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 処刑場

 「あなたは、第6魔王様の手の者ですね?」




 町の雑踏にあって、よく響く声が聞こえた。人々の喧騒が、一気に0へと帰して、辺りは重い沈黙に包まれた。


 なぜわかったのだ?


 私はただただ疑問に思う。オール様を暗殺するために磨かれた、この隠密術が全く役に立っていない。これは由々しき事態だ。他に侵入している者にも、至急伝えなくてはならない。


 「何の事です?私はただの傭兵です。第13魔王様のダンジョンでお金を稼ごうと―――」


 「言い訳は結構。こちらは既に、あなた達の素性については確信を持っていますので」


 チッ!これは密告者がいたなっ!


 「クソッ!!」


 任務は失敗だ。撤退し、デロベ様に裏切り者の存在を知らせねば。

 踵を返し、脱兎のごとく逃げる私に相手は言う。




 「お望みのダンジョンへ連れていって差し上げましょう。ただし、片道までね」




 振り返った私が見たのは、オーガの女が何かを投げた所までだった。




 一瞬の光の後、私は押し倒された。




 何に?わからない。どこで?わからない。意味不明なことだらけだった。

 わかっているのは、急に開けた視界に遠く離れた海が見えたこと。この場所がとてつもなく高い場所にあるということ。そして立てないということだ。


 「うぐぐぐ………」


 なんとか上体を起こすだけでも、全精力を使いきるような気力が必要だ。


 「ラスカか!?」


 「その声はカカカラか?お前も見つかったのか?」


 「ああっ………!くっそ、立てねぇ!」


 どうやらカカカラも立とうと踏ん張っていたらしい。だが、まるで体が何十倍も重くなっているかのような圧力では、素早さはあっても膂力の足りないコボルトでは厳しいか。私でも、なんとか立ち上がるのに数分もかかった。


 すると、周囲に一斉に光の円陣が現れ、一瞬の後には仲間の皆がそこにうずくまっていた。


 「こうも、正確に、我々の居場所を、察知、するとは」


 くそっ、ただ話すだけでも辛い。カカカラに手を貸してやりたいが、この分では一緒に倒れ込むのが関の山だ。


 「お、おいっ!ラスカ!」


 カカカラが、背後を振り向いて私に声をかけてきた。つられて振り向けば、そこにはあの透き通った城。光を乱反射し、キラキラと目映く輝く第13魔王の美しい城があった。


 ならばここは、空に浮くあの石の蛇の上か。ここから、あの城まで行けということか。


 しかしこの時、私は状況を楽観した。あるいは、それがどちらであろうと結果は変わらなかったのかもしれないが、それが決定的に間違っていた事は揺るがしようのない事実だった。




 ここは、攻略を目的としたダンジョンなどではない。侵入者を粛正する処刑場だったのだ。




 「お、おい………」


 今の声は誰が発したものだろうか?わからない。そんな余事に思考を割いている余裕などない。ガラスの城壁に、巨大な光る円陣が現れたのだから。


 嫌な予感がする。とても嫌な予感。それは死の香り。死神の腕が首筋に伸びる感触。暗殺者などやっていれば、そういった死の気配に敏感になる。今回はそれが自分に向いているのである。

 私は走った。動かない足を動かし、重たい体を引きずるように、歩くような速さで一所懸命にその処刑場から逃げる。


 「おいっ、ラスカ!!」


 うるさい。私は今、運命から逃げているのだ。関わるな!


 「嫌だぁ!死にたくない!」


 「体が動かないんだ!助けてくれ!」


 「お許しください魔王様!どうかお慈悲を!」


 我々は、元々デロベ様の領地で魔物を狩って糊口をしのいでいた傭兵崩れだ。そこをデロベ様に見いだされ、暗殺者として鍛えられた者達である。そんな我々に、連帯感など皆無である。任務の上で、便利だからつるむ。足手まといは切る。それだけだ。


 「障壁を張れ!!」


 「やってる!!だが一瞬で砕かれるんだよ!!」


 「身体強化魔法だ!!」


 「使っても立てねぇ!!」


 「何なんだクソったれ!!じゃあもう、あそこに向かって全員で魔法を使うぞ!!」


 城壁の光る円陣は、一瞬目映く光ったかと思うと、巨大な闇の奔流を放った。その死の息吹きから、私は転がるように地面に身を投げたして脱出を図る。打ち付けられた体は普段の何倍も痛みを訴えるが、そんな事はどうでもいい。


 死の奔流は、仲間達の放った魔法にそよ風ほども影響されず、かき消し、弾き、呑み込み、倒れていた仲間達の場所にまで到達した。




 死は一瞬で仲間達を呑み込み、毛ほども衰えずに城壁の上空まで伸びて霧散した。




 残ったものは何もない。私だけが、ポツンとその場で這いつくばっていた。


 「闇属性の魔法、それも、最上級、クラスの魔法、か」


 そんなもの、どうすればいいのだ?


 闇魔法は、その使い手の数が圧倒的に少ない魔法だ。しかし、戦闘でこの闇魔法を凌ぐ魔法は他にないだろう。

 なにせ、有効な防御手段がないのだ。他の属性魔法のように耐性を高める手段もなければ、対応した防御結界もない。しかもこれは、最上級クラスの魔法。こんなもの、防ぎきれるのは魔王様の中でも三大魔王様ぐらいだ。


 私が思考を巡らせられたのもそこまでだった。


 「………」


 「………」


 ふよふよと宙に浮いていたスピリットと、目が合ってしまったのだ。


 「ちょっ、ま―――」


 急いで立ち上がろうとしたが、やはり遅い。その間に、近付いてきたスピリット。もうすぐそばまで来ている。

 くそっ、くそっ!!スピリットなんかに殺されてたまるかっ!!


 「『ネロ・ピド』!」


 私にでも使える簡単な魔法、それをスピリット向けて打ち出す。


 しかし、思った場所に届かない。私の使った水魔法は、離れた場所にいたスピリットに届く前に地面に叩きつけられた。


 魔法まで重くなるのか。

 そういえば、さっき仲間が使った魔法も結構下方に外れていた。これは、スピリットが近付いてこないことには手が出せないな。


 「ケケケケケケケケゲ!?」


 よし、倒せたようだ。近付いて襲いかかってきたスピリットに、外しようの無い近さで魔法を放った。どうやら魔物の強さは、魔法に比してお粗末のようだな。


 などと言ったのが運の尽きだったのだろうか?


 「「「ケケケケケケケケケ」」」


 「なッ!?」


 気付けば無数のスピリット達が、集まってきていた。


 「や、やめろ!!」


 魔法が得意ではない私に、その無数のスピリットが群がってきた。魔法や魔道具でしか倒せないスピリット。それにこんなに群がられては―――


 「くそっ!!動きが速い!!」


 「ケケケケケケケケケ」


 なぜこのスピリット達は、地上と同じように動けるのか?


 「あああああああ!!!!」


 指が噛み千切られた。足に噛みつかれ、ズタズタにされた。次から次へと群がるスピリットが、身体中あちこちと噛みつき、噛み千切る。薄く透けた亡霊達は、ケタケタと哄笑をあげて迫る。

 スピリットなんて、下級も下級の魔物に殺されて終わるのか………。それも、スピリットの攻撃が弱いせいで散々なぶられ、苦しんでから殺されるのか。


 ―――嗚呼、こんなことなら、さっき一思いに殺されておけばよかった。




 新たに城壁に現れた光る円陣が、私には救いの光に見えた。





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