不穏な静けさ
「結果はどうだったよ?」
酒臭いシュタールが、私達に向かって偉そうに聞いてくる。ナンパして酒飲んでただけの癖に、本当に偉そうだ。
「私達の方は、めぼしい情報はなかったな。商人から『奴隷解放』の噂を聞いた者が何名かいた程度だ」
「うふふふ。『華蜜酒』を一瓶空けてしまったので、追加を買いに行ってもらった人が聞いてきていましたねぇ」
「ああ。やはり商人には結構情報が流れているらしいな」
しかし、冒険者や他の職種の人間には、あまりこの情報は浸透していないようだ。
「追加を頼んだあの方、涙目でしたねぇ」
嬉しそうに頬に手を当てて笑っているアルトリア。まぁ、高い酒だからな。
「仕方なかろう。金は出すと言っているのに、頑として受け取らないのだから」
「そりゃそうだろ………」
苦笑しながら、私達と飲んでいた男達を見るシュタール。
意味がわからん。お陰で遠慮して3瓶目は頼めなかったというのに。………後で買いに行こう。
「無自覚な仕打ちって、一番残酷よねぇ。うふふふふ」
酒が入ったからか、いつもより饒舌なアルトリアが笑いながらワインを煽る。ワインもなぁ、美味しいは美味しいんだが、やはり華蜜酒には及ばないのだよなぁ。
私は果実酒に口をつけると、シュタールに言葉を返す。
「それで?随分と楽しそうにナンパしていたお前は、何か収穫はあったのか?あぁ、女の収穫じゃないぞ?そんなものを聞かせたら蹴り倒すからな?」
「ナンパなんてしてねぇっての!!
俺も似たようなもんだが、ちょっと気になる話を聞いたな。
あ、ビール追加!」
ビールを注文しながら報告するな。緊張感に欠ける。
「気になる話とはなんだ?」
「ん?おお、なんか最近アヴィ教の聖騎士らしき連中が、この町をうろついてるみたいだぞ?
銀のプレートメイルと白いマントってだけだから確証はねぇけど、結構人数がいるらしい」
「巡回しているのか?」
「いや、そういうわけじゃねぇんだが、大公の城の周りをウロチョロしてるそうだ」
「酒場で鉢合わせになる心配がなくて良かった」
「まぁな」
嗜好品をあまり推奨していないアヴィ教の聖騎士ともあろう者が、昼日中から酒場に来るわけもない。まぁ、戒律で禁止しているのだから、本来は絶対会わないと言い切るべきなのだが、それが出来ないのが虚しいところだ。
「アタシもバーテンダーに色々聞いたぜ。ただ、シュタールに注意してから他の奴がしつこくてな、ろくな情報はねぇ」
「………レイラ………、………樽5杯………」
相変わらずだな………。最近はキアス殿から圏を買うため、随分と酒の量を控えていたみたいだが、どうやら目的を果たした途端、元の木阿弥らしい。
「全部奢りだから、懐は痛んでないぜ!!」
「………因みに、トイレに15回………」
「あ、テメッ!!ミレ!!そういう情報は秘匿しろ!!」
いや、むしろ一回も行ってなかったら逆に恐ろしいぞ?
今もレイラが座る椅子の隣には、火酒の酒樽が鎮座している。レイラの身長に届きそうなそれには、今にも燃え上がりそうな酒精を湛える火酒が満載されている。
ミレは酒の匂いから逃れるため、レイラとは正反対の席に移動してきていた。
「んで、バーテンダーの話じゃ、最近大公の城に酒や食料が買い込まれてて、パーティーでも開かれてんじゃねぇかって話だ。
お陰でこの店に卸される酒が減ったってボヤいてたぜ」
だから華蜜酒も置いてなかったのか。あれは高い上に量が少ないからな。しかも、卸し元にしても手元に取って置いた方が、より多く貴族から金を巻き上げられるという寸法か。
「ふむ………客は恐らくアヴィ教の関係者。聖騎士が複数人うろついていたとなると、枢機卿クラスの大物かもしれんな………」
聖騎士か………。相手取るのはいいが、またあの勇者がいたら厄介だな。
まぁ、介入してくるであろうキアス殿への対抗なのだとしたら、十中八九居るだろうな………。
「しかし、情報が商人にしかねぇってのも変な話だな」
ジョッキを煽るシュタールが不思議そうに呟いた。
「そうおかしな話でもあるまい。商人とは情報にさとい者、おまけにアムハムラ王国の影響で世界各地の有力商人はさらに勢力を伸ばし、情報をやり取りするためのコミュニティを広げている。今世界で一番情報に長けているのは、商人と言って過言ではない」
「いや、そういう意味じゃなくてよ。なんつったらいいのか………、ホントに『奴隷解放』なんて起こるのかね?ここの様子や、町を見る限り、そんな兆候は全然ねぇんだけど」
民間レベルで影響が出るのは、『奴隷解放』が発布されてからだろう。今は穏やかなのも仕方がなかろう。
「だってよぉ、それを知ってる商人ですらあんまり逃げてないんだぜ?」
ん?いや、商人達がこの国を離れたからアムハムラ王国に情報が伝わり、そこから―――
―――いや、逃げ出したのは、中堅層の商人ばかり。この国の大手商会はまだ健在で、もしそこが撤退でもしていれば騒ぎはもっと大きくなっているはず………。
住民、冒険者、店舗経営者が全く事態の変化を掴めないわけがない。それ以上に、そもそも『奴隷解放』がこの国にとって有益でないと誰もが思っているにも関わらず、それを強行する意味。
なんだ?何かが引っ掛かる。くそっ、少し酒が回ってきたか。
「今日はこの辺でいいだろう。明日の朝、もう一度話し合おう」
「だな。俺もちょっと酒が回ってきて、頭こんがらがってきたし」
「シュタールさんの場合、お酒が入ってなくても大抵は頭の中がこんがらがっているように見えますけどねぇ」
「アタシはちょっと飲み足りねぇな。もうちょっと………」
「………お金、また無くなる………。………あの人から武器を買えなくなるよ………?」
バーテンダーに支払いを済ませて、我々は店を出る。支払いの際に、
「店の酒が夜を待たずに完売するところでした………」
と苦言を呈されてしまった。全く、シュタールもレイラも飲み過ぎなのだ。軽く詫びつつ、外で待つ仲間達の元へ行く途中、喧騒のいくつかが耳に入ってきた。
「ウワバミを飲み負かした男、あの後ビールを10杯以上空けてやがったぞ………」
「ドワーフ殺しを5樽空けても素面ってなんなんだよ!?他のドワーフだったら1樽どころか1瓶でへべれけだって話だぞ!?」
「チクショウ………!!何が女が落とせる酒だっ!?2瓶飲ませても全然酔わねぇじゃねぇか!?」
「え?ワインもう無いの?なんだよー、品揃え悪ぃな」
「………お酒を飲めない女の子、可愛かったな………」
酒場というのはいつ来てもうるさく、益体の無い話が飛び交っているものだ。
「あ、シュタール、お前の分の部屋は無いから」
「何でだよっ!?」