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 フォルネゥス

 小生が言うのもなんだが、ナットバーグ家はほぼ没落貴族であった。一番古い記憶でも、家は狭く、服は襤褸だった記憶しかない。当然贅沢というもの、世間一般の貴族でいう飽食だとか美食なんていう物にはとんと縁がなく、日々を小さな畑を耕して猫の額ほどの領地を守っているだけの、ほぼ農民のような生活を送っていた。


 転機、と言って良いのか判断に困るが、その生活が変わったのはとある事件からだった。


 なんの事はない。よくある話。この世界にありふれた、陳腐な悲劇である。


 両親が死んだのだ。


 身内の恥を晒すようで全くもって情けない限りなのだが、小生にはどうやら愚兄がいたようで、これはその愚兄がしでかした事件であった。


 『ようで』と言ったのは、小生にはその愚兄の記憶が全くないのだ。仕方がないだろう?小生は当時、まだ4つになるかならないかの子供でしかなかったのだ。しかし、その愚かしさは聞き及んでいる。それが故に、愚兄は愚兄である。


 愚兄は、家督を持つ父を殺し、その猫の額ほどの領地を我が物としようとしたのだ。貧乏暇なしとはいうが、だからといってあれは両親の教育が行き届かなかった事が原因であろう。あまりに稚拙で、あまりに世間知らずな愚兄の暴挙は、やはり根本としてあった教育不足が原因だっただろう。愚兄の暴挙を止めようとした母や、たった1人しかいなかった使用人まで切り殺し、愚兄は父の後継者を名乗り、




 翌月に処刑された。




 当然であった。


 そんな方法で家督を得られるなら、貴族の世界は次の日から流血で海ができる。愚兄を捕まえ、それを断罪したのは隠居していたお祖父様だった。


 ナットバーグ家はお取り潰し。領地は近くを治めていた貴族の物となり、小生は貴族ではなくなった。


 残ったのは多少の金銭と家、そしてお祖父様だけであった。




 我が尊敬するお祖父様について、ほんの少しだけ話そう。


 お祖父様は学者肌で、貴族でありながらいくつかの本を出していた。そのお金で、なんとか家を切り盛りしていたわけだ。我が家の財政はお祖父様1人で賄っていたと言ってもいい。

 そしてお祖父様はなんと、幾冊かの本まで持っていたのである。まるで本物の貴族のようだと笑うなかれ、実際本物の貴族だったのだ。名ばかりと言われれば反論しようもないが。


 小生は、幼い頃よりお祖父様の所蔵するその本を読んで育った、と言っても過言ではない。無論、初めはお祖父様の真似をしてただページを捲っていただけではあるけれど。


 お祖父様はそれから一町人となり、終生をこの町で過ごした。生まれ育ったこの町で亡くなられた。読み書き算術の出来たお祖父様は、その技術だけで小生を立派な大人にまで育てて亡くなったのである。


 正直な話、小生はこの時期に自らの置かれた立場というものを全く理解していなかった。恥ずかしい事に、無闇矢鱈とお祖父様に反発していた時期もあった。

 そんな小生を育ててくれたお祖父様に、なんの孝行もできなかったのは、最早取り返しのつかない一生の不覚である。小生が自らを愚者と定義するのは、あるいはこんな陳腐な理由からなのかもしれない。







 「へぇ、孤児ねぇ。騎士団の詰め所で帳簿をつけて駄賃を稼いでたんだって?偉いじゃないか」


 「子供扱いはやめてもらおうか。小生は立派な大人である。孤児という言い方も撤回を要求する!!」


 「なんか喋り方が変だけど?」


 「変ではない!!」


 「へぇ、お祖父さんに育てられてその口調が………。

 ロリババアならぬロリジジイってことか。ニッチをついたキャラだなぁ。需要あんの?」


 「ろ、ロリ?キャラ?需要?どうでも良いが、ジジイとはお祖父様の事かっ!?お祖父様に対する侮辱は、いついかなる理由でも、老若男女貴賤を問わず小生は許さんぞ!!」


 「で、さっきの話だけど」


 「いい加減こっちを向いたらどうだ、まおう!!小生は君と話をしているのだ!!」


 ええいっ、止めるな町長!!小生はこの無礼な魔王に、礼儀とは何であるかを教えねばならぬ。それが大人の義務である。

 町長も気付いているのであろう!?こやつさっきから町長しか見ておらん!!小生には一瞥もくれないのだ!!


 「はぁ………。で、お嬢ちゃん。読み書きと算術ができるって話だったけど、それってどれくらいできるの?」


 疲れたようなため息を吐いてから、魔王はこちらに向き直った。ようやく小生を見たか。しかし、下らぬ質問だ。


 「フン。貴様のような愚か者にはわからぬだろうがな、教養とは誰かと比したり数値で測れぬものなのだ。

 小生はそれなりの学を積んではいるが、まだまだ未熟者の域を出ない半端者である」


 「ふーん。

 1680枚の銀貨は、金貨何枚分?」


 「何だ?小生を試すつもりか?16.8枚だろう?何だその簡単な問題は?」


 「ふむ、少数を知っているわけか」


 あ、成る程、その為のあの枚数か。少数を知らない輩は、貴族でも結構いるらしいからな。それどころか、読み書きすら出来ん奴までいるそうだな。まぁ、お祖父様に聞いた話だが。


 「11×11=?」


 「121」


 「0.5×78=?」


 「39」


 「金貨18枚であるものを買い、それを売却した益は12%増だった。さて、利益はいくら?」


 「金貨2枚と銀貨16枚」


 「よし」


 満面の笑みで頷く魔王。 なんだ?こんな簡単な事でいったい何がわかると言うのだ?


 「あはは、大丈夫だよ町長。この子に何かしようってんじゃないさ。


 ただ、ちょっと野に放つには惜しい人材かもしれない、ってだけだよ。町の件はじっくり考えてから決めてもらっていい。住民全員に関わる話だ、話し合いも必要だろう。とはいえ、僕も暇じゃない。明日の朝までには結論を出してくれ」


 「それじぁ」と言って魔王は去っていった。変な魔王だ。そして無礼な魔王だ。結局小生は、あの魔王から謝罪の言葉を引き出すことは出来なかった。

 忸怩たる思いだ。







 怒られた………。


 町長以下、町の主だった大人に怒られた………。『命が助かったのは奇跡』とまで言われた………。


 確かに小生は考え無しだったかもしれない。相手が魔王であることも、その背後には魔族が控えていたことも、失念していたかもしれない。であるならば、小生の身を案じ、こうして怒ってくれる住民達に小生は感謝するべきであろう。


 であるならば、今小生の目からこぼれているのは喜びの涙である。人は怒られた時以外にも、多くの場合に涙を流す生き物なのだ。




 しかし問題は移住の件である。


 町長が皆に話した時の反応を見る限り、それに反対する者はあまり居なさそうだ。まぁ、この町の住人は我が恥ずべき愚兄のお陰で、貴族というものに些かも幻想など抱いていないからな。貴族とて人間。そしてこの惨状は人間がすぐにどうこうできる限界を越えていよう。


 それ故に、窮地を救ってくれた魔王や魔族に、少なからず好感を抱いているのである。小生は魔族はともかく、魔王は嫌いだがな!!


 しかし、やはり問題もある。


 土地を捨てる、という事に少なくない忌避感を覚える者もいるのだ。小生とて、父母と暮らし、お祖父様と暮らしたあの家を出るのは辛い。しかし、現状は皆の命に関わるほど逼迫している。

 もしここに残り、魔王が去った後、どうやって食いつなぐかの目処が全く無いのだ。


 町長たちと一緒に皆を説得して回り、なんとか朝までには皆の了承を得たのである。


 「あ、この土地丸ごとあっちに持ってくので、家財道具とか持ち出す必要ないよ」


 そういう事はもっと早く言ってくれないか!?


 我々の悲壮な覚悟が台無しだ!!




 そうして、真大陸の地図からはロンダナスという町は消え、かわりにベヒモスという名の町が生まれたのだ。





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