季節に合った服装をっ!?
「毎度ありがとうございます、マルバス様」
「様なんてやめてくださいよー。当商会としても、『華蜜酒』を気に入っていただけたようで何よりです」
僕らはガナッシュ公国のとある商会に酒を卸していた。『華蜜酒』の評判をどこかから聞き付けて注文してきたので、今回の件には渡りに船だったのだ。
「とある伝手で入手しましたところ、飛ぶように売れましてね。こうしてお願いした次第です」
「とはいえ、品薄ですので量は少ないですよ。醸造元が小さな所なので」
「そうですか………、もしその醸造元をお教えいただければ、投資も考えるのですが………」
「申し訳ございません」
やはりと言わんばかりに苦笑する商人。
「残念です。
ではこの度は本当にありがとうございました。また機会があれば、良い商談を」
「ええ、こちらこそありがとうございました。良い商いを」
僕、パイモン、トリシャ、フルフル、マルコ、ミュルは馬車に乗ってガナッシュの町並みを進んでいく。
えーと、確かこの町の名前は………、そう!アクレアボアン。ガナッシュの首都だ。
「静かな町並みですね。とても破滅に向かう国の首都には見えません」
トリシャの呟きに、僕もほぼ同意見である。奴隷解放なんて、地球では歴史の教科書に載るような大事件だったはずなのに。
「マスタ、また子供集める?」
「ミュル、汚いおいちゃん、ばんってする?」
「ああ、それはもういい。今はまず敵情視察が先決だ」
やっぱりなんかキナ臭いな。
町の様子を見る限り、大手の商会が保身に走っている様子はない。中堅所がいくつか店を畳んで他国へ移転した他は、全くの平常運転の町並みだ。
ここまで落ち着いている理由。何かありそうだな。もっと深度のある情報が欲しいが、この国には伝手がない。商業組合の持っている情報なら、アムハムラで聞いたので意味がないし………。
「いやぁ、助かりましたよ。食料の備蓄が底を尽きそうでしたので」
「いえいえ。丁度よく手元にあっただけですから。収穫期を前に、穀物の需要が高まるのは必然ですからね」
「それにしても、珍しいマジックアイテムをお持ちだ。私共も欲しいくらいですよ」
「あげませんよ?」
とりあえず、情報は商売相手からもらうのが僕の流儀だ。
大手の商会を訪れた僕は、和やかに商談を進めつつ、商会の様子や相手の態度から勘ぐってみる。
「それにしても、王国空運の普及からこっち、商人は世界中を駆け回ってますなぁ。マルバス殿も他国の商人でしょう?」
「あれ?わかります?」
「当然ですよ。この国で、この時期に、そんな格好ですからね」
目の前の商人は仕立ての良い薄手のシャツにベストのみ。対して僕は学ラン姿。このクソ暑い国では、確かに異様かもしれないな。
「あははは。アムハムラでは雪が降っていたというのに、国が変われば気候も全然違うんですよね」
「はははは、今までなら一季節で旅できるのは隣国くらいまででしたからね。王国空運も稼働したてですから、今までの尺度で行商をしていればままならない事も出てくるでしょう」
「そこはホラ、現地の商人の出番でしょう?この国で過ごしやすい服装を整えたいのですが、どこかいい服屋はありませんか?」
「ふぅむ。商売に支障がない服装が望ましいですよね?」
「それは勿論」
商人は暫し考え込むと、通り沿いのそこそこ大きな仕立て屋を紹介してくれた。
「私の名を出せば、在庫の服を譲ってくれるでしょう」
「あっりがとうございますぅ!
お返しと言ってはなんですが、この鎖袋についての情報、お聞きになります?」
「是非に!」
ギブアンドテイク。貰う為にはあげる、だがあげる為に敢えて貰うという手もあるのだ。
「良い情報がいただけました。今後とも、より良い商売が出来ますよう、良しなにお願いします」
「こちらこそ。では、良い商いを」
とりあえずは服屋に行こう。あの商人の面子を潰すわけにもいかん。
しかし、商人の雰囲気は、これから施行される政策に怯えている様子はなかったな。この規模の商会であれば、知らないわけもないんだが………。
商人達が掴んでいる情報は、『奴隷解放』だけじゃないと見るのが自然だ。そして、それは敢えて情報として流れない情報。普通の事………。
うーん………。もう少し情報を集めたいな。時間はあるかなぁ。
「しまった………っ!!」
なんてミスだ。致命的だ。
僕ともあろう者が、事商談においてミスをするなど。
いや、その慢心こそが僕の足元を掬ったのだ!!
くっ………!!
なぜ忘れていたっ!?僕は僕がバカであることを知っていた筈なのにっ………!!
「はいお嬢さんには、この服ね」
僕今変装してんじゃん………っ!!