地下迷宮攻略戦・3
「あー、風呂入りてぇ!キアスさんトコの風呂に入りてぇ!!」
レイラがジタバタともがきながら、毛布をはね除ける。
「落ち着け。別に戻っていけないわけでもないが、転移はかなり魔力消費が激しいんだ。行きはともかく、帰って来るときの私の魔力が心もとない」
私の忠告にも、レイラは渋面で答えた。
「身体中が血生ぐせーんだよ!あのボスボアめ、死にかけの分際で暴れやがって、お陰で頭から返り血を浴びちまった」
こういうとき、水の魔法が使えたら楽なのだろうな。だが、我々の持っているのは飲料用の水で、そうそう無駄には使えない。もちろん、シュタールの持っている鎖袋には、1ヶ月は持つであろう水と食料が入っているのだが、それでも無駄に使っていいわけではない。
仕方がないので、濡れた手拭いでレイラの体を拭いてやったわけだが、やはりそれでも臭うらしい。
「レイラ、そうやって暴れてるとすぐに交代ですよ?身体強化魔法を使って、不眠不休で動くつもりですか?」
不寝番のアルトリアが、レイラを窘めてくれた。ペアのミレは………、あれは寝てないか?
「ちぇっ、わぁーったよ!寝ます寝ます。寝りゃあーいーんだろ、このくっせぇ体でな!」
全く。悪態をつくくらいなら、真っ先駆けて最前線で戦ったりしなければいいというのに。まぁ、あそこでレイラが戦ってくれたからこそ、私もシュタールも、無駄に魔力を使わなくてすんだのだがな。
しかし、わたしはなんと非力なのだろうな………。魔法の技能はこのパーティーだけでなく、真大陸でもかなりの実力を自負してはいるが、逃げるときはおぶられ、戦闘でも魔力がなくなれば役たたず。レイラのように己の身一つで戦う事などできず、この地下迷宮において私の役割はほとんどただの運搬係だ。
全く、不甲斐ないな………。
「アニー、交代ですよ」
「ん………、あぁ、………うん」
考え込んでいる内に眠ってしまっていたようだ。体が痛いな………。贅沢は言えないのだから仕方がないが、せめて石の床ではなく地面で寝れたらとも思う。なんと欲のない願望なのかと、自分で呆れてしまうのだが。
「顔色が優れませんね………。何か悩みごとですか?」
「ん?ああ、いや、下らない事だ。やはり石の床ではあまり疲れがとれていないな、とな」
あながち嘘でもないが、私はそんな風にアルトリアの質問をかわした。アルトリアも苦笑しながら、頷いた。
「仕方がありませんよ。むしろ、こうして安全に眠れるだけでもありがたいですわ。不寝番だって魔物対策ではなく、何かトラップがあったときのための対処要員ですから」
時間差で発動するトラップには、流石のミレでも気づけなかったりするからな。こうして一度、安全な小部屋に入ってしまえば、魔物相手に神経を尖らせる必要もないというのは、確かにありがたいのかもしれない。
「しかし、アニーが本調子でないのならもう少し休みますか?」
「いや、交代しなければお前の負担になるだろう?疲れてるのは皆同じさ」
「なんだアニー、疲れてるのか?」
寝癖の付いた頭を掻きながら、シュタールが起きてきた。どうでもいいが、もう少しその緊張感のない仕草は慎めないものか。
「ふぁーぁあぁあ!だったらアタシが代わってやるよ。アニーに倒れられたら、アタシら終わりだからな」
すると、巨大なあくびをしながらレイラまで体を起こす。どうやらぺちゃくちゃ話し込みすぎていたらしい。レイラは今回、朝番だったはずだ。悪いことをしてしまった。
「いや、レイラとて疲れているのだ。私ばかり休むわけには」
「んじゃ、俺がやってやるから2人とも休め。別に森の中での野宿ってわけでもねーんだし、セオリー通り2人いなきゃなんねぇわけでもねぇ」
いや、シュタールの負担こそ、この中でかなり大きいはずだろう。前線で戦い、遠距離から魔法を使って戦い、逃走時には私かアルトリアを背負って走っているのだ。レイラだって身体強化で体に負荷が残っている。
むしろ私こそ、2人の不寝番を代わってやるべきではないか。
「いや、本当に私は大丈夫だ。むしろレイラやシュタールこそ、しっかりと休め。なんなら朝番も私が―――」
「「「それはダメ」」」
なぜか、3人に拒絶されてしまった。
「全く、アニーは」
「やれやれだぜ、ったく」
「まぁ、アニーがこう言ってんだから、レイラはもう少し寝てろや。アニー、お前も寝ろ。お前がそんなんじゃ、明日が不安だぜ」
結局、シュタールにごり押しされて、私は今晩の不寝番を免除されてしまった。アルトリアもレイラもシュタールも、何をそんなにムキになっていたのやら。
「………むにゅ………」
ミレは私の毛布にくるまって寝ていた。温かかったからか?
「………アップルパイ………、………最強………」
美味しそうな夢だ。私も相伴に預かるとしよう。
「トリッキースネークだ!この迷宮では初見だぞ!心してかかれよ!
レイラ、突出するな!囲まれるぞ!シュタールはミレの周囲を開け!トラップの存在を忘れるなよ?アルトリア、シュタールの回復を頼む!頭上の敵は私に任せろ!」
トリッキースネークか。変幻自在の動きと、硬軟自在の技が得意な魔物だ。この迷宮ではどれ程の強さを誇ることやら。
「レイラ!もう少し左へ!シュタールの技の邪魔になっているぞ!ミレ、トラップは見つかったか?」
「あいよ!」
「………このエリア………、………トラップが少ない………」
くっ、だからこんなに魔物が多いのか。
「さっき落とし穴があっただろう?私たちが渡った後に再稼働できるか!?」
「………できる………。………稼働域に石を噛ませただけだから………」
「ではアルトリア、先行して下がるぞ!シュタール、レイラ!お前らもすぐに退け!」
「「「「了解」」」」
全く、今日も今日とて、私はあまり役に立ててないな。もっと精進せねば。