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 遺言

 「そうですか………。わかりました。下がってください」


 「はっ!」


 私は部下からの報告に頷き、目を閉じて深く瞑目する。


 現状、嘆かわしい事にアヴィ教の立場は悪い。あのアムドゥスキアスとか言う魔王のせいである。なぜ勇者である私が、こんな苦境にいるかと問えば、魔王のせいだと答えるのが必然である。当然である。


 しかし、シュタール達を魔王が助けたという事実を、各国は一顧だにしなかった。一顧だにせず一笑に付した。


 『魔王が勇者を助けるなど聞いたことがない』


 と。


 私とてそう思った。しかし実際に起きたのだ!

 魔王は私の目の前に現れ、そしてシュタール達全員を連れ去ったのだ。


 少し前であれば、教会の言う言葉を半信半疑であれ考慮したであろう連中が、嘲笑するような返答を返してきたのだ。

 なぜこうなったのかは分からないが、これも恐らく魔王の策略だろう。


 教会は今や、内部分裂も看過できない域にまで達している。別宗派、派閥、分派、ひどい場合は内乱騒ぎまで出ている始末だ。貴族連中もうるさい。どれもこれも魔王の策略に決まっている!!


 でなくば神聖なるアヴィ教がこうも揺らぐはずがない。

 邪教に毒された別宗派等出来るわけがないのだ!!光の神は唯一絶対であり、全ての人々をあまねく照らしているのだから。


 魔王の魔手は、今や真大陸に広く、深く伸びている。こんな時こそ集結しなければならない勇者達は、1人はこちらの要請に罵詈雑言の返答を返し、もう1人は行方不明。シュタール達は、人間を裏切り魔王についたのだろう。最後の1人はもう数十年連絡がつかない。

 着実に真大陸は危機に陥っている。そして、それを知るのは教会のみだ。だから私は民衆の危機感の欠如を説いていたというのに………。


 なんという狡猾な魔王だろう。


 しかし、神の寵児たる私は諦めない。いつか必ず私の正しさが証明されるはずだ。







 「エヘクトル様っ!!教会内にスピリットが出ました!!」


 「何っ!?まさか教会に魔物が出るとは!」


 スピリットは低級ながら、物理攻撃の効かない魔物である。とはいえ、簡単な魔法で対処も出来る弱い魔物だ。聖騎士団に連絡するより、教会内にいた私に連絡した彼の判断は正しい。


 しかし、まさか神聖なる教会で魔物騒ぎとは、これも以前魔王が来たときに何かをしていったのか。


 「どこだ?」


 「それが、枢機卿猊下の執務室なのです」


 「なんだと!?まさか―――」


 私は足早にその部屋へと向かう。スピリットは、死した魂が魔物になって現れるともいう。枢機卿は全部で5人いるが、スピリットが現れるとすれば―――


 「やはり………っ!!」


 私の読み通り、そこは暗殺されたユヒタリット枢機卿の執務室だった。


 「神聖な枢機卿猊下ともあろう方が、魔物になるとは………」


 これも日頃の行いのせいだとでもいうのか。彼の汚職の発覚のせいで、教会ヘの風当たりは強くなったと言っても過言ではない。いや、全ての元凶は魔王だとしても、発端はユヒタリット枢機卿だった事は否めないのだ。


 「あ………。ま………」


 ユラユラと揺れる、青白く半透明の炎のような姿のユヒタリット枢機卿は、言葉にならない呻きを漏らしている。なぜかこちらに襲いかかって来ようとしないので、私は執務室に足を踏み入れた。

 罪人の魂とはいえ、早く楽にしてやるのが情けだろう。そう思っての行動だったが、私はそこで思わぬ事態に遭遇することとなった。




 「せ………い騎士、………エ、ヘクトル………」




 スピリットが喋ったのである。しかも、私を認識し、名前を呼んで見せたのだ。これに驚かずにいられようか?

 魔物とは、理性の無い化け物である。人の魂から生まれたスピリットとてその例に漏れない。

 しかし、このユヒタリット枢機卿の魂から生まれたスピリットは今、私の名を呼んだのである。つまり、ユヒタリット枢機卿の記憶を持ち、理性を持っている事に他ならない。


 「お久しぶりにございます、ユヒタリット殿。このような再会となり、とても残念です」


 「………ま、魔王が………。黒い………。お、誘き出すには………。羽が………、魔王の………、目的………儂は………、魔王を、倒す………、秘策………」


 支離滅裂なユヒタリット枢機卿の言葉には、いくつか気になる点があった。


 魔王を誘き出す?魔王を倒す秘策?


 「………奴隷………、解放………。………13………、………誘き出す………。………神の、ひ、悲願は………」


 奴隷解放?確かアムドゥスキアスがズヴェーリ帝国にてそんな宣言を………。


 「………第2………羽が………、………黒い………、………くろ………、………13………ま、お………。………誘き………、………動く………、………まち、う、うけ………うけ………ウケ………ウケ………ウケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ!!」


 「駄目か………」


 やはり魔物になれば、理性は消えてしまうようだ。

 甲高い耳障りな笑い声をあげ、襲いかかってきたスピリットを、私は敬意を持って焼き尽くす。


 「あなたのお陰で糸口が見えたように思います。ゆっくりとお休みください、ユヒタリット枢機卿猊下。

 『スピサ』」


 私の放った火の魔法、弱々しい火花は、あっという間にスピリットを燃やし、枢機卿の魂をも天に還した。残ったのは小さな魔石だけ。小さく、濁った輝きの魔石。あまり品質は高くなさそうである。枢機卿にまで上り詰めた男が残すには、あまりにちっぽけな欠片。

 しかし彼は、我々に確かなものを残したのである。


 「奴隷解放、誘き出す、待ち受ける。

 成る程。流石は音に聞こえた謀略と政略の枢機卿猊下ですね………」


 私は静かに微笑んで、その小さな魔石を拾い上げたのだった。





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