忍者グレモリー
「もう歩けますね?」
「ええ、なんとか………」
「では急ぎますよ?うかうかしていたら、流石に逃げ切れません」
とはいえ、私の周囲ではキアスからもらったマジックアイテムのお陰で、なぜか音が響かないのですが。それどころか、今我々は完全に他者から見えなくなっています。全てキアスからもらったマジックアイテムの効果なのですが、こんなマジックアイテムは今まで見たことがないのです。
私が魔大陸に入るにあたり、キアスが過剰なまでの隠密道具を準備したようです。全く、あの人は。ただの間諜にどれだけ高価な装備を持たせるのでしょうか。
私の持つ装備一式の価値は、最早騎士団を結成可能な額でしょう。
レライエの護衛、及び連絡要因として私が抜擢されたのにはわけがあります。
それは、私以外に最適な人物が居なかったから、というものです。キアスはあれでいて、 誰彼構わず信用するような愚か者ではありません。
信用する足る人物には明け透けに心を開くくせに、そうでない人物には全く関心すら寄せないような奴なのです。もしかすれば、それは私とコーロンの起こしたあの一件のせいかもしれませんが、それでも信頼した人物への信用が過ぎると思うのは誤りではないでしょう。
そして、キアスの動かせるキアスの信頼の置ける人物の中で、まともな隠密行動ができるのが私だけだったのです。
私は元々諜報員として動いていましたし、コーロンは町へと溶け込む事に長けています。実際、真大陸ではキアスの頼みで間諜として動くことも多々ありますが、私の、というかコーロンの今の身分はゴーロト・ラビリーントの市長なので、自由には動けないのです。今はキアスからのたっての頼みで、代理の人間を立てて長期の任務を行っていますが。
コーロンとしては、街の管理よりこっちの仕事の方がいいそうです。
あの娘はなんだかんだでキアスの事が大好きですからね。
「グレモリー、貴女の戦闘能力はどの程度ですか?」
「低いです。あなたから見れば、キアスと同レベルに見えるでしょう」
「よくもまぁ、キアス様が貴女を派遣したものです。あの過保護なキアス様が」
「同意します。それほどあなたを送り込むのが、あの人にとってイレギュラーな出来事だったのでしょう」
「耳が痛いですね」
苦笑するレライエ。
私も、今回彼女がこの場所に潜入した事情のさわり程度は聞いています。よく言えば大胆不敵、悪く言えば無鉄砲なレライエの行動に、些か呆れる思いです。
レライエと私は、今回の任務が初対面です。というか、私やウェパルの存在は、キアスと親しい間柄の者でなければ絶対に知り得ないのです。
ですからお互いに知らないことも多いのですが、だからこそ共通の知人の話は盛り上がります。
「私はこんな過保護な装備などなくとも、それなりに隠密行動はできます。
こんな物があれば、子供にだって諜報活動ができるでしょう」
「それは確かに」
「みぃつけた」
やはり、すんなりと見逃してはいただけませんか。
第6魔王とやらが、進行方向の廊下の角から現れました。しかし、目にも見えず音も聞こえない我々を、いったいどうやって見つけたのでしょうか?
「まさかもう1人いたとはねぇ。迂闊だったぜ。
まぁ、こうも完璧に隠れられちゃあ、元々見つけるのは至難だったろうがよ」
あなたにあっさりと見つかっているのですから、完璧には程遠いでしょう。キアスに報告する内容が増えました。
「ただまぁ、音や気配の消し方、幻術は見事だが、詰めが甘かったな。
2人纏めてぶっ殺してやるから、あの世でアムドゥスキアスを待ってろや」
「愚か者めっ!
例えここで妾が潰えたとしても、キアス様が崩御しされるのは永劫の後でなければいけない!この身をもってその妄言、正してあげましょう!!」
レライエは威風堂々と返答し、真っ直ぐに魔王と対峙します。双眸は魔王の紅の瞳を真っ直ぐ睨み付け、怒気が迸ります。
しかし―――
「防音結界、解除しますね………」
相手に聞こえなければ、状況は酷く滑稽です。
「………………」
レライエも、結界を解いてもう一度、という気は起きないようです。
大丈夫ですよ、この状況は私しか気付いていませんし、私は他言しません。
気を確かに持ってください!
ついでに彼女の分は、不可視の結界も外します。真剣に眼光を向け、対峙しているのに、不可視の結界を張ったままの私たちには魔王の目が向くことはないのです。
侘しすぎます………。寂しすぎます………。虚しすぎます………。
「なんだ、もう逃げねぇのか?」
「不要にてございます!我が身の忠誠にかけて、あなたの暴言の数々に誅罰を与えます!!」
「どうやってだ?さっき手も足も出なかったのはもう忘却の彼方かよ?」
いざという時は、私がもう一度結界を用いて逃走に腐心しなければいけませんが、今はレライエの好きにさせてあげましょう。
他に懸念しないといけないことも多いですので。
「じゃあ、とっとと終わりにしようや!こっちはお前達のような雑魚と遊ぶのは、願い下げなんだよ!!」
このままでは先程の二の舞。今度こそレライエの命が危ぶまれる状況ですが、私は欠片も心配はしていません。
何故か?聞くまでもないでしょう?
「お1つだけ注意を差し上げましょう、第6魔王」
私は告げます。魔王へと忠告します。
「私たちを殺め、本当にキアスと敵対するつもりですか?」
「なんだ?命乞いか?」
そんなものではないのですよ。この状況で、そんなものは必要ない。
「キアスは残酷な王です。敵対者を決して赦さず、生きたまま地獄を見るか、無慈悲に処刑されるかの2択を迫る、正真正銘の魔王です。
彼が甘いのは、あくまで味方にのみです。敵に容赦はしません。
まぁ、味方になりそうな敵には甘いですが………。
ああ、勘違いしないでくださいね、私は別にキアスの威を借ってあなたを脅すつもりはないのです。
これからあなたに警告する、その下準備のための言葉とお考えください。
もしあなたが、私たちを本当に殺め、キアスを敵に回す時は、ゆめゆめ憶えていてください」
「なんだ?」
私は告げます。魔王に対して、アタシは言い放つ!!
「キアスが、むざむざアタシ達を傷つけさせ、あまつさえ殺されそうになるこの状況で、黙ってるようなヘタレだと思うか!?」
アイツがこんな場面に登場しないわけがねえ!アイツはアタシを傷つけない!どんな場合でも!どんな状況でもだ!!
アタシはその事を、知ってんだよ!!
「ほら、もう足音が聞こえ来たんじゃねぇか?」
「何を―――」
「おい。おいおい、そこの三枚目。
テメーはウチのかわい子ちゃん達に、何をしてくれてんだ?あ゛ぁん?僕の女に手を出そうなんざ、お前も随分偉くなったもんだなぁ?えぇ?
くびり殺すぞ、このハゲ」
破滅の足音が、奴には聞こえないのかね?