剣王祭。終幕
「見ろパイモン!鰹節だ!」
キアス様は今日も、楽しそうにこの『祭り』とやらに参加しています。とても楽しそうです。
カツオブシが何なのかはわかりませんが、あのキアス様が大喜びするほどの品です。きっととてつもない価値があるのでしょう。
「やべー、俄然蕎麦が食べたくなってきたっ!!まぁ、その前に醤油だな醤油!!確かどこかの国のご当地料理に使われてたな!?買おう。買い占めよう!!」
アムハムラ王国という人間の国で、魔王であるキアス様は本当に闊達に過ごしています。私ももう少し堂々と付き従っていたいのですが、やはり人間に対して思う事はあるわけで、どうしてもキアス様のようには振る舞えません。
「はぁ?半銀貨使えないの?」
「すいやせん、今その金で決済できるか上役にお伺いをたててる状況で」
「アムハムラではそこそこ流通してる貨幣だってのに………」
「へぇ、ウチもそのせいで何人かの客を逃してましてね………」
なんという無礼な人間でしょう!キアス様が造ったお金を使えないとはっ!
しかしキアス様は、そんな店番にも笑って答えています。なんと度量の大きなお姿でしょうか。
「まぁ、外国人じゃ仕方ないよね。でも、今度くる時は気を付けた方がいいよ。せっかくの儲けをフイにしちゃうからね」
「全くでさぁ、面目ねぇ」
その人間は、自らが今どれ程の幸運の中で息をしているのか露とも解さず、キアス様の差し出した真大陸のお金をのうのうと数えています。
もし、ここが魔大陸であれば、同じ事をキアス様に申し上げる魔族は自らの命をあきらめてから上申する程不敬も甚だしい行為だというのに。
そう言えない今の状況は、少々もどかしいです。出来ることならば、この祭りに集まった人間たちに向けて叫びたいものです。『この方は魔王様だ』と。『偉大なる第13魔王、アムドゥスキアス様なのだ』と。知らしめたい。しかしそんな事をしたらキアス様に怒られます………。キアス様は怒ったらすごく怖いんです。
「はい、銅貨79枚丁度。確かにいただきやした」
「やっぱり半銀貨がないと時間かかるねぇ」
「へえ、あっしもこんな便利な金があるなんて、アムハムラに来るまで知りやせんでしたよ」
「ぶっちゃけ、半銀貨や半金貨を使えるなら、決済は全部アムハムラでやりたいよ」
「はははは、確かに!でも一々王国空運を使えるほどウチはお大尽じゃねぇんでさぁ」
「ウチもウチも。むしろ故郷でこのお金が使えればなぁー」
「そいつぁいいや!金勘定が大分楽になりやすね!」
「ははは。商人にとっては切実な願いだよねぇ、金勘定の時間の節約って」
「全くでさぁ、大店の下積みは毎日毎日金勘定だけやらされるっていいやすからね」
「ああ、扱う金額も大きいしね。おっと、長話になってしまったね。商売の邪魔をしてしまっても悪いのでもう去るよ。ありがとう」
「いえいえ、こちらこそ色々話を聞けてありがてぇこって。お嬢さんほどの美人となら尚更でさぁ」
「ふふふ。口が上手いなぁ、ついでにそこの調味料も1つだけもらおうか」
「毎度あり!」
………少しだけ疎外感を感じるやり取りです………。
商店を後にした我々は、雑踏の渦中へと再び戻りました。正直、これだけ人が多いとキアス様の身を守れるかすごく不安なのですが、いざとなればこの身を盾にしてでも必ずやキアス様は傷つけさせません。
「全く無礼な奴でした。何度神鉄鞭を抜こうと思ったかっ………!」
私がそう愚痴をこぼすと、キアス様は冗談だと思ったのか私の言葉にクスクスと笑い始めました。
「こんな場所でオリハルコンなんて出したら大変だっての。
それに、彼は中々人当たりのいい商人だったじゃん」
「いえっ!キアス様がお造りになられたお金が使えないなんて、許しがたいですっ!」
私がそう言うと、キアス様は「あー、成る程」と頷きました。
「それは仕方の無いことなんだよ。むしろ、利便性だけでアムハムラにこれほど早く浸透した事の方が僥倖なのさ。まぁ、冬に向けて暖房系のマジックアイテムの需要がアムハムラで伸びてるのもあるだろうけどね。
だからこそああやって、世間話にかこつけてあのお金のアピールをしてたんだよ」
む………。
ちょっと難しい話になりました。よくわかりません。
「まぁ、通貨流通についてはもう1つ大事な行程が残ってるし、この分ならすぐにあちらからお呼びがかかるだろう。そうなったらまた、パイモンに護衛を頼まなくちゃならないから、その時はよろしくね」
「はいっ!!必ずや命を懸けてキアス様をお守りしますっ!!」
頼られたっ!キアス様に頼られたっ!
「パイモン、声大きい」
怒られた………。
それからもキアス様は、出店での買い物を続けました。中には、何に使うものなのかさっぱりわからないものや、明らかにキアス様が面白がって買っているだけの民芸品までありましたが、各店舗で必ずご自分で作られたお金を使い、そのお金について世間話をしていました。
きっとこれも、キアス様の『計画』の1つなのでしょう。よくわかりませんが。
「よし、祭りはこんなもんでいいか。あと2日あるけど、もう見る場所もないしね」
空が薄暗くなってきた頃、キアス様はそう言ってポンポンと手を叩いて私に笑いかけます。
「じゃあ、帰ろうか」
「はいっ!」
家に帰れば、今は勇者がいないので、キアス様と一緒にお風呂に入れます。彼らが来てからというもの、キアス様と一緒にお風呂に入れなかったのは、とても嫌でした。なのに、アニーは勇者に私たちの裸を見せるのはダメだとか、キアス様と一緒に入るのが恥ずかしいだとか言って、私たちまでそれに付き合わされたのです。
ですが、今はそのアニーも勇者もいないのです。存分に楽しみたいですね。
「あ、でもその前に、もう1つの祭りがあったな」
「もう1つの祭りですか?」
なんの事でしょう?
「いやいや、大したことじゃないさ。ちょっと魔大陸の勢力図が変わるってだけの話。
さ、行こっか」
よくわかりませんが、何やら不穏な空気です。私は腰の神鉄鞭を一撫でし、真っ直ぐにキアス様を見つめて申し上げます。
「いかな場所にでもお供し、いかな理由であろうともキアス様には毛先ほどの傷も負わせません」
キアス様と一緒にいるためならば、私はどんなことだってします。例えこの身が八つ裂きになろうとも、キアス様の御身は必ず守り抜く。私はそう決意して、キアス様の背中を追うのでした。