恋の理、愛の法則、傲慢の咎
強さ。弱さ。
世界にあまねく広がる、この概念。この意味を、妾は未だわからないでいました。
順調です。何もかもが順調です。
『小物連合』はその勢力を急速に広げ、魔大陸という原始的な社会に革命を起こしつつあります。
商業による、商業者のための、商業の改革でございます。
金銭による物品の授受は、それまでの宝石や魔石を用いた物より遥かに確実でスムーズです。
その分、我々連合はこれまで使われていた宝石や魔石を回収して財を溜め込んでございます。キアス様のお金を用いる事により、価値の曖昧なそれらを、商人は投げ売るように手放し始めたのです。技術力の低い魔族では、宝石を装飾品にできる者も、魔石を魔道具にできる者も限られているからでございましょう。
とはいえ、それをもたらしたのは妾でも、ましてやこの小物連合に属す魔王様がたでもございません。
その根幹を成したのは、紛れもなくキアス様なのです。
わかるでしょうか、この誇らしさ?
妾は良き主君に出会えました。これからの魔族の暮らしは、これまでの物とは全く違う物になります。
いいえ。もしかすれば人間も。そして世界までも。
妾はそんなお方に仕えているのです。ああっ………!なんたる幸福、なんたる至福、なんという神の祝福でしょうか。
キアス様の配下であることに、武人としてこれ程誇らしい気持ちになれるだなんて。
しかしこの小物連合、本来は物流、通商、流通の管理が主目的であるわけではなく、魔王の情報収集及び、諜報機関の側面が強い組織なのです。
正直を申せば、商業機関としては優秀な組織と自負しておりますが、諜報機関としては噂話集めが関の山です。しかも、商業機関としては魔王の介入を必要としない組織であるにも関わらず、最近はその影響を受けすぎています。
最早、諜報などより商業の方が主目的になりつつあります。
ですが、ここに来て看過できざる事態になりつつあります。言うまでもなく、この組織のライバルはキアス様の流通網です。あちらは、こちらより遥かに優れた輸送手段を有し、安定した流通と、それに裏打ちされた潤沢な財があります。城壁都市を中心とした、魔道具市場はキアス様の領地に人を集め、常に需要が供給を上回る特需市場と化しています。それだけではありません。ダンジョンの武具は魔大陸ではあり得ないクオリティの代物であり、それを求める武辺者もまた、キアス様の元へと集まります。
そしてこれこそが重要なのですが、キアス様の領地では法と秩序を重んじ、法を犯せばいかな強者といえど罰を受けるようにできています。
商売をする者共等にとって、これ程嬉しいことは他に無いでしょう。何せ、商品を奪われる心配が格段に少ないのです。
この程度も徹底できない我が身の不明を恥じるばかりでございます。
さて、これまでの魔大陸の感覚であれば、ライバル組織とは競争ではなく潰し合いになるものでございます。
この場合も、例に漏れずそのように相成りました。しかし、その手段がいただけません。商業での対抗ではなく、実力での排除を目論んだのでございます。
作戦と言うのも憚られる程、稚拙な策の全貌はこうです。
まず、城壁都市ゴモラへと暗殺者を派遣し、あわよくばキアス様かそこに駐在する幹部の暗殺。それが叶わずとも、キアス様のお膝元であるゴモラに混乱を起こせれば良し。
命令系統が麻痺した所で、密かに集めておいたならず者をかの地に投入し、防御線を混乱させる。戦闘が起これば、自領民の救出を名目に第9、第12魔王軍を投入。あわよくばキアス様の領地を支配下に、成功せずとも商業に大打撃を与えれば小物連合が優位に立てる、とでも考えていたのでございましょう。
甘いです。甘すぎます。キアス様のような統治が、他の魔王様がたに出来るでしょうか?否です。断じて否です。なんの反駁も許さぬ、絶対の真実としてあり得ません。それが出来うるなら、そもそもキアス様の領地を襲撃する必要などないのですから。
ゆえに、妾はこの組織への潜入をこれまでと決定し、暗殺者の情報をキアス様へと伝えました。
まさか、それが罠だとは思いもよりませんでした。
「よぉ、レライエ」
妾の執務室へ、第6魔王デロベ様が訪ねてきました。
「これはデロベ様。何かご用でしょうか?用向きがございましたら、こちらからお伺いいたしますのに」
「いやいや、いいんだっつの。今俺はとても気分がいいからなぁ」
醜悪。キアス様のそれと比べ、あまりに陰惨で、歪で醜悪な笑顔を浮かべるデロベ様に、妾は漠然とした戦慄を覚えました。
「俺がアムドゥスキアスんトコに暗殺者を送ったの、お前も知ってんだろ?」
このタイミングでこの話題。あまりにピンポイントでございます。
「はい」
「実はその暗殺者な、1人残らず返り討ちにあっちまったみてーなんだよぉ」
私は驚愕しました。何故この方が今、それを知っているのか?決まっています。網を張られたのでございます。
「実はお前に知らせずに、あの街には俺の手の者をもう何人か放ってたんだわ。したら、暗殺者を正確に全員見つけた奴等にも関わらず、そっちは全員無事。
お前が知っていた部隊だけが敵に見つかり、知らない部隊は1人も見つかってねえ。
これっていったいどういう事だろうなぁ?なぁ、レライエ?」
少々詰めが甘かったようでございます。この魔王を甘く見ていました。