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 欲望の迷宮

 最悪だ、最悪だ、最悪だッ!!


 頼むっ、もう誰も入ってくるなっ!嫌だ。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。


 俺の目の前には一枚の壁がある。さっきまで床だった壁だ。もう嫌だ!!もうたくさんだ!!


 何が主命だ!!そんなもんクソ食らえだ!!仲間はもう全員死んじまった!!こんな事なら田舎で畑でも耕して暮らしてれば良かったっ!!


 頼むっ!!頼むよっ!!この床が平らになったら―――




 ○●○




 「うわぁぁぁあああ!?」


 なんだ?扉を開くと、突然の絶叫が響いた。仲間は皆油断なく武器を構え、私の指示を待っている。流石ワーレン辺境伯の家中でも精鋭中の精鋭だ。

 そんな事を考えていたら、天井にポッカリと空いた穴から人が降ってきた。轟音をがなりたて、床に激突したのは同じくワーレン辺境伯軍の兵士だった。

 兵士はすでに事切れ、情報は聞き出せそうにない。しかし、やはりどうやら1000人近くもダンジョンに投入してきた兵は生きている事がわかった。


 見た通りの一本道ではないことくらいは想像していたが、だとすれば随分広大なダンジョンだな。


 私たちの目の前には真っ直ぐに通路が延びていて、その最奥には黄金に輝く盾が鎮座している。500mは先にあるので、確かな事は言えないがあれが全部金で出来ていても莫大な価値がある。しかし―――


 オリハルコンの盾。


 それは、世界中全ての武芸者の憧れだろう。あれを手にできたなら、私はもしかすれば国を裏切ってそれを占有するかもしれない。そんな甘い誘惑にかられる。だが、そんな事をすれば私の名誉も失墜し、再起は難しいだろう。


 何より、オリハルコンの武具は力の証。王家にこそふさわしい。ワーレン伯も王家にあれを献上すれば、侯爵や軍務卿の地位も夢ではないだろう。そうなれば私は、王都の騎士団長だ。

 アムハムラ王がオリハルコンの剣を手に入れてからというもの、アムハムラ王国は急成長を続けている。ならば我が国も―――


 「行くぞ」


 一歩踏み出す。


 私が行ったのはそれだけだ。それだけだったのだが、目の前の景色は一変した。


 通路はその角度を一気に変え、目の前にあったものが真下になった。


 成る程。流石にこれは降りられないな。500m真っ直ぐ進むだけの道が、500m真下に降りなければならないのだ。自由落下に任せていれば、下に着いたときは神の御元にも到着だ。しかし―――


 「おい、さっきの死体を持ってこい」


 確かに我々では降りられないが、風の魔法が得意な者ならば軟着陸も可能ではないか?


 だとすれば後続にそれを知らせる手だてもある。鎧兜は脱がせ、刀剣も外し平服姿の死体。それを―――


 「やれ」


 今できた穴へと落とす。これで何もなければ―――

 「うわぁ………」


 くそっ!通路がまた元に戻り、兵士の死体は床に打ち付けられて天井まで跳ばされ、さらに床に落ちるという惨い事になった。身体中が変な方向に捻れ、あらぬ方向を向いている。


 この方法は使えないな。一応、後続のためにその旨を書いた紙を目立つところに置いておこう。兵士の武具と一緒に置いておけば気づいてくれるだろう。


 我々は、とりあえず先へ進もう。しかし、一歩前へ進めばまた通路は下を向く。くそっ、どうしても天井の穴を進ませたいようだ。

 天井の穴だったものが、目の前で口を開いていた。2mもない幅を飛び越えれば向こう側だ。こんなものが飛び越えられなくて、何が兵士か。


 「いいか?何があるかわからん。跳んだら慎重に辺りを見てから進むんだぞ?」


 私の言葉に頷く兵士達。

 よしっ!!


 一息に飛び越え、着地と同時に周囲を観察する。変化は、ない。


 「いいぞ、来い」


 ガチャガチャと鎧を鳴らして飛び越える兵士達。当然ながら、誰一人として落ちたりはしなかった。


 「隊長、7mほど先に穴があります」


 兵の声に見てみれば、確かに穴があった。その先に道はない。つまりあそこを降りろという事か。500mも深くなければいいがな。




 もちろんそんな深さは無かった。1m半程の穴の底は、別の通路に繋がっていた。横幅はあるので窮屈ではないのだが、通路の天井が低いな。と思えば、その通路はさらに1m半程の穴になっていて、階段のような構造だった。


 しかし、その先は500mとはいかなくても200mほどの深さの穴だ。どうすればいいのだ。仕方なく、降りてみた。


 すると、再び角度が変わり穴は通路になる。

 成る程、扉に書いてあったのはこの事か。


 「平気か?」


 「はっ。全員穴に降りていたので、先程の通路を落ちた者はいません」


 しかし、今まで床だった場所が壁になり、壁だった場所が床になるとは、変な感覚だ。私たちは今、皆一様に床に背をつけて仰向けになっている。とっとと起きて先へ進もう。きっと先は長いのだから。






 最悪だ、最悪だ、最悪だッ!!


 頼むっ、もう誰も入ってくるなっ!!嫌だ。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。


 私の目の前には一枚の壁がある。さっきまで床だった壁。そして、穴だった縁を掴む指。


 何が名誉だ!?侯爵だ!?軍務卿だ!?騎士団長だ!?そんなもんクソ食らえだ!!部下も全員死んだ!!


 今ならわかる。このダンジョンは絶対に踏破できない!!少なくとも、ワーレン辺境伯のクソデブがここを諦めない限り!!

 今ならわかる。今ならわかるぞ。最初にあの穴から落ちてきた兵は、あそこまで戻っていったのだ。何故なら私も今、来た道を逆走していたのだから。


 頼むから、誰も入ってこないでくれっ!!間違っても、穴に死体など落とさないでくれ!!あんな急に角度が何度も変わったら―――


 頼むっ!!この床が平らになったら―――




 ○●○




 俺は小隊を率いて例のダンジョンへと向かう。


 大きな扉だ。おまけに頑丈だ。この扉を壊そうとして、逆に破城槌が3つ壊れている。


 その扉にはこうあった。




 『欲望の迷宮』


 『天と地の理を破る者、至高の武具を得るだろう。


 だが、それはあなただけの特権ではない。強欲の数だけ、天地を転がれ。


 穴は道へ、道は穴へ、奈落の深さをあなたは知るだろう』




 意味はわからないが、恐らくこのダンジョンを踏破するためのヒントだろう。俺はゆっくりと扉を開く。




 絶叫がこだました。




 ○●○




 『正直、この迷宮は異常ですよ?』


 「そうか?なんのトラップもないただの通路に、魔物もいないんだぞ?」


 『迷宮全体を『落とし穴』にしてしまう、という発想が既に異常です。


 わかっていますか?この迷宮の危険度はたったの3ですよ?それなのに死者はどんどん増え、ダンジョンの半ばを越えた者もいません』


 「前から思ってたんだよね、落とし穴の蓋を塞いだり、傾斜を元に戻したりするのを何かに利用できないかなって」


 『それで、あの迷宮を作ったのですか………。


 あの迷宮、確かに床を踏むと迷宮の向きが変わるパターンさえ読めれば、踏破は簡単でしょう。しかしそれは、探索者が1人ないしは1パーティーだった場合のみです。


 何故なら角度が変わるのは迷宮全体であり、迷宮全体が『落とし穴』という1つのトラップだからです。


 予期せぬタイミングで角度が変わればそのまま落ちるのみ。他の者が角度を変えれば、別の者は不意の落下を強いられ、もし短い間隔で床の角度を変えたりされれば、目も当てれません』


 「言ってるそばからまたやってるよ。あははは、何度書き置きしたって無駄だって。紙は有機物だから分解されちゃうんだっての。まず死体が全然残ってないんだから気付けっての」


 『ただ、弱点もあります。

 要は他人が居なければいいのなら、侵入する者を1人に絞ってしまえばいいのです。


 しかし―――』


 「それをされないための『餌』だ。


 もし誰かが、過疎化したダンジョンからオリハルコンの武具を持って還ってきたとする。『ならば自分も』と考えるのが、人間の欲だ。そうして欲望の数だけ命を吸い込み、欲望の数だけ死者が生まれる」


 『その人間の強欲すらも利用したこのダンジョン。もう一度言いましょう。


 流石です』


 相変わらず、ダンジョンに関してだけは素直に賛辞を送るんだよな、こいつは。




 「しっかし、人間の強欲ってのは確かに7つの大罪に数えられるだけはあるよなぁ」





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