とある勇者の葛藤
「こいつ等………、化け物か………?」
驚天動地の事態だった。初手で不覚にも傷を負ってしまい、後方で治癒術師に治療を受けながら戦況を確認していた私は、なんとかそう一言呟いた。
エルフの魔法もさるものながら、他の裏切り者の勇者の仲間も圧倒的に戦場を支配していた。
「だらしねぇな、オラオラァ!!」
よくわからない棒で戦うドワーフは、その棒で槍を防ぎ殴り、剣を防ぎ殴り、殴りながらもう片方で殴る。ほとんど肉弾戦の攻防を繰り広げていた。驚くべきは、その相手にしている人数である。
20、いや、25人ほどの聖騎士が束になってかかっているにも関わらず、彼女は圧倒的に優位に立っている。巧みな棒さばきは、最早それが第2の腕であるかのように自在に動く。
金属製の鞭を使う女も問題だ。洗練されているとは言えないが、それでも振り回される金属製の鞭のせいで近寄れない。さらには、自信に身体強化の魔法を付与し、動きそのものがとても速い。
時たま、普通の鞭のように振るうと、先端の刃で正確に傷を負わされ、戦線を離脱せざるを得ない。
子供のようなナイフ使いに至っては、自由自在、縦横無尽に戦場を駆け回り、斬られた当人すらその事実に気づく前にその場から消えている。
そしてエルフだ。こちらは本当に手が付けられない。
近付けば武器で攻撃され、離れれば魔法を使われる。一度、勇猛に懐に飛び込もうとした聖騎士がいたが、弓矢のような形のナイフを投げられ、避けても紐を使って振り回され、距離をとろうとしたら魔法をしこたま放たれていた。なぜかその武器はすぐ仕舞ってしまったようだが、近付けばまた使われるだろう。
かといって、離れて戦おうにもこちらの術師の魔法はエルフの魔法にあっさりと蹴散らされ、弓での攻撃など低級の風魔法で逸らされる始末。まさしく一方的な状況だった。
「陣形、3!!用意!!」
ドワーフを相手にしていた部隊が、槍衾を敷いて攻めるようだ。確かに、他の女共ならまだしも、ドワーフには通用するかもしれないな。
整列する聖騎士と、それを確認しつつも周囲の聖騎士と戦い続けるドワーフ。よしっ!これは決まっただろう。まずは1人を仕留め、その後は他の奴等に消耗戦を仕掛ければいい。
大量に並べられた槍と、その標的であるドワーフ。準備を整えた槍衾が、今動き出す。
「突撃!!」
指揮の号令に槍衾は前進を始め、ドワーフと戦っていた聖騎士は巻き込まれるのを恐れて撤退する。
そのわずかな時間だけドワーフは自由になるが、今からでは避けるのも厳しく、どうしようもできない。
しかし、
「ヘッ!!つまんねーぞコラァ!!」
彼女は笑っていた。
突然両足のベルトに両手を突っ込み、次に出した時には別の武器を持っていた。
ベルトには小さなホルスターはあったが、ギリギリ大人の手が入る程度の大きさで、あんなでかい武器が入るようなスペースはなかったはずなのに。
「おらよっと!!」
迫る槍衾に、臆することなく彼女は突貫し、その大きな円環の中に数本の槍を入れると大きく飛び上がっる。そのまま棘の生えたもう片方の円環で槍を叩きつけ、一気にへし折ると次の槍に取りかかる。
なんという事だ………。まさかこれ程とは………。
私が絶望にくれていた、まさにその時、空に大きな円盤が現れ、魔王の声が響き渡ったのである。
○●○
終わってみると、なんか呆気なかったなー。
こんだけデカイ争いが起きたのに、思ったより戦禍はない。
町の景観に変化はないし、血の臭いすらほとんどしない。とはいえ、まったく被害がなかったかと言えばそうじゃないだろう。聖騎士にもガナッシュの兵士にも死者は出ただろうし、町の至るところには倒れた聖騎士が散乱している。
「シュタール、どうやら無事だったようだな?」
俺が戦場後の風景に見入っていると、アニーが他のメンバーを連れてやってきた。
「無事じゃねーよ。折角買った剣が、オシャカなんだぜ?勘弁してくれよ………」
コピスは無事だったけどコピシュの方はもう使い物にならないらしいし、マン・ゴーシュに蓄積された負荷も心配なところだ。まぁ、マン・ゴーシュの方は切れ味なんかより耐久性を重視した造りだからしばらくは大丈夫だろうけどな。
それよりも、今はまず魔王の事である。あの魔王がキアスかどうかはさておき、まずはこいつ等に言っておかなければ。
確証はなく、俺自身信じられないような事ではあるが、それでも知っておいてもらわないといけない。
「あのよ………」
しかし、いざとなるとどう説明したらいいものか………。
もしこいつ等が、キアスを嫌ったり敬遠するようになったら………。
「なんだよ?珍しく煮えねー態度しやがって」
レイラ。こいつはどう思うんだろう。キアスを慕い、キアスを尊敬するこいつは。
アルトリアは?アニーはどうするんだ?ミレはあまり態度は変わらないだろうな。
「アニー、シュタールさんの様子がいつになくおかしいのですが?」
「まぁ、心当たりがないでもないが、こればかりは当人の問題だからな」
「………らしくない………」
くそっ!もうわけわかんねー!!いっそ全部余す事無く起きた事をつまびらかにするか!!
「実は―――」
「よぉ、『光の勇者(笑)と愉快な仲間たち』じゃねーか!」
「―――って魔王!?もう戻ってきたのかっ!?」
くそっ!まだ説明してねーってのに、いったいどうすんだっ!?
「「「何で女装?」」」
「………………」
………………あれ?
「僕は魔王、アムドゥスキアス。君達の知る商人とは縁もゆかりもない、ただのしがない魔王にすぎん」
平然を装う魔王だが、その額には冷や汗が浮かんでいる。ミレなんて、若干ジト目である。ため息をつきつつ、アニーが声をかける。
「いや、変装にしてももう少しなんとかならなかったのか?」
それに追随するアルトリアとレイラ。
「キアス様は女装をしてもとても可愛らしいですが、お顔がキアス様のままです。変装になってません」
「だいたい、背丈も声も性格も顔もキアスさんじゃねーか。つーかアタシはあの牢の時からキアスさんが魔王って知ってたし」
あ、あれ………?何、この反応?
「まぁ、結構バレバレでしたよねぇ。それでも、私のキアス様を想う心には一欠片の疑心も亀裂も生じませんでしたが」
「なんだ、アルトリアやレイラまで気付いてたのか。てっきり私だけかと」
「………僕だって気付いてた………。………だからあまり近付かなかった………」
「あらあら、ミレちゃんの場合はただ単に怖がってただけのように思いましたがねぇ」
「………………」
え?何これ?
は?
「ちょいちょいちょい!!
なぁ、じゃ、じゃあコイツは本当にキアスなのか!?んで、やっぱり魔王なのか!?そしてお前らは全員、それを知ってたってのかっ!?」
アニー、レイラ、アルトリア、ミレは、一度全員で顔を見合わせてから、口を揃えて言った。
「「「何を今さら?」」」
知らなかったの俺だけかよっ!?