魔法都市ベヒモス
「天才少女?」
「そうだ。齢9つにして確かな存在感だったぜ。
大人顔負けなんて言葉じゃ全然足らねぇ。あれだけの知識、それを蓄え処理する頭脳、人間と魔族を合わせても一握りの逸材だ。それだけじゃないぞ?あの歳にして確かな発言力を持っている。カリスマ性も申し分無い。気付いたか?あの町の住人は、彼女の発言を重視して意思決定をしている。
元領主の娘と言えど、あの状況は異常だよ。いや、嫡男が働いた不始末を思えば、事件後もあの地にとどまれた事からして、普通はあり得ない。よほど人望があったのだとしても、あの事件はそれらを一気に灰塵に帰すような事件だったのだから、同じ境遇のあの娘が今の状態を築いたことはホント、奇跡と言って良い所業だ。
冗談抜きで、放っておけばいずれどこかの国に取られてしまう。どうしても欲しい。
残念ながら、価値観は普通の人間と同じで、僕に協力してくれなさそうだ、ってのがネックだけどな」
「………珍しいな、お前が誰かにそこまで執着するなんて」
「そうでもないさ。僕は僕の仲間には執着する。でもま、確かに仲間ではない奴に対しては初めてかも、な」
シュタールは小さくため息を吐き、僕は笑った。
「ハハッ!」
「ハーッハッハッハ!!
絶景かな、絶景かな!!」
アムハムラ王国では既に雪の季節だが、この街に雪は降らない。肌を刺すような寒気もなければ、潮の匂いすらしない。アムハムラ王国にありながら、全然アムハムラ王国らしくない街。いや、『らしくない』と言うならば、どこらしくもない街だろう。
「うわぁ………」
「うわぁっ!」
アニーさんとレイラの表情が対照的だ。嫌そうな顔のアニーさんと、喜色満面のレイラ。
「ハハハ、どうだレイラ?」
「最っ高だぜ、キアスさんっ!」
そうだろう、そうだろう。お前やシュタールの好きそうな光景だからな。
都市『ベヒモス』のコンセプトは魔法都市。実にファンタジーなパノラマが、僕らの前には広がっていた。
元々居住に適さない内陸の岩場だった場所は、今やオーバーテクノロジーが詰まった僕のオモチャ箱だ。
地表にはビル群。その中心には、どこの文化様式とも合致しないであろう公爵城が天に向かって屹立している。どの建物も白亜で統一されていて、白々しいまでに清潔感のある街、それが『ベヒモス』である。
だが、これだけでは魔法都市だなんてとても呼べない。街を囲むように空に浮かぶ、緑の光景がなければ、だけれど。
中空に存在するのは森や草原、そして町。純白の土台に、そのまま大地を乗っけたこの浮き島は、しかし完全に大地から切り離されているわけではない。透明なパイプ状の管が各浮き島から街へと伸び、その中をエレベーターのような昇降装置が上下する。
未来的な、そしてアムハムラにはかなり少ない緑が、そしてロマン溢れるこの景色がっ、
最っっっ高だろうっ!!?
実に壮観!!まさに絶景!!最高にスペクタクルだぜっ!!
森林や草原は、実はロンダナスの町の近くの物を拝借してきた。まぁ、問題があるか無いかと言えば、大問題があるだろうが、バレないだろ。普通、大地そのものを盗んでくるなんて考えないだろうからね。まぁ、そのせいであの辺りは今、バハムートがやった以上に穴ぼこだらけで、月よりもクレーターだらけの有り様だけど。
「住人のほとんどは、浮かんでるあの町にしかいないんだ。城もまだもぬけの殻だしね」
「下のあのデカイ建物は何なんだよ?」
良い質問だシュタール君。
「あれは行政関係、商業組合、冒険者組合、その他商業施設、まぁデパートだな。つまり、意図的に造ったドーナツ化現象だよ。といっても居住施設もないわけじゃない。まぁ、発展させるために居住スペースより商業スペースを優先したわけだ」
因みに、この場所は僕のダンジョンにも近い。輸送費も少なくて済むので、一大マジックアイテム市場にするつもりだ。
この街は本来、ガナッシュ公国で放り出されるはずだ奴隷達を収容するためのものだった。最悪の場合は、あの国の奴隷を全部こっちに移動させるつもりだったので、街1つ分くらいは余裕で許容できる。ああ、実際ガナッシュで集めた奴隷も、解放してこの街で暮らしている。そっちは下の街で暮らしているが、上の森林地帯を農地に開墾したり、それぞれ職には就いてもらっている。甘やかしたりはしない。
そうそう、この街には常設型の転移陣もある。行き先はゴーロト・ラビリーント。コーロンさん達の暮らす街だ。あそこは結構人材が遊んでいるのだ。とはいえ、周囲の開墾に人手が必要だし、何だかんだと人員をリクルートしているので無闇矢鱈に引き抜けないのだが、就職先としてこの街という選択肢を与えるくらいは良いだろう。
空すら必要としない移動手段は、ベヒモスとゴーロト・ラビリーント、ひいてはアムハムラ王国とズヴェーリ帝国を強く結び付ける事だろう。
「じゃあ、期待しないで三顧の礼と行きますかっ!!」
僕は浮き島の1つ、元ロンダナスの町へと向けて進む。
「これはこれは、魔王様!ようこそお出でくださいました!」
げ………、いきなり町長に見つかったっ!
この町長、魔族に偏見を持たないのは嬉しいんだけど、結構話が長いんだよな。
「いや、あれからこっちも忙しくてね。中々様子見に来れなかったよ。元気してる?」
「はいはい。それはもう。町の皆も、このような素晴らしい町に住めることを喜んでおります。居住環境も、魔王様のお陰で劇的に良くなりましたし、私もこんな大都市の管理を任されて、鼻が高いです」
まぁ、トリシャが赴任するまでだけどね。それでも、それからもこの町長は重役に就くのは決定しているわけだから、あながち見当外れの誇りでもないんだけど。でもまぁ、その肩書きが重責だという事はすぐにわかるよ。僕も街を造るまではこんなに忙しくなるとは思わなかったし。
「特にあの水洗トイレには、町の皆に好評です」
またトイレの話か。皆そんなにあの臭いトイレが嫌だったのか。この世界じゃ、生きるために必要ない事ってあまり重視されないからな。ただ、あんなトイレ環境、本当はかなり衛生の観点からしたら深刻な問題なんだけどね。
「ちょっと町を回ってみてもいいかい?」
「え?そ、その、それはおやめになった方が………」
ん?何か問題があるのだろうか?
僕としてはそのままあの子の所に行くつもりだったのだけど、問題があるなら改善には協力するぞ?
一応、この街を造った責任はあるわけだし。
だが、町長が僕を引き留めようとしたのはそんな理由ではなかったようだ。
「キ、キアス!!いるか!?」
「あ、ああっ………!!」
「キアスさんっ!!ミレがいなくなった!!」
「あいつなら大丈夫だ。人混みが嫌で逃げ出したのだろう!それより早くキアス殿に合流するぞ!このままでは我々がはぐれてしまう!」
「あらあら、うふふふ」
僕は今、押し寄せる町の住民にもみくちゃにされていた。
感謝の言葉の雨霰を、ここまで恐怖したのは初めてだ。