20分戦争
「シュタール………」
キアスなのか魔王なのかよくわからない少女が、俺の背後で呟くように名前を呼んだ。
なんかもう、色々ありすぎてわけわかんねぇけど、とりあえず今は考えないことにする。どうせバカなんだから、下手に物を考えたって仕方ねぇ。
「あーあ………。やっちゃった………。これでもうお前、完全に魔王派って認識されんぞ?」
「うっせ!考えないようにしてんだから、考えさせんな!!」
くそっ!!性格わりぃ………。キアスの可能性増だな。
「魔王を守って、勇者と敵対する!!それがあなたの正義ですか、シュタール!?」
お前もごちゃごちゃうっせぇ!!
「知るかボケ!!俺は俺が思うように動く!俺が何を思ってるのかなんて俺が知るか!!」
マン・ゴーシュでエヘクトルの短剣を弾くと、コピスを抜く。
「何となくお前はムカつくし、何となくコイツは悪い奴じゃねぇ気がする!!」
論理とか知るか!元々こうやって生きてきたんだよ、俺は。
「キアス、私はどうすればいいのだ?」
相変わらず浮いている、ピエロの方の魔王が大きな声でキアスっぽい魔王に話しかける。
「なんかタイマンムードなコイツ等に水を差せるなら、不意討ちでも何でもどうぞ?」
いや、止めろよ!!ここは普通に俺がやるからよ!!
「い、いや………、流石にそれはな………。では指揮に戻るか」
「だったら、ここに集まった連中を指揮しろよ。僕は嫌だし、お前がいなくなると護衛の手が足りん」
ピエロが遠慮してくれたようで、無事譲ってくれるらしい。ゆるゆると空から降りてきて、腕を装着するピエロの魔王。
「どうだった、新しい体は?」
「うむ、悪くない。いや、むしろ生まれてこの方ここまで気分が良いのは初めてかもな」
「誰がお前の気分を聞いたよ?体とフレイルの使い心地だよ。不備はなかったかとか、改善案とか、せっかく造ってやったんだから少しは建設的な話をしろや」
「う、うむ。体は良好だ。何の不備もないが、魔法は試せなかったな。武器はもっと殺傷力がほしい」
「お前が試しで魔法を使ったら、ここら一帯焼け野原だぞ?なんだ?一般人に被害出して虐殺されたいの?
武器は腕だけとなると、扱う方の重量が軽すぎて選択肢狭まるんだよ。むしろフレイルがベストアンサーだと思うんだけどな。お前は魔法も使えるんだし」
何やら緊張感の欠片もない話し合いを始めた魔王2人。っていうか完全にこっち無視かよ。このマイペースぶり、ますますキアスの可能性増だ。
「………短剣しかない相手に2刀って、なんか気まずいな」
「下らない事を考えていないでかかってきなさい!!あなたの後に、後ろの2人の魔王も殺さねばならないのですから!!」
いや、流石にそれは無茶しすぎだろ………。現時点で、お前結構ボロボロじゃねーか。
「………じゃあまぁ、やるか?」
「………ええ」
相対する俺達は、その言葉を最後に黙る。コイツに今、手加減してる余裕なんてないだろう。つまり全力で来るって事だ。せっかく手に入れた新品の剣だが、コピシュの方を使って大事な場面で折れても困る。
今回初めて気付いたことだが、炎の魔法を剣で防ぐのは得策じゃないようだ。劣化の速度が上がる。こいつ並みの火力ならなおさら。もしかしたら、このコピスも今回でオシャカになるかもな。高かったのに………。
「炎陣刀牢!!」
くそっ、ゴチャゴチャ考えてたら初手を奪われた!!
踊るように短剣を振り回すエヘクトルだが、その短剣からこぼれるオレンジ色の炎は、次第にその数を増やす。エヘクトルの周りに揺らめいて、消える事なく踊る。
近付いて止めようにも、全然近づけねぇ。
「準備に時間がかかるのがこの技の欠点ですが、その時間さえ稼いでしまえば、鉄壁の守りを築けるのですよ。後は近付くだけであなたを切り刻んで焼却できます」
「言い方がこえぇな………。なら、こっちから行くって、のっ!!」
剣に纏わせた魔力を具現する。発動までに数秒。簡易にできる分、威力はない。
「光乱剣」
言ってしまえばただの幻術だが、鏡を合わせるかのごとく分身する幻は、俺の姿を幾重にも写し出す。炎の熱で出来るゆらぎを利用するこいつの技より遥かに高性能だ。
「やりますね………。それに、最初より魔力の纏わせ方が上手くなっていますね」
まぁ、目の前にいい手本があるんだからな。
いくら炎の守りが鉄壁とはいえ、その炎はとぐろを巻く蛇のようなもの。こっちを認識できなければ、その隙もつける。
「シュタール、聞きたいことがあるのですが?」
「なんだ戦闘中に?」
「本当にバカですねぇ!!」
あれっ!?
なんか一発で見抜かれたぞ!?何でだ!?
「目でわからないなら、音で判断するまで!!」
くそっ!!そういう事か!!
突っ込んできたエヘクトルを避け、後退する。しかし、それを許さないかのようにエヘクトルは追い討ちの姿勢に入った。
「蛇炎剣!!」
短剣から迸る炎は、その先を蛇行させてこちらに迫る。その狙いは読みづらく、また、エヘクトルの周りで踊る炎も健在だ。
両方に注意を割きつつ、俺はさらに後退を余儀なくされる。
「くそっ、閃光剣!!」
「速さで逃れようとしても無駄です。瞬炎剣」
くそっ!
爆発的に加速するエヘクトル。勿論蛇も守りも絶えず俺を狙ってくる。つーかどれだけ維持してるつもりだよ?こんなのもう、ただの魔法じゃねぇか!?
「焼き尽くせ!!」
エヘクトルの掛け声と共に迫る蛇―――もう閃光剣で逃げる事はできない。何せまだその移動中だ。
「光剣山!!」
俺は咄嗟に、マン・ゴーシュで蛇に対し、即席の技を繰り出す。大してリーチのない斬光を、いくつも繰り出す。林立する斬線の剣山に、頭から突っ込んだ蛇はいとも容易く崩壊し散っていく。
「ぐっ、がっ!!」
しかし、注意が蛇に移ってしまった結果、エヘクトルの纏った炎に接触してしまう。軽く右腕を焼かれ、咄嗟にコピスを取り落としてしまう。
畜生、蛇は囮かよっ!?
「これで条件は五分!!そして次で終わりです!!」
一気にエヘクトルの纏う魔力が、その手に持った短剣へと集中する。
「千乱炎刃!!」
再び、無数の炎の刃がそこから生じて俺に迫る。
―――他の剣を抜く暇などない。
―――じゃあどうする!?
「閃乱演刃!!」
またも咄嗟に、使ったこともない技を繰り出す。だが、こちらはさっきの付け焼き刃とは違う。エヘクトルの使う技の踏襲だ。
マン・ゴーシュを一振りし、乱れ打つ光が炎の斬線を焼き尽くす。あとは、そこから溢れた炎をマン・ゴーシュで防いでしのぐ。
「………さすが、ですね………」
あのにやけた面はどこへやら、真剣な表情を保ってきたエヘクトルが、フッと苦笑する。
「私の敗けです。もう魔力は残っていませんし、剣技ではあなたに及びません。残念ですが、私はここまでのようですね………」
「お前が途中でオーガや魔王と戦ってなけりゃ、結果はわからなかったかもな」
「フン。慰めなど結構です。あなたこそ、それらの剣に慣れていなかったようですし、実力を十全に発揮できていたとは思えませんよ」
まぁ、それは確かに。両手剣としてもかなり長大なメル・パッター・ベモーから、練習もなしにいきなり片手剣に切り替えたわけだからな。リーチの違いにかなり手間取ったのは事実だ。
「さあ、もういいでしょう。さっさと殺しなさい」
「………まぁ、勝負の結果だからな………」
しかし、こいつとの付き合いも結構長いからかな………。普段は大嫌いで、今も大嫌いで、たぶん明日も明後日も大っ嫌いだろうけど、ちょっと寂しくも思う。嫌いだからって、俺は別に殺したい程こいつを憎んでなどいなかったようだ。
「まぁ、俺が死んだらまた会おうぜ。1回か2回くらいな」
「ごめんです。何が悲しくて、神の御元であなたのアホ面を拝まなければならないのですか?」
ったく。最後の最後までこいつは………。
「………んじゃまぁ、あば―――ヨブッ!!」
「なに殺そうとしてんだボケ!!」
マン・ゴーシュを振り上げようとした俺は、腰の辺りに痛烈な一打を食らってよろめく。
「僕の指示は『余計な犠牲者を出すな』だ。降伏してる奴を殺すな。ぶっ殺すぞ?」
そこには、俺を蹴り飛ばしたせいでよろめく少女の姿があった。
「は?おいおい、いいのかよ?
こいつは勇者で、お前は魔王で、ついでに結構嫌な奴だぞ?」
「そんなのお前も一緒だろうが。いいから捨て置け。それに―――」
少女が辺りを見回す。
そこには―――
「これ以上はやり過ぎってもんだろ?」
聖騎士を倒した魔族達が、生き残りを拘束する戦後処理の風景が広がっていた。
この日、真大陸内陸に位置するガナッシュ公国は、開戦よりわずか20分で魔王に敗北した。