我が名は!!
我が名はクルーン。
第10魔王にして、ただのしがない領主である。
最近の私は、どうにもらしくない感情に囚われる。自らの不甲斐なさ、無力さ、浅慮。そればかりが頭をよぎる。
まずこの街に連れてこられた。最初は嫌々だった。だがこの街は、私に世界の広さを知らしめてくれた。 今までとは違う価値観、今までと違う理、今まで知らなかった世界。
これもまた、今の私の頭痛の種だ。それまでの自分に、どうしようもない自己嫌悪を感じてしまう。何と浅はかだったのだ、と。
そして憎き敵、第6魔王デロベ。私を殺そうとし、実際に殺しかけた敵。そのデロベに意趣返しをする絶好の機会を得ていながら私は、奴の正体に臆した。
あるいはこれこそが、最近の私がキアスの言うところのネガティブの原因かもしれない。
結局、奴の分身を討ったのはキアスだ。魔王の中で、一番攻撃の術を持たないキアスだ。討った相手は、ややもすれば第1魔王に比肩する可能性すらある、勇者と魔王の力を持った男の分身。
いや、もしかしたら私はキアスに嫉妬しているのかもしれない。
後方支援の才能は、真魔両大陸でも恐らく並ぶ者はない。しかし、それだけでなく、キアスには武勇においての逸話が多いのである。
生まれたてでろくに配下もいないであろう状態で、コションとその軍勢を皆殺しにしたこと。その残党を相手に、無傷かつ相手を1人も殺さずに侵略を成功させたこと。真大陸内陸の人間の国を急襲し、降伏させたこと。そして今回も。
キアスは第6魔王を、分身とはいえ打倒してみせ、2人の魔王からの攻撃を封じた。
力を持たない、ただの魔族と何ら遜色の無いキアスが、最前線でこれまで聞いたこともないような武功をあげることに、私は嫉妬しているのだろうか?キアスには力がないから、戦闘を行えないから、だからキアスは私を必要としている、と思っていたのだろうか?
だがあいつは1人でも、私の力がなくても、それを何とかしてみせるのだ。
悔しい?否。尊敬?否。憧憬?近いが否。
結局、私が感じているのはただの劣等感なのだ。第4魔王が私を小物と断じたことも、今ならわかる。
デロベに対し、私は臆し、キアスは立ち向かった。その違いこそが、第4魔王が私を軽んじ、キアスを重んじた一番の要因に他ならない。
クソッ。まさかこんな気持ちでここを去る事になろうとは、少し前までは考えもしなかった。
強い肉体を手にし、キアスという心強い味方を得て、意気揚々と自分の領地に戻れると思っていた。
私がもっと強ければ、私の頭がもっと良ければ、何か1つでも、キアスに無いものを私が補えれば、
私はあいつの仲間になれるのだろうか?
引き継ぎの作業は、レライエのお陰でつつがなくすませる事ができた。やはり彼女は優秀だ。私などより遥かに優秀な代官として、この街を守るだろう。
彼女は私と違ってキアスの直属の配下でもある。私のように怯えられ、煙たがられる事もないだろう。魔王と共に仕事をしなければならなかった者らも、これでようやく安心して働けるというものだ。
はぁ………。
本当に私は、この地で皆の役に立ててたのだろうか?
私は適当に荷物を纏め、執務室を出………ようとしたら、その扉が開いた。
そろそろ天空都市が、隣街のゴモラに到着する頃合いだ。あれも今は第9、第12魔王と私の領地を回るため、これを逃せば出発は明日になってしまう。できればさっさと行きたいのだが、入ってきたのはレライエである。そうそう無下にも扱えない。キアスが怒る。
「ああ、よかった。まだいらしたのですね。実はクルーン様の引き継ぎ以前と今とで、各街にいくつかの小さな差異があり、出来ますれば違いについてうかがいたく存じます」
む。まぁ、キアスの奴は定期的に街をいじるからな。レライエは天空都市以外の街を以前から管理してはいたが、多少その時期と今の街には違いがある。その事についての質問か。別に今でなくても、魔道具を使って後でやっても良いように思うが、確かに早いに越した事はない。
いくつかの注意事項と、街の変化について説明し、レライエには後で書類にして渡すことを約束した。
「有り難うございます」
「なんの。では私は発つ。貴様と私にはあまり接点はなかったが、これからもよろしく頼む」
「勿体なきお言葉です。それでは―――ああっ!」
なんだ?急に慌て始めたレライエに、私は首を捻る。
「妾としたことが、クルーン様から大事なものを引き継いでおりませんでしたっ!代官の印とは別に、この街の市長印があったのでした!お引き継ぎ願えますか?」
「市長印だと?そんな物の存在は今初めて知った。私は持っておらんぞ?」
「何という事でしょう!!市長印が無ければ、正式な書類を受理できません!!」
「しかし今までは………」
「恐らくクルーン様が魔王様であらせられるゆえ、誰も直言できなかったのでしょう。妾は屋敷の内部で可能性のある場所を探してきます。クルーン様は、この部屋の内部を探してください」
「う、うむ………」
確かに、そのような重要な印ならば無くしたままにはできんな。レライエから私に仕事を引き継いだときは、急な事で色々と手間取ったからな。レライエから直接引き継ぎを行えたわけでもないので、そういったミスもあったのかもしれん。
レライエが部屋を出ていき、私も捜索を始める。普段よく使う場所には、それらしき物はなかった。となれば、普段はあまり使わない引き出しや書棚などか。
いや、ちょっと待て。
私は手を止め、レライエの出ていった扉を見る。
もし仮に、私が市長印なる物を使っていなかったとしたら、私が今まで仕上げた書類は、全て受理されていない事になる。しかし、私の書類はきちんとキアスまで届いていた筈だ。何度も小言をもらっのだ、忘れるわけがない。
もし仮に、ここの職員が私に遠慮して市長印の無いまま書類を通過させたのだとしても、キアスならば最初の1枚目でそれを注意するだろう。
だとすればおかしくはないか?
可能性は2つ。キアスが市長印を持っているか、職員が市長印を持っているかだ。キアスが持っている分には問題はない。私は当初、キアスと敵対的な立場にいたのだ。信用などされていなくて当然だ。だが、職員が持っている場合はマズい。
キアスが自分の腹心でもない者に、それほど大事な印を託すか否。
疑問符も句読点も無く即否定できる。複製されたりすればいくらでも悪用が可能であり、最終的にはキアスにとって都合の悪い事に使われかねない。
これは今すぐに確認をとらねばならないが、今キアスはここにはいない。人間の国に赴いている筈だ。ならば、レライエにキアスと連絡を取ってもらわねば。恐らく今日の内にここを発つ事はできなくなるだろうが、今はそんな些事を憂慮している場合では無いのだ。
私はすぐに扉へと向かい、それを開く。
パンパパン。
何かが炸裂する、軽い音と紙吹雪のようなものが私に降り注いだ。完全に油断していたため、無防備にそれを浴びてしまう。
敵!?まさか先手を打たれたか!?
だが次に続いた音は、私の予想を大きく裏切るものだった。
「「「クルーン様、お疲れさまでした!!」」」
歓声と笑い声。
呆気にとられる私に、レライエが1歩進み出て頭を下げる。
「申し訳ありませんクルーン様。先程の市長印の話は嘘にございます。送別会のため、クルーン様を少しの間足止めさせていただきました。平にご容赦を」
は?
「クルーン様、これは私たちからです!」
職員の1人、リザードマンの女性が私に花束を手渡す。花束?この街や周囲の都市では、花など自生する場所はないだろう?しかも、魔族は基本的に花を愛でたりする習慣がない。個人的に傭兵などに依頼をするか、自分の足で天空都市を経由して採取してこなければいけなく、これだけで結構な値が張る品だ。
「それと、迷惑かもしれませんがこれはワシらから」
ダンバラ・ウェドゥの男性職員は、大きな台紙に何やら書きなぐられた物を渡してくる。よく見てみれば、職員それぞれからの別れの言葉が記されていた。
「チッ、泣けよ、こういう場面ではよー」
「キア………ス?」
状況が全く読めない。整理して考えてみよう。
まず、市長印なるものは存在しない。
うむ。これで喫緊の危険は1つ消えた。
次に、なぜか私の目の前にはゴモラの執政を司るこの館の職員が集まっている。
今日非番の者までいるとなると、呼び出したのか?明日の仕事に障らなければよいが。
次に、なぜキアスがここにいるのか。
人間の国へ行き、人間の王と商談があったのではないのか?
そして最後に、もしかしてこれは、私の壮行会のようなものなのだろうか?
「ふふん。流石、血も涙もない魔王だな」
得意満面のキアスの顔を見て、次にそこに集まった職員達を見回す。
皆一様に笑顔だった。
「初めに言っておくと、今回この企画立てたの僕じゃないからな。色々手は貸したけど。
お前をきちんと見送りたいって言ったのは、ここの職員たちだ」
キアスが腕を組ながら、職員に向き直る。それに頷いたさっきのリザードマンの女性。
「私たちはクルーン様が、頑張ってお仕事をされていたことを知っていますっ!最初はちょっと怖かったけど、朝早くから夜遅くまで、時にはそのまま朝早くまで仕事をなさっていたお姿を見て、畏れながら小さな仲間意識のようなものを感じておりました。
だから、この度クルーン様がご領地にお戻りになられる事となった時、私たちに出来る形でお見送りしようと思い立ちました!
お、お花を渡したりとか、寄せ書きというものを書いたのは、アムドゥスキアス様のアドバイスですけど………」
私は、今までこれ程までに自らの体に感謝したことはない。もし私の体が人形でなかったら、危うく泣いてしまうところだった―――
「うむ゛!!あ゛りがどう!!
皆も、手あづい見ぐり、がんじゃずる゛!!」
―――血も涙もないこの体の唯一の欠点は、震える声までは隠せないことだろうか?
全く、キアスの仕事も完璧ではない。
「ホラよ。僕からも餞別だ」
キアスは適当にそれを投げて寄越した。銀色の柄と、金色の3つのハンマー。
オリハルコンとミスリルのフレイルだった。
「スコーピオン・テイル。棘の付いた星球を使ってるから、モーニングスターつってもいいかもな。
普通のフレイルじゃ威力に不満があるみてぇだから、造ってやったぞ」
オリハルコンの武具。それは、魔大陸では王者の証。
「それ持って帰りゃ、長い間領地を放置してたお前の部下も、お前を認めてくれんだろ?」
だがこれは―――
「で?クルーン?今朝聞き忘れたことがあるんだけどさ、
誰が厄介者だって?」
それは、信頼の証と思ってしまっていいのだろうか?
いや、いいのだ!!
そう考えれば、帰り道がさっきまで想定していたものより、遥かに素晴らしい物になるではないか!!
そうだ!!私はこういう奴だったのだ!!
「フ、フハハハハ!!
これはいい物を貰った!!感謝するぞキアス!!」
「何偉そうな口叩いてんだ、クソピエロ?」
そう、これでいいのだ!!
我が名はクルーン。第10魔王クルーン・モハッレジュ・パリャツォス!!
天下に並び立つ者無き至上の人形遣い!!そして、アムドゥスキアスの盟友なり!!