ハーヴェストっ!?
翌日。翌朝。
リビングで勇者パーティーと僕の仲間が集まり、ガヤガヤ騒いでいると、ゴブリンが入室してきた。
「キアス様、準備が出来ましたぜ!」
「お、そうか。チッ、ホントは身内だけでやりたかったがな、仕方ねぇ」
これは、これまでずっと頑張ってきたゴブリンとオーク達の為のものだからな。
「なんだ?今日の厨房係はゴブリンなのか?」
アニーさんが入室してきたゴブリンを見て、首を傾げた。アニーさんは何気に、お手伝いさんのオークと仲が良いからな。しかし、今日の食事は特別なのだ。
「じゃあ行くか。シュタール、しょうがねぇからお前らも来い」
量に不安があるわけじゃないし、たぶん大丈夫だろ。
「お?なんだ?なんか始まるのか?」
「祭りだよ、剣王祭に比べたらかなり小さいけどな」
別にあんな大々的にやる必要なんかない。身内だけ、『魔王の血涙』に住む住人だけで行う祭り。
秋も佳境。僕がここに来た当初から、いや、正確に言えばその前からゴブリン達が育てていた米、ようやく収穫された米。米米米。
収穫祭である!!
「えー、諸君。別に長ったらしい演説をぶっこくつもりはない。
僕は魔王で、一応ここの管理を担っていたのだが、特に君たちに何かしてあげられたわけではない。つーか、最近放置してましたっ!ごめんなさいっ!」
開会の挨拶をなぜか謝罪から始める事にはなってしまったが、仕方がない。本当に放置していたのだ。
田畑だけじゃない、塩の倉庫や浄水施設の管理も、完全にゴブリンとオーク達に任せきりだった………。日々食べる魚や野菜はほとんど彼らが捕っていたのに………。全くもって情けない限りだ。
「だからこれは、皆のための祭りだ!皆の努力の結実だ!皆の事を称賛する宴だ!
誇れ!!喜べ!!食べろ!!
いただきます!!」
「「「いただきます!!」」」
集まった住人達が唱和し、収穫祭が始まった。
まずは、ただの白飯に魚。ここのスタンダードな主食から。
「うめぇ、うめぇ」
おらぁ百姓のお陰で生きておるでね。
「むぅっ!?なんだこの米はっ!?
もっちりふかふか、確かな甘味、そして何より豊かな風味っ!?これは本当に米かっ!?」
………………。なんか最近、アニーさんがやたら食いしん坊キャラなんだけど………。何その料理評論家みたいな台詞?
「こんなっ………!こんなっ………!!
こんな甘やかされた気候で、こんな美味い米が育つとは………っ!!魔大陸、恐るべしっ!」
「おい、このおにぎりってのもイケるぜ!
何より、手に持って食えるってのがイイ!!」
「………この発想はなかった………」
「お米を丸めたり潰したりといった発想はあったんですけどねぇ、まさか食べられる紙を作ってそれごと食べるなんて。それにこの紙の風味もまた」
「『ノリ』っていうんだってよ?
具は魚や肉だな。これもうめぇ!」
勇者パーティーは、相変わらずの食欲のようで何よりだな。
海苔は僕が作った物だが、実際そんなに難しいものでもない。
海から藻類を取ってきて、細かくして、形を微調整しつつ乾燥させただけだ。さっきアルトリアさんも言っていたが、紙の作り方によく似ている。
正直、こっちの田畑の管理を忘れていた罪滅ぼしのつもりだったのだが、皆喜んでくれて何よりだ。
梅干しの開発が間に合わなかった事だけが悔やまれる。魚や肉もいいけど、おにぎりといったら、ピシッと味を引き締める梅干しが無きゃねぇ。梅に該当する樹木が見つからないので、今はどうしようもないが。
とはいえ、皆が海苔を受け入れてくれて、ホッと胸を撫で下ろしつつ、僕は箸を使って醤油につけた海苔でご飯を巻いて食べる。
んぅんんんーーーっ!
これうんまっ!?海苔と醤油の組み合わせは、やっぱりいいっ!
「ミュル、あーん」
「あぁん」
「艶かしい声を出すな!!」
どこで憶えたのそんな言葉っ!?許しませんよ、全くもうっ!
「マルコ、あーん」
「あーん」
ミュルは罰としてこれあげないもんねっ!
僕はマルコに、海苔で巻いたご飯を食べさせる。
「んんー!?」
「おいしいか?」
コクコクと頷くマルコに、僕も笑顔で答えた。
海外だと海苔って結構違和感を覚える人が多いみたいだけど、こっちの世界ではあまり無いみたいだね。皆結構喜んで食べてくれてる。
「ました、ました。ごめん、さい。ミュルも、ミュルもっ」
あぁもぅ!可愛いなぁこんちくしょう!
「あーん」
「あーん」
結局ミュルにも食べさせ、海苔と醤油の最強ツートップに猛攻撃させる。
どうだ?美味かろう?
「キ、キアス様………」
名前を呼ばれて見てみれば、ゴブリンやオークの子供達が、揃って口を開けていた。
「「「あーん」」」
………ごめん。雛鳥みたいな仕草だけど、日本人の感覚としてはやっぱりちょっと怖い………。
「キアス様………」
「わかってる………。わかってるんだ………」
そう、レライエに言われるまでもなく、わかりすぎるくらいにわかっている。
何せ、神殿から一歩外に出れば目に入る。音も聞こえる。シュタール達だって、それに気付いて最初呆気にとられていたのだ。気付かないわけがない。
事情を知らない奴等は、僕が花火か何かの代わりに景気付けにやっていると思っているだろう。だがしかし、この状況に一番驚いているのは、誰あろう僕なのだ。
僕は天を仰ぐ。そこには空に聳えるくろがね、ではなくガラスの城。うねる『蛇の道』。そして―――
ゴパァァァアアア!!!!
乱舞する最上級魔法。
侵入者を滅殺する裁きの一撃は、しかし次弾、また次弾と矢継ぎ早にその砲火を続け、ダンジョンの境目で弾けて消える。
「デロベの砂人形………、まだ生きてんのか………?」
「そのようです………」
レライエの首肯を、僕は暗澹たる気持ちで受け入れるのだった。
そりゃお前、クルーンや他の魔王が慌てるのもわかるよ。素直にスゲーわ………。
デロベの砂人形が『蛇の道』に送られて、そろそろ12時間が経とうとしていた。