ワガママは魔王の専売特許でしょっ!?
トリシャは、僕の用意していた護衛要員だったのだが、まさかその護衛要員が僕に身の危険を感じさせる要因になるとは思わなかったよ。
「すみませんキアス様、見つかってしまいました………」
うん、いや、そりゃあ見つかるだろ。鼻血落ちてきたし。
「まぁ、しょうがないよね。うん。
じゃあトリシャも交えてお話ししようか」
というか、今から天井裏に潜られても困る。意識しちゃってお互いに話しづらいよ………。
「………といっても、元々益体の無い雑談しかしておらんかったがな」
そうだった………。そもそも、今回僕がアムハムラ王を訪ねたのは、ベヒモスの件と剣王祭について話したかったからで、実際はイヤリングで済む話だったんだよね。
しかし、僕が剣王祭に参加できないというのは看過できない話だ。この点に関しては、足を運んで正解だったと言える。こんなんイヤリングで話してられっか!
「アムハムラ王、僕は剣王祭に出たい。勿論陛下の懸念も、その事で起こりうる問題も理解した上でなお、僕は祭りに参加したい」
だってお祭りだぞ?
町全体が活気づき、全員が喜びを分かち合う光景。そんなものを、僕はまだこの世界で見たことがない。
だったら見たいじゃないか。それが見れたら、僕がこれまでやってきた事に、少しは自信が持てそうじゃないか。これからも、僕は僕の独善に邁進できそうじゃないか。
この剣王祭は、僕が今までやってきた事の1つの成果なんだよ。だから、無理を押してでも出たいのだ。
「だったらもう何も言わん。好きにしろ」
決して突き放すような言い方ではなかった。呆れ果てるようなものでもない。
アムハムラ王は、やれやれとも言いたげな苦笑を浮かべていた。
「………いいんですか?」
思いの外あっさりとお許しをもらい、なんだか拍子抜けするような気さえして、僕はつい聞き返してしまった。
「貴殿が言うのだ。私にそれを制止する権利はないし、できるとも思わん。
問題意識を持って事に当たるのであれば、貴殿はきっと障害を蹴倒して無理をしたりはしないのだろう?問題にならぬよう心を割いて、細心の注意と最新の技術を用いて、思いもよらぬ突破口を突破するんだろう?
その程度の信頼関係は築けていると思ったが、違ったか?」
苦笑から、ニヤリと意地悪く笑うアムハムラ王。
はいはい。僕の敗けですよ。
あ、でも最新の技術は言い過ぎかな。僕が今回使うのは古式ゆかしい術式の使い回し。
古代魔法、幻術の出番である。
ガナッシュで変装しっぱなしだったから、そういう意味でも使い回しか。
さて、人間の印象というのは実はいくつかのパーツで決まる。
トリシャの泣きぼくろや、アムハムラ王の顎とこめかみの傷、コーロンさんの獣耳など、あからさまな特徴はこの場合除外して考えてほしい。さて、では人間の印象はどこで決まるかと言えば、大まかに分けて目、髪、肌、体格である。無論、顔の造形の差違は個々人あるだろうが、極めつけの美形でもなければそれは印象という程のものでもないだろう。
髪型や髪の色は、個人の識別にはあまり不向きだが、印象という観点では相手への印象を強烈に残す。だがこれは、本来髪の色が統一されている日本人特有のものであり、髪色のバリエーションが地球以上に豊富なこの世界では弱いだろう。同じく、肌の色も獣人などに比べれば薄い印象だ。体格に関しては、これは単に『大きい』『小さい』『太っている』『痩せている』程度の印象だ。僕の場合は『小さい』と『痩せている』が当てはまり、それを言葉に置き換えると『貧弱』となる。
だが、幻術で体格を大きくしたりすると、僕が相手の顔を見る角度と、幻術で作った虚像の角度が合わず、同じくらいの身長の相手を見上げてしまうという齟齬が出てきたりする。そのため、体格を変えるのは悪手である。
そして、目である。この目というパーツは、思っている以上に印象に残るのだ。
女性は目の周りの化粧を念入りに行い、顔を隠す際は自然と目を真っ先に隠してしまう。
目というのは、それだけ印象深いパーツなのだ。
「どうだ?」
僕はアムハムラ王とトリシャの前で、くるりと回ってポーズを決める。
「なんというか………」
「とても愛らしいですっ!!」
いや、今僕が聞きたいのはそういう意見じゃないんだよ。
アムハムラ王の絶句と、トリシャの絶賛に僕はため息を吐く。
白銀の長髪とスカイブルーの瞳。
顔や体型をいじるわけにはいかず、結局は色を変えただけでガナッシュでやっていた変装とあまり変わらない姿なのだが、それでも大分印象が違うだろう。
「アムハムラ王はどう思います?」
「ふむ………。見事な変装だな。しかし、やはり顔が貴殿のもののままだな」
「顔の造形って、目を抜かせば他の人間と大差なんて出ませんよ。むしろ、目や髪の色が違うのに、僕とこの姿を結びつける理由がないでしょう?」
「確かにな………」
染髪料がないこの世界でなら、髪の色での印象操作は可能である。しかし、それだけでは弱い印象操作も、目の冴えるようなスカイブルーの瞳でその不安も払拭できるはずだ。因みに、当日は学ランをやめて女物の服も着る。祭りに参加するためなら、再び女装することも辞さない。
「後で少し髪型の方も変えます。これではガナッシュ国民にバレる可能性もありますからね」
ただ、髪を幻術で作るのって大変なんだよな。体を動かしたときの自然な動きとか、風に反応して靡くのとか、色々面倒くさい。ショートカットにするかな。
でも女性で短い髪ってこの世界じゃ結構目立つ。僕の周りでは結構ショートの女の子も多いけど、パイモンみたいなベリーショートは言わずもがなで、ミレやトリシャの髪型も町では普通に目立つ。でも、できれば商人マルバスの姿には近付けたくないんだよな。
正直、手間とその結果を考えればショートにしたいな。
「ま、後で考えよう。それよりトリシャ、デートしようぜ?」
「ブッ!!」
アムハムラ王が吹き出し、むせていた。冗談だって。そんな睨め殺すような視線を向けないでください。
「女性用の服を買いに行くだけですって。当日用に防寒着が必要でしょう?」
ガナッシュで買った服があるのだが、あれは薄着だったからな、この国では着れないだろう。
「ん?トリシャ?」
返事がないのでそちらを見てみれば、幸せそうな顔で気絶していた。鼻血鼻血。
とても国民や兵士には見せられない姿だな………。