。何とかならんものか?」
「何とかって言われましてもねー。こっちの乗り物だって、そっちの物とたいして遜色はないですよ。少なくとも、劇的に輸送速度をあげる事はできません。こっちの方はそっちに比べて輸送量で劣りますし。
それに、アムハムラで僕の飛行機が飛べば、要らぬ難癖までつけられかねません。もうこっちの方はガナッシュでお披露目しちゃってますからね」
「そうか………。空運の飛行船を休ませるわけにもいかぬでな、こちらに回せる台数に余裕がないので少数でも回してもらえればとも思ったのだがな」
残念だ。このアムドゥスキアスにも策がないとは。これは、いくつかの町は来年の春まで我慢してもらうしかないのか。
「まぁ、必ずしも出来ないってわけじゃないけどね」
私はアムドゥスキアスのその言葉に飛び付いた。
「ほ、本当か!?」
「でも面倒くさい。結構色々やんなきゃだし、僕にも予定が………」
「頼む!私ではなく民を助けると思って!!」
「うわぁー………、ずるい!その言い方はずるいですねぇ!!」
なんとでも言え。出来るだけ早く家の補修ができた方が、民の安寧に繋がるのは本当なのだ。まぁ、確かに卑怯な言い方だとは思うが。
「わかりましたよ、ったく。ちょっと待っててください」
そう言うと、アムドゥスキアスは幾つもの通信用イヤリングを取り出した。
「えーと、これは………、ナナルの町か。アムハムラ王、どことどこに運べばいいんですか?」
「ナナルも含めて北よりの町や村にまんべんなく頼む。具体的にはナナル、ジュカ、バラン………」
私が羅列する町の名を聞きながら、奴はイヤリングを選別してゆく。このイヤリングはペアのマジックアイテムなので、大量に持つとどれが誰に繋がるのかわからなくなりそうだな。まぁ、相手の名を宝石の内部に刻み込む事ができるので、貴族の若い恋人達には本来の用途とは別の理由で人気があるらしい。それと若くもなく、純真でもない道ならぬ汚れた不倫のお供にも………。
まぁ、運輸産業を生業としていればこれくらいの情報はな。
「じゃあ、ナナルからでいっか」
「何をするつもりなのだ?」
アムドゥスキアスのよくわからない行動に、私は尋ねずにはいられなかった。とはいえ、こいつが私の予想通りに動いた事などない。大抵、斜め上を飛び越した事を言い出すのだ。
恐らく今回も………。
「大した事じゃありませんよ。各町村に設置したゴミ処理施設へ、逆に物資を転送します」
ほら来た。あの難題を簡単に解決してしまったぞ。
「貴様には不可能という文字はないのか?」
「嫌だなぁ、流石に睡眠3時間は厳しいですよ」
どういう意味?