真昼の月
意味のわからない事の連続だった。
アヴィ教の要請を受け、聖騎士を城に逗留させ、嘘の政策を喧伝するよう言われ、その通りにしていたらこの有り様だ。
我がガナッシュ公国は、元より教会勢力の影響を受けやすい国土である。主な産業が農業しかなく、しかもそんな小国は珍しくなく、さらにアドルヴェルド聖教国という強大な農業国がそう遠くない位置にあるのだ。教会勢力の傘下とならなければ、教会は我が国を潰す事など容易い。国民の多くがアヴィ教徒だという問題もある。彼らは、教会と国の二者択一を迫られれば、当然のように教会を選ぶだろう。
だから教会の要請も、ほぼ無条件に飲んだ。勿論、見返りとしての利益も得たが、そんなものは微々たる物で、ほぼ強要だったと言って何の詐称もない。
その結果がこれだ。
空に浮かぶ、巨大な円盤。
城壁を無視して城に侵入する魔族の軍勢。
肝心な時にいない聖騎士達。
既に状況は終焉である。あとは、無様に民の命乞いを魔王にするだけが儂の仕事だ。
「閣下、魔族が正門を突破。城内に雪崩れ込んできております。騎士隊はほぼ壊滅。城の警備兵だけでは………」
「うむ。魔族共に知らせよ。ガナッシュは罪無き民に手を出さぬ事を条件に降伏する。貴様も武装を解除せよ」
「はっ」
最後のガナッシュ大公の仕事がこれとは………。
この先の歴史で、儂はいったいどれ程無能の謗りを受けることやら………。アムハムラ王国が、1000年守り続けた真大陸の地で、我が国が最初に落とされる事になるとはな………。
○●○
「フルフル、マスタ、行けって」
「門、どうする?」
「フルフルは、マルコとミュルよりお姉さんなの!お姉さんに任せるの!」
フルフルとマルコとミュルは、おっきなお城の前にいたの。キアスにいろって言われたの。
だから、えっと………、どうすればいいんだっけ?
お城には、おっきな門があって入れないし、でもキアスが攻めろって言ってたから………。
「ばーん!」
「あー!!」
ミュルが勝手に門に行っちゃったの!!お姉さんの言うことを聞かないの!
「あははは」
じゅうじゅうって、ミュルの触ってる門が溶けてくの。臭いの。
「ミュル、フルフル。マルコ、めんどくさいから先いく」
「あー!!ダメなの!!マルコもフルフルの言うこと聞くの!!」
勝手に門を駆け上がっていくマルコに、フルフルもびよーんってなって着いてくの。
「なんだ貴様ら!?………ん、なんだ子供か?」
ほら見つかっちゃったの。おっきな門の上に集まっていたおじさん達は、なんだかフルフルとマルコを見て困ってるみたい。
「お前ら、どうやってここに来た!?」
あーーー!!もう!!
うるさいの!!フルフルは今、いっぱいいっぱい考えないといけない事があるの!!
「『ドロスィア』」
水の精霊達が集まって、小さな水の玉を作るの。それをおじさんにぶつけて静かにするの。
キアスが言ってたの。
『なるべく殺さないように』
って。
だからフルフルも弱い魔法しか使わないの。結構大変なの。
○●○
「て、敵襲!!敵襲!!城門上部に敵が侵入!!直ちに迎撃、及び城の出入り口を固めよ!!」
警備班の班長だった俺は、そんな騎士の言葉をただぼんやりと聞き流していた。
どう見たって、この状況はもう既に詰んでるだろう。空に浮かんだ円盤からは、次々に小さな船が飛び出して来ているし、それが城壁を越えて内部に侵入する事くらい容易に想像ができる。
俺が今考えているのは、魔王が先程の宣言通り、捕虜や民衆の命を保証するのかどうかと、
こんな日に城門の警備に就いてしまった己の不幸についてだけだ。
信じられない。
まさに鎧袖一触。水色の髪をした少女は、あり得ないほど高威力な低級魔法を使って騎士や兵士を吹き飛ばしている。紅色の鬣のような髪型の少年は、素手で兵士達をなぎ倒している。
あそこにこれから向かわないといけないのか?
なんという悪夢だ………。
誰か。誰でもいい。早く降参してくれ。そうすれば俺もそれに続くから。
「やたっ!!」
ん?なんだ今の可愛らしい声は?あざといまでに可愛らしい声は?
「ミュル、門から、きた。お行儀、いい。マルコもフルフルも、ました、怒られる。ミュル、だけ、誉められる」
………………。なんだこれは?
そこには、あざといまでに可愛らしい少女がいて、その背後の城門は少女の形に綺麗に無くなっていた。
「ミュル、えらい。かわい」
腰に手を当ててふんぞり返る少女だが、平時であれば微笑ましい光景も、今この場で見せられればただただ恐怖を煽り立てる要因にしかならない。
「げ、迎撃しろ!!早急に城門の穴を塞ぐのだ!!」
とりあえず、班長としてしなければならない指示は出す。しかし、これが間違いだった。
俺はこの時、降伏するべきだったのだ。1も2もなく土下座して命乞いをするべきだったのだ。
兵士達の敵意が少女に向けられた瞬間―――
―――俺達は一歩も動けなくなった。
だってそうだ。これは、絶対に無理だ。怖い。ごめんなさい!!助けてくださいっ!!いやだ。怖い。怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
―――食べられるのが怖い。
蛇に睨まれた蛙が、一歩も動けずに捕食される気持ちが、今の俺には良くわかる。
彼女は、俺たちにとって絶対的な捕食者であり、俺達は、彼女の前ではただの餌だ。
「うぉぉぉおおお!!」
蛮勇を振り絞り、騎士の1人が彼女に斬りかかる。俺としては、そんな事をして彼女の逆鱗に触れれば、俺たち全員の命が危ういだけに、「何をしてくれてんだこの野郎!!」と怒鳴り付けたい蛮行だったが、幸か不幸か喉はカラカラに干からびていて、震える唇はなんの言葉も紡がなかった。
少女は、大上段に剣を構えた騎士を意にも介さず、ただただ俺達を見つめている。まるで品定めだ。
「えいやっ!!」
それは、騎士が剣を振り抜く際にも変わらず、騎士は無抵抗の少女を切りつけた。はずだった。
「なッ、何だとっ!?」
しかし、それはあくまでもそう見えただけだった。
少女は依然として佇んでいて、騎士の剣は柄から数㎝を残して消失していた。
「ミュル、ました以外、全部ごはん。でも、今日、ちょっと我慢。攻撃されたら、食べてよし」
「う、え、ぅううぁああ―――」
一瞬にして少女の形が消え、スライムのような半固体状になったかと思うと、騎士はその中に飲み込まれた。瞬きを終える頃には、それは少女の姿を取り戻し、騎士の姿はなかった。
少女は―――
「あ、あと、仲間もごはん、違う」
俺は、今度こそ1も2もなく降参を口にした。
○●○
「な、なんだコイツっ!?は、速い!!」
手練れの騎士すら目で追えないような紅色の鬣の少年。しかも、このプレッシャー。騎士として数年修行を積んだ俺ですら、物怖じしそうな圧倒的な恐怖。城の警備兵の士気が一気に削がれるのも無理はない。
「多面的に当たれ!!槍衾を敷き、敵を囲い込め!!」
隊長の指示に、俺も槍を構える。
しかし、こんな物が役に立たないことなど、既に皆知っている。圧倒的な速さで動く少年は、槍衾を平然と乗り越え、かき分け、蹴散らして攻めてくる。
しかも素手でだ。
狂気の沙汰だ。全くの非武装でありながら、何の魔法も行使せず、ただただ肉体でのみ無勢にて多勢を圧倒する。
「………く………」
風に乗り、戦場の喧騒の中にあって少年の声が俺まで届く。
「くはっ!くははははははは!!」
くそったれ!!笑ってやがる!!
いったいどうしたら、この状況で俺達に勝ち目があるってんだ!?適当でもいいから、誰か希望的観測を聞かせてくれ!!
「マルコ、今日は誰も殺さない。マスタ、マルコをいっぱい誉める」
どうもありがとうよ!!
○●○
「人間共めっ!!魔王様の怒りを知れ!!ガハハハハハ!!」
恐ろしい姿の魔族。確か、本で読んだことがあるヨーウィーだ。ワニのような昆虫のような姿のその魔族が、たまたま外に出ていた私に向かって剣を降り下ろそうとしている。
この広い庭園の草むしりを、たまたま今日任されたのだから、運が無かったと言う他ないだろう。
所詮魔王の言葉なんて、信じるに値しないのだ。まさか、どこからどう見てもただのメイドにしか見えない私を兵士と間違えた、等という言い訳は通じまい。
降り下ろされるであろう刃物に怯え、目を瞑って数瞬。中々降りてこない剣をいぶかしみ、恐る恐る目を開けてみれば、そこではヨーウィーの体の所々から槍が生えるという珍事が起こっていた。
「バカ野郎!!それはどう見ても非戦闘員だろうがっ!?」
「お前、俺たちまで殺すつもりかっ!?」
「アムドゥスキアス様のこれまでの所業を知らないのかっ!?」
ヨーウィーは、事切れた後も仲間であるはずの魔族に罵倒されていた。
どうやら、魔王は本当に兵士以外を殺すつもりなど無いらしい。
「ご婦人、怪我はないだろうか?」
あ、この魔族も知ってるっ!!いや、正確には魔族じゃないんだっけ?よく知らないけど。
「グリフォン?」
「いかにも。グリフォンのバルムと申す。我が指揮を逸脱した部下の蛮行により迷惑をかけた。詫びと言ってはなんだが、城の中に入れてやろう。しばらくすれば、この戦も終わる。それまで隠れていることだ」
すごい。どう見ても動物だけど、礼儀正しくて紳士的!
『背に乗れ』とばかりに伏せたグリフォン。その背に股がり、改めて事態の異常さに気付く。
私、魔族に助けられたんだ………。
勿論、危機に陥ったのも魔族のせいなので、別に見直したわけではないのだけど、確かに一度命を助けられたのは事実。だからか、グリフォンの背に乗るのもそれほど怖くはない。
ていうか、空を飛ぶなんてちょっと楽しみ。この状況も忘れ、私はほんの少しだけそう思った。
○●○
「ペレ隊、下がりなさい。その騎士はあなた達の手には負えません」
私は、指揮する隊の1つを前線から下げた。どうやら、かなり手練れの騎士がいるらしい。無論、ペレ程の上級魔族であれば、数で押して攻められないこともないのだが、その場合は無駄に犠牲が出てしまう。
「ロロイ殿!!我々はまだやれます!!」
「わかっています。ただ、キアス様の兵を無駄遣いするわけにはいかないのです。ここは私に見せ場を譲ってください」
少しずるい言い方だったかもしれない。ペレは実力のある上級魔族にしては珍しく、礼儀と誇りを重んじる。上官である私が頭を下げれば、渋々でも従ってくれるのだ。だからこそ、私の配下の中でも重宝している部族である。間違っても、こんな温い戦で消耗していい人材ではないのだ。
「私が彼等を動けなくします。皆はすかさず捕縛に動いてください」
「はっ」
私の部下は、少々扱いやすい人材が多すぎますね。いい事なのでしょうが、その分バルムが外れを引いたような気がします。大丈夫でしょうか?
「我こそは!!栄えあるガナッシュ公国の騎士、一番隊のセルジオ・エンリケ・ブランコ!!
魔族であれど、武勇を誇る者は私に挑め!!私はこの国で1番の槍の達人と誉れも高い、一番隊の隊長である!!討ち取り、名を上げたいものは前に出よ!!」
余計なことを………。
そんな事を言えば、キアス様に覚えていただこうと無茶をする輩が、続出しかねないではないか。
「我こそは!!第13魔王、アムドゥスキアス様の配下、ロロイ!!カッデーナ、ヒピビス等を任される代官であり、此度の戦では300名の指揮を任された。
セルジオ殿に尋常なる勝負を申し込もう!!」
こうでも言わねば無駄に突貫していきそうな輩が、こちらには溢れていますからね。
「ヘクトアイズか………。瞳術に気を付けねばな。ロロイ殿!!貴殿の申し入れを嬉しく思う!!いざ尋常なる勝負に参ろう!!横槍結構!!いかなる手段を用いても、私を倒して見せよ!!」
「………あまり見くびられても困りますねぇ。私とて、一介の武人。そうまで言われて助太刀を頼むほど、落ちぶれてはいませんよ?」
まぁ、こういった命のやり取りを楽しめるのも、戦の間だけ。明日からはまた書類仕事なのだから、今は息抜きもいいだろう。
自然と爛々と輝き出す全身の瞳が、今はただ目の前の敵に向かう。
まぁ、死んだら死んだでそれまでの事。必要なのは、主に尽くすこの魂のみ。
嗚呼………、楽しや。
○●○
「死守せよ!!この門が破られれば、城内に魔族共が雪崩れ込むぞ!!」
城の正門には、大挙して押し寄せる魔族と、それを阻む騎士たちが血で血を洗う闘争に身を投じていた。
魔族は、数は少なくとも皆精強で、しかも何かに追い立てられるかのように必死であり、士気が高い。比べてこちらは負け戦。予期せぬ戦に、とるものもとりあえず駆けつけたのだから、これで士気が高まるわけもない。
しかし、騎士の誇りにかけてもここを守らねば主君の命が危ないのである。騎士団長として、この扉を魔族の手で開くわけにはいかない。
「はあぁぁぁあ!!」
魔族に斬りかかり、1人に手傷、もう1人に深傷を負わせる。深傷を負った方は、なぜかすぐさま傷が癒え、どこへともなく消えてしまう。浅傷の方もすぐに後退してしまい、敵の消耗には繋がっていない。
あれらがまた攻めてくるのだとしたら厄介極まりないな。
そんないたちごっこに辟易としていた頃、魔族の波を割って進み出る1人の剣士が現れた。
輝くような金の髪と、華奢でありながらよく鍛えられ、洗練された体格の仮面の剣士。
魔族側から現れたという事は、この者も魔族だろうか?一見すると人間にしか見えないが。
「貴殿は中々の武勇を誇るようだな?」
私の言葉に、仮面の剣士は無言で返した。
武器らしい武器を所持していなくても、剣気と呼ばれる独特の気配は隠しようもない。相当な手練れと見るべきだ。
「我こそは、ガナッシュ公国騎士団、団長アントニオ・ゴメス・エルナンデス。
一応、この国では最高位の武人であり、剣においては無双を自負している。一手お相手願えるだろうか?」
「………是非もなく」
おや?思っていた以上に声が高い。もしや女剣士だろうか?
女剣士といえば、真大陸ではアムハムラ王国のトリシャ騎士団長くらいしか名を聞かないが、魔大陸には多いのだろうか?とはいえ、あの大陸でも1、2を争う練度を誇るアムハムラの騎士団に11歳で入団し、その最高位である団長職に20かそこらで就いたかの女傑と同等の剣士が魔大陸にいるとも思えん。
間違っても、騎士団長である私が負けるわけにはいかないのだ。
「いざ!!」
先手はこちら。
横薙ぎに振り払う剣を、仮面の剣士は冷静に一歩引いて避ける。
「まだまだ!!」
振り抜いた勢いを殺し、すぐにもう一太刀。剣士を追尾するような一刀に、剣士もようやく剣を抜く。
足に巻いていた不思議なベルトから、あり得ないほど長い剣が抜かれる。
キィィィン。
耳が痛くなるほどの高音をがなりたて、私の剣と剣士の剣がぶつかり合う。
「これはっ!?」
すぐさま剣を返して一歩後退する。
信じられない。
「失礼ながら、その剣はオリハルコンで出来た物ではありませんか?」
「………いかにも」
やはり………っ!!
打ち込んだこちらが、本来ならば有利なはずの鍔迫り合いなのに、刃が欠け、下手をすれば両断されかねない状態だったのだ。
「魔王の配下にしておくには惜しい腕前、惜しい業物ですね」
「………………」
―――くっ!!
剣士から放たれるプレッシャーが一気に高まった。魔王を愚弄されたとでも思ったのだろうか。
「シッ!」
速い!!
踏み込みすら感じさせぬ突進に、私は防御を余儀なくされた。
一太刀、二太刀、三太刀の連撃。洗練された剣の動きに、完成された体捌き。
強い………っ!
「だがっ!!」
私とて剣の腕には誇りがある。易々とやられてやるつもりなどない。
防御に見せかけて立てた剣を、相手の斬撃に合わせて寝かせる。刃の上を刃が滑り、自然と相手の切っ先を上に向ける。そうなれば胴に隙ができる。
すかさず斬り込み、胴を薙ぐ。
「くっ!!」
駄目かっ!
予想外の方向に剣を向けた剣士は、しかしそこから勢いを殺さずに半回転。横薙ぎに振るわれた私の剣を、その特殊な形状で受け止めた。
剣から突出した棘で。
「お見事でした………」
剣士は静かにそう言うと、手首を返す。
刃の向きが変わり、さらに下方に圧力がかかり、私の剣はあっさりと半ばから折れてしまった。
「お見事。最初の受け太刀の刃こぼれが命取りであったか!
貴殿と戦えた。それは私の誇りである!!」
最早これまで。
実に素晴らしき立ち会いであった。
どっかりと腰を下ろす。剣士は剣を掲げ、勝敗は決した。
魔族は歓声をあげ、膝をつく騎士たち。
この戦の勝敗もまた、この時に決したのだった。
○●○
「無念です………」
玉座の間には沈鬱な空気が漂っていた。
我が国は、この度魔王軍に敗退した。ひとえに魔王軍の展開能力の勝利であろう。敵中枢に一足飛びに展開できる軍に、いったいどうすれば勝てるというのか。これからの真大陸の住人は、頭を悩ませねばならぬだろうな。
まぁ、儂の命は今日この時潰えるのだろうから、考えるだけ無駄でもあるのだがな。
やや自暴自棄にそう思った儂の前に、魔族がぞろぞろとやって来る。
水色の透き通るような髪の少女。毒々しいまでの、ベッタリとしたピンク色の髪の少女。血のような紅の鬣の少年。全身に目を持つ、紫色の肌のヘクトアイズ。オドオドと頼りない様子のラミア。仮面を被った金髪の者。道化師のような少年。
………意外と人間のような姿の者が多いな。
「魔王陛下はいずこか?」
どれが魔王かわからないので、とりあえず聞いてみる。
「フン。人間の分際で尊大な態度だな。この中で魔王は私だけだ。だが、私は第10魔王クルーン・モハ―――」
「いやぁ、ごめんごめん。ちょっと遅れちゃった。なんかさ、バルムがナンパした女の子に声かけられちゃってさ」
魔王と名乗る道化師の少年の言葉を遮り、グリフォンの背に寝そべった少女が入室してきた。
「ナンパとはなんですか?難破の事ではないですよね?」
グリフォンの問に答えようとした少女に、魔王の道化師が声をかける。
「キアス。前々から思っていたが、お前は意図して私の名乗りを邪魔しているのではないか?」
「あぁ?いや、それってお前が何度も何度も名乗ってるってだけだろ?つーか毎回聞かされるこっちの身になれ」
こちらとしては、道化師の方も自己紹介してもらわねば、魔王と知らずに無礼を働くところだったのだがな。ただ、今回の襲撃は第13魔王の主導だったはずで、そうなると道化師の魔王と対等に口を利く少女こそが―――
「ああ、あんたがガナッシュ大公?
初めまして。僕が第13魔王のアムドゥスキアスです」
「初めまして。ガナッシュ公国で大公を勤めるミケーレ・ロペス・イ・ぺロスです」
魔王と呼ぶには、あまりに普遍的な容姿の少女。造形は美麗なれどやはり幼い、華奢な少女が魔王だという。
無言でたたずむ魔族たちがいなければ、ここにいる誰もが一笑に伏しただろう。
「此度の敗戦におきましては、我々にそのような権利など無いとわかってはおりますが、どうぞただ1つだけ、聞いていただきたいお願いがございます」
少女はこちらの言葉を聞いているのかいないのか、
ただ純真そうにニコニコと笑っていた。
「どうか、捕虜と民草には寛大なご処置を賜りたく。私や重鎮たちはいかようにでも責任をとりましょう」
少女は静かにグリフォンから降りると、腰から剣を抜いた。
「なぁ、ガナッシュ大公?」
そう言うと、今度は腰に下げた袋からもう一振り剣を取り出す。
「僕は今、結構怒ってるんだ」
一歩一歩、ゆっくりと近付いてくる魔王。やはり、魔王に慈悲などを求めた儂が間違っていたか。
「こんなつまらない事で、こんなつまらない戦をしなくちゃいけなかったんだから。僕はね、本当に戦なんてしたくなかったんだよ?
でもね、今戦を起こさないと、いずれもっと大きな戦火となってしまうから、仕方なくここで戦を起こしたんだ」
魔王の言いたい事はわかる。
戦争とは、何か明確な事件がなくとも、ただ漠然とした不安や不信から簡単に起こってしまうものだ。
今回、ガナッシュが行った狂言は、その不安や不信を無闇に、無意味に掻き立てるだけの行為だった。
その小さな芽は、育つために充分すぎる土壌もあり、放っておけばいずれ魔王に矛先を向けたことだろう。
私とて、耳にする事柄を精査して結論を出す能力くらいある。『魔王の血涙』や件のダンジョンなる場所で、いったいどれ程の被害が出るかわかったものではないのだ。
そういう意味では、儂はここで殺されて当然の事をしでかしたのだろう。
魔王がその両手の剣を振り上げる。
まるで左右対称に見える、銀と金の不思議な剣。これが儂の命を刈り取るのか。
儂はまっすぐに魔王を見つめ、魔王もニコニコと笑いながら目を逸らさない。
合わせるように、左右の剣が、振られる。儂の首をめがけ、挟み込むように迫る。ギロチンの刃が迫る時、きっと罪人は儂のような気持ちになるのだろう。
2つの首切り包丁は、チン、と軽い音でぶつかり合った。