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 労働基準法?何それっ!?

 「断るっ!!」


 開口一番だった。フォルネゥス・ナットバーグは僕の用件を聞き終わるや否や、開口一番にそう言ったのであった。


 「まおう、町の住人は君に助けられた。小生もまた、その恩恵を受けた1人である。それについては感謝しよう。惜しみ無い感謝の意を君に送ろう。


 しかし、それとこれとは話が別だ。小生は人間である。そして、君はまおうである。この隔たりは、例え小生が君の軍門に下っても消える事ではない。いずれ対立する事になるだろう。

 ならば小生は、終生君に感謝していたい。君を恩人と思っていたいのだ。


 ………というのは建前で、小生は君が嫌いだ」


 あははは。やっぱいいなぁ、この子。天才少女は天才でも、少女であることは間違いないようだ。せっかく包んだオブラートを、自分から破っちゃうんだから。


 「なぁ、フォルネゥス。僕は君に運命を感じているんだ」


 「なッ!?」


 「フォルネゥス………。良い名だ。言語と修辞学、友愛を授けるその名。実に素晴らしい。ご両親がつけてくれたのかな?」


 「い、いや、お祖父様がつけてくれた。偉大なる功績を残した言語学者の名だ」


 「成る程。感謝するべきだな」


 「当然だ!!」


 やっぱりこの子、相当なおじいちゃん子なんだな。


 「しかし、君はそんなお祖父様に贈られた名に、相応しいだけの事をしてきたのかな?

 この街にとどまり、これからそれを成せるのかな?」


 「ふむ………。いずれは小生も職に就くだろう。それが皆の生活の助けになる職であれば、小生は微力を尽くしてこの名に恥じぬ行いをするつもりである。

 所詮、小生程度の器にこの名は大きすぎるという苦言ならば、確かにそうだと頷かざるをえんが」


 「いやいや、僕が言っているのはそんな小さな次元の話ではないんだよ。


 結論から言ってしまうと、『君はどの国に仕え、どの王を主に仰ぐのか』という事なんだ」


 おや?あからさまにフォルネゥスの表情が、困惑に染まっていく。何でも知っていそうなこの少女に、こんな顔をさせるというのはちょっとした愉悦だな。


 「き、君は何を言っているのだ?なぜそんな結論になる?」


 「君の才能が、こんなちっぽけな街に収まるわけがないだろう?いずれ君は世界を見なくてはならない。望むと望まざるとに関わらず、世界がそれを望み、世界がそれを君に強いるだろう。君が僕の元で働く事を『どうしても嫌だ』と言うのならば、僕はそれを諦めよう。だが、僕の影響下にあるガナッシュ公国にそれをさせる。それでもダメならアムハムラ王国だ。敵対する国に取られるくらいなら、魔大陸に害意のない国に仕えてもらう。他にもネージュ、トルトカ、ガオシャン、ズヴェーリ、手練手管を駆使して君を敵に回さない努力をしよう。間違っても天帝国や聖教国に君を取られるわけにはいかない。


 君はそれだけ重要な人物なんだよ」


 ブンブンと首を振るフォルネゥス。そんな仕種はどうして、まるで年齢相応のただの子供のようだった。


 「君は小生を過大評価しすぎているようだな。評価が高いのはありがたいことだが、小生にとってそれは重荷でしかない。小生はそんな大人物ではないぞ?」


 「君のお祖父様は『そんな大人物になれ』と、その名を君に贈ったのではないのか?」


 「ぐっ………」


 「勘違いしないでくれフォルネゥス。僕は君に何かをするつもりはないし、無理に何かをさせるつもりもない。

 フォルネゥス、さっきも言ったが君はいずれ世界に出ていくだろう。しかしその時、暗愚な王に仕えれば君の身が危ないのだ。暗愚は暗愚であるがゆえに、国よりも自らを優先する。

 そんな輩とは君は必ず対立する。

 そんな欺瞞を許容できる程、君は愚か者にはなれない。才ある者が愚者の愚行によって命を散らすのは、どこの世界でもよくあることだ。君がそんな事になるのは、見ていられないよ。


 だから頼む。フォルネゥス、どうか僕の元で働いてくれないか?」


 「………仮に」


 フォルネゥスは暫しの沈黙の後、そう前置きをして話す。


 「仮に、百歩譲って小生がそのような人物であったと仮定しよう。しかし、君が暗愚でない保証はあるのか?」


 「フフフ。いいね、それでこそ僕の惚れ込んだフォルネゥスだ」


 「き、君はいちいち―――」


 「保証はできない!!証明もできない。自分が悪魔ではない証明が誰にもできないように、僕が愚者である事を僕には証明できない。

 まぁ、証明するまでもなく僕が魔王であることも、魔族であることも自明の理なのだけれどね。


 だからまぁ、そこら辺は君の目で確かめるしかないんだ。このタイミングで悪魔の証明を持ち出した君の機転は素直に称賛するが、そんなに簡単に君を諦めるつもりは、僕にはないよ」


 僕が言い終え、フォルネゥスが黙ると、そこには重い沈黙だけが残った。


 「キアス殿」


 そこに、周りには聞こえないように抑えた声でアニーさんが耳打ちしてきた。うぅっ!?こそばゆい………。


 「パイモン達を同行させなかったのはこのためだな?あんな美辞麗句で彼女を誉めそやせば、嫉妬を買ってしまうからだろう?」


 「まぁ、これから仲間になるのに、ギスギスしたら困るからね」


 「ならばこちらも少しは考慮してくれっ!レイラとアルトリアの目が剣呑な色を帯び始めたぞ!?」


 「勇者パーティーはアニーさんの管轄です」


 「お役所仕事かっ!?」


 へぇー、この世界の役所もそんな感じなんだ。まぁ、世界は変わっても人間ってあんまり変わらないからな。


 僕とアニーさんの密談がそこまで進んだとき、フォルネゥスが顔を持ち上げてまっすぐこちらを見つめてきた。

 真剣な表情だ。とても9歳の子供ができる表情ではない。


 「………やはりお断りしよう。だがまおう、君の意見は真摯に受け止めさせてもらう。ありがとう。将来参考にすることがあるかも知れ―――」




 「魔大陸に僕が造った学術の都がある。ありとあらゆる分野の本を集めた都だ。君をそこに招待しよう」



 「―――是非お受けしよう!!」


 あーあ、この手だけはあまり使いたくなかったんだけどな。


 「ど、どんな種類の本だ?著者は?」

 「数学、歴史、経済、魔術等々。僕の財を注ぎ込んで揃えた。残念ながら、冊数が多すぎて著者名までは把握していないが」


 「つまり君が把握できない程の本があるということかっ!?是非読んでみたい!!」


 「街があるのは魔大陸だけど?」


 「構わん!!」


 「周囲の魔族には僕から、君に手を出さないように言っておこう」


 「恩に着る!!」


 「君にその学術都市の管理も任せたいな」


 「承った!!」


 「結構ハードスケジュールだけど、空いた時間は好きに本を読んでいいから」


 「天国のようだなっ!!」


 あぁ………、ホント、この手だけは使いたくなかったよ。まるで、いたいけな子供を騙しているような気になってくる。


 学術都市アカディメイアの管理をするという事は、完全に僕の代官である。魔族であろうとおいそれと手が出せない事は事実だが、つまり僕の配下として扱われる事に他ならない。


 ああ………、本当に気が重い。




 「キアス殿………、あなたが悪魔である証明は今成された」




 反論はできなかった。





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