盲点
「レライエお前、いつからアムドゥスキアスとヨリを戻したんだ?」
デロベ様は、その深紅の瞳で妾を見つめて問いかけました。
「………無論、初めからにてございます」
「ふーん。でもよぉ、こっちだってそこまでバカじゃねぇ。お前の裏切りを警戒して、ハナッからお前には監視をつけていた。
それなのに、怪しい行動は自室でだって起こさねぇ。連合への貢献も、ぶっちゃけ俺や他の魔王なんかより遥かにやってくれた。
それに、お前をこの小物連合本部に連れてくる時だって、通信や転移の魔道具は持ってなかった筈だ。それからも魔道具関係には触らせてねぇ。どうやってアムドゥスキアスと連絡を取り合ってたんだ?」
雄々しく伸びた金色の角を揺らし、首を傾げるデロベ様。
「………………ふふ」
妾は笑みをもってそれに答えます。
キアス様が作る魔道具。それは魔大陸の技術的にあり得ないほど高度な、人間と同等かそれ以上の水準を誇ります。デロベ様が警戒するのも無理からぬ事。しかし、魔道具ばかりに気を取られるから、初手をしくじるのです。
「………まぁいいか。んじゃ、とっとと殺しとこうと思うんだけど、とりあえず命乞いとか錯乱とか絶望とか、する準備はできてるか?」
「いえ、全く。ですがどうぞ、お気になさらずかかって来てくださいまし。
妾も魔王と手合わせ願えるならば、パイモンとも張り合えます。ややもすれば、キアス様に接吻の1つも下賜していただけるやも知れません。
ですからどうか、あまり失望させないでくださいましね?」
妾は執務机の後ろに立て掛けてあった、長巻の柄を手に取ります。見た目は完全に短槍であるそれと、腰の大太刀。妾の武勇がどこまで魔王様に通ずるか、実に楽しみでございます。
「やれやれ、どうやらクルーンもアイツに取られちまったみたいだし、お前にも裏切られて。アムドゥスキアスってのは、見た目以上に食わせもんみてーだな」
「いえいえ。全てはあなた様の人望の賜物かと。
そして、キアス様の事をあなた程度が推し測ろうなどと、不遜も甚だしいですよ下郎!!」
短槍を構え、いつでも大太刀を抜けるよう気を張る妾に、デロベ様は構えるでもなく飄々と立っております。流石は、腐っても魔王。妾程度の武威など歯牙にもかけませんか。
ならばそれが命取りであると、悟っていただきましょう!!
「哈ァ!!」
一歩駆け太刀を抜き、二歩駆け2つを繋げ、三歩で刃を振り降ろす。
過たずに逆袈裟へと斬り上げられた刃は、その漆黒の体を斬り裂きました。油断なく、振り抜いた長巻きを構え直しデロベ様を見やります。
確かな手応え、そして妾の持てる最高の武をもって放った一撃。いかばかりや?
「へぇ、そいつぁそんな武器だったんだなぁ」
くっ………!
予想はしていましたが、この程度で退けられるほど魔王は甘くありませんでした。
ならば、削り殺すまで!!
妾は駆けます。
十合ばかり長巻を振った頃でしょうか、刃の変化に気付きました。
―――その間微動だにせず、ただただ妾の攻撃を受けていたデロベ様は、裂けるような笑みを浮かべていました。
明らかに切れ味が落ちてきています。これは、キアス様が打たれた刃。そんじょそこらのなまくらではありません。
しかし―――
「いい武器だ。それにいい腕だ。正直、小物連合の他の魔王だったら初太刀で討たれてたかもな」
「カラクリを教えては、いただけませんよね?」
「まぁな。そうやって長話する奴ほど、早死にするって相場は決まってるんで、ねっ!!」
初めてデロベ様が動きました。
速いっ!!
「くっ………!!」
長巻で迎え撃とうとし、その刃がデロベ様の眉間を捉えた瞬間―――
キィィィン。
甲高い音をたてて、刃が宙を舞います。これまでの手応えからはあり得ないほど、デロベ様の体が硬くなっています。
眼前へと迫る角、折れた武器、狭い室内。
―――これまでですか………。
妾が諦めかけたその時、凛とした声と、ある物が闖入してきました。
「失礼、キアスの仲間を死なせるわけにはいきません」
妾は、その闖入者に気をとられたデロベ様の攻撃を、なんとか紙一重で避けました。
投げ入れられたある物、金属製の筒のような物は突如目の眩むような閃光と、刃が折れた時とは比べ物にならない高音を発しました。
目と耳が使えなくなった妾を、誰かが抱えて走ります。
まぁ、誰かはわかっているのですがね。疑問は『どっちが?』の方が正しいでしょうか?
「何も走って逃げなくても………」
耳の方は、少しだけ回復してきましたが、未だに目が見えない妾は、相変わらず彼女に抱えられています。伝わる振動から、彼女が走って逃亡を図っているのはわかるのですが、いつものように転移を使えば一気に安全圏へと脱出できるのではないでしょうか?
「転移の指輪は1つしか残っていません。先程、もう1人の方がここに来る時使ってしまいました」
「貴女にしては珍しいミスですね」
「私ではなく彼女の失態です。彼女はあまり、こういった任務が得意ではありませんから」
確かにミスですが、妾が助かったのはそのもう1人のお陰なのだから、何も言えません。
デロベ様が見落とした盲点、それが彼女達でございます。
見える間諜に気をとられ、本来気を付けるべき見えない間諜への対策が疎かになっていたのでございます。
「助かりましたよ、グレモリー」
「礼はコーロンに言ってください」