地下迷宮攻略戦・2
「ヤバイヤバイヤバイ!」
「逃げろ!最悪、腕輪を使ってでも脱出しろ!」
シュタールの絶叫と、アニーの冷静な声が迷宮内にこだました。しかし、それ以上の大音量で壁や天井に反響しているのは、足音だ。小さな魔物の足音。
「「「プギィー!」」」
だけど、それは1つじゃない。無数の、何匹も何匹もの魔物が群れを成し、迫ってくる音。
「あらあら、上の次は下ですか」
「………高さ制限のトラップ………」
「ちくしょー!!テメーらなんか、1匹や2匹だったらぜってーぶっ倒してやるんだからな!!」
アタシは、群れを成して迫ってくるスモールボアの大群に向かって悪態をつく。
本来は仔犬くらいの大きさしかないスモールボアも、この地下迷宮では大型犬くらいの大きさがあり、『冒険者が殺したくない魔物』トップ10に名を連ねる愛らしさが微塵も残っていない。つーか素直に数の暴力に小便チビりそうだぜ。
「………あそこ………」
「さっき入った部屋なら、罠の心配はない!飛び込むぞ!」
アニーの言葉に、皆が一斉に頷く。
正直、アニーやシュタールならこの程度の群れは魔法1つで消し飛ばせるんだけど、それをやっちまうと次の部屋まで魔力が持たないんだとか。だから、アタシたちは直前まで休んでいた部屋に戻り、この群れをやり過ごそうとしているんだ。
「………罠無し………」
それでも一応、いち早く扉まで駆け、周囲の罠を再確認するミレ。徹底してんな。
ミレが開いた扉に、アタシとアルトリアが飛び込み、続いてシュタールとアニーが入る。
「行き掛けの駄賃だ!くらえ!」
「この場合は、鼬の最後っ屁と言った方が正しい気もするがな!」
振り返ったシュタールとアニーは、詠唱の早い魔法をスモールボアに撃ち込む。それだけで群の半分近くはただの屍へと変わった。ミレが急いで扉を閉めると、アタシたちはようやく一息吐く。
「はぁ………、はぁ………」
その息は荒いけどな。
「ごめんなさいねレイラ。私の足が遅いばかりに………」
ケッ。何言ってんだよ、下らねぇ。アタシがアニーやアルトリアを抱えて走るのなんて、いつもの事じゃねぇか。力持ちのレイラちゃんに任せなっての。
「はぁ、余計な気ぃ、使ってんじゃ、ねぇよボケ、はぁ、はぁ」
身体強化を使えば、アルトリアだってアタシ並みに動く事はできるのだが、あれはあくまで自分の体を強化する魔法だ。体への負荷が結構残る。短期的な戦闘であればかなり有効な魔法だが、こういった長期的な探索ではあまり使えない魔法だったりもする。
「「はぁ、はぁ」」
ただ、いくらアタシでも人1人抱えて全力疾走するのはかなり疲れる。それはシュタールも同じようで、2人してかなり息が上がっていた。
「しかし、今回の事でハッキリしたが、魔物の群生地には罠の傾向が関係しているな」
「………高さ制限のトラップ………」
あぁ、そういや前のチョンチョンの時は落とし穴が多かったんだっけ。
「高さ制限と言ったが、具体的にはどんな罠だったのだ?」
「………細い金属の糸………。………走りながら触れば………」
それは………。確かにヤベェな………。
「………他にも………、………少し先の壁の横にスリットがあった………。………あそこからは多分、刃が出てくる………」
「どうやら、進路を変えた方がいいみたいですねぇ………」
「そうだな。スモールボアの大群を相手に、そういったトラップの回避は厳しいだろう。魔法を撃ち続けるなら話は別だろうが」
アタシとしては、片手でも持ち上げられそうだったスモールボアが、アタシよりデカくなってる事の方が恐怖だぜ。
あんな可愛いナリだったのに………。
ところで、スモールボアという魔物は、外見が野生の猪にそっくりだから付いた名前だと思うけど、とても素早く動き、毛皮がとても硬い。それを活かしての、ものすげー速さで突っ込んでくる体当たりは、下手な鎧や盾では逆に破壊されてしまう。
逆にビックボアという魔物もいるんだが、そっちはそっちで鈍重な動きでもそのパワーが桁違いだったりする。大きさは普通の猪より2回り程デカく、だいたい体高2m、全長8mくらいの大きさだ。
さて、じゃあスモールボアの話に戻ろうか―――
「マジかよ………」
「夢だと思うのなら寝てみろ。置いていくから」
「………大きい………」
「これは………、スモールボアと呼んでもいいのでしょうか?」
アタシらの前に現れたのは、1匹のスモールボアだった。
いや、アルトリアの言う通り、これはもうスモールボアなんて呼べねぇ。体高5m、全長10mはありそうな、言わばボスボアだ。
「ブルッフフフフ!!」
大きく鼻を鳴らし、こちらを威嚇してくるスモールボアの長。石の床を何度か蹴り、こっちの準備も整ってねぇってのに突っ込んできやがった!!
「つーかこの巨体でなんつー速さだよっ!?」
アタシは再びアルトリアを抱えて、その突進を避ける。
「………トラップは、魔法攻撃系………」
「くそっ、そんなものではあのスモールボアの体にたいしてダメージを与えられんだろうっ!?」
「だから生き残ってんだろうがっ!!」
魔法攻撃の罠って、発見も回避もしやすいし、威力だってそこまで高いもんじゃねぇ。まぁ、防御力の高いスモールボアだからこそ、こうして生き残ってるんだろうけどな。ここら一帯でこいつに敵う魔物は、たぶんいねーなこりゃあ。
「アルトリア、頼む!」
「はい。私も、ただお荷物役をしているだけなんて飽きていたところですわ!」
身体強化魔法は、短期的に身体能力を上げる魔法。確かにこの後ちょっとキツいだろーが、ここでコイツを倒すのは必須だ。群れてもいねぇ魔物1匹に、そうそう逃げてらんねぇんだよ!!
アタシは、両手に圏を携えて走る。狙うは、こちらに振り向こうとしているボスボアの脳天。
「天国への道案内をしてやるぜ!!」