魔法使いと死の商人っ!?
「やぁ、キアス殿。今回も中々無理を言ったな。すまん」
「いやいや、アニーさんのためと思えば、あれくらいなんて事ないよ。僕としてもアニーさんに何かあったら困るからね」
食事会を終えて、僕らはシュタール達と別れダンジョンの最奥に戻ってきていた。時刻はそろそろ深夜になろうかという頃合い。僕は、アニーさんを魔王の間に呼び出した。
「そう言ってくれるのは嬉しい。だが、あまり贔屓をしないでくれよ?ただでさえウチのメンバーは全員君にベタ惚れなのだ。君が魔王だと知った時、茫然自失になりかねないぞ?」
「あはは。戦闘中であれば、それは由々しき事態ですね」
「笑い事ではないというに………」
ため息を1つ吐いて軽く肩を竦めるアニーさんは、すぐに表情を引き締めて僕に向き直る。
「して、今回は何用で私を呼び出したのだ?」
「ああ、そんな大した用じゃないんだ。君に渡しておきたい物があってね」
僕はシュタール達に渡したように、鎖袋の中から新たに武器を取り出す。
「打根という。矢のような形を持つ、一応投擲武器だ。穂先をオリハルコンで作ってあるから、滅多な事じゃ切れ味も落ちない」
矢のような外観をしているが、鏃は槍のように幅広で長い。槍の穂先から柄舌までを切り取って羽を付けたような形である。手の平サイズの小さな槍、といった方がしっくり来るかもしれない。
柄の後部からは長い紐が伸びており、末端には持ち手となる円環が結わえ付けられている。
「その持ち手はミスリルで魔法の発動補助式も完備。持って戦うによし、紐を使って振り回すによし、投げつけるによしと、幅広い戦い方ができる武器だよ。護身用に持っておいてよ」
売り付けるとなると高額になって、絶対アニーさんは買ってくれないからな。
「いいのか?」
「いざとなる時までは、あまり大っぴらに使わないでくれると助かるかな。ミレやレイラまで欲しいって言われても困るから」
「うむ。善処しよう」
作が僕であることは隠しようがないしね。日本製の武具って、やっぱりファンタジーの世界じゃ浮いちゃうから。あ、僕の作る武器は全部そうか。
「それとこれも」
「杖か?私はあまり発動補助に大がかりな物は持たない主義だぞ?」
「いや、違うんだ。これは杖じゃない。アンドレ、地下迷宮から魔物を1匹転移させたい」
『生まれたてのにしますね。最近は勇者に乱獲されて、全体のレベルが低下傾向にありますから』
「す、すまん………」
恐縮するアニーさんだが、謝るような事でもない。
転移されてきたのは、ヒュドラ。中級の魔物であり、本来僕なんかじゃ相手にもならない多頭蛇だ。
「随分と簡単に転移させたものだな」
「地下迷宮にはあらかじめ、僕が指定して発動させる事が出来る転移罠を用意していたからね」
「ああ、成る程。我々が初めて地下迷宮に入った時に嵌まったのがそれだな。道理で、その後一度も見なかったわけだ」
「ご明察」
僕らがそんな四方山話を繰り広げている目の前で、数多の鎌首から咆哮をあげて突っ込んでこようとするヒュドラ。
僕はそれに―――
「これの使い方は簡単。先端を相手に向け、ただ引き金を引けばいい」
―――銃声で答える。
ヒュドラの胴体、その数多の首が1つになる太い蛇の胴体に、小さな穴が開く。
「『装填』」
さらに一発。そして二発。
「『装填』『装填』『装填』」
ヒュドラがようやく動かなくなった頃、僕も引き金を引くのをやめる。
「キアス様」
「うぉっ!!」
ビックリしたぁ。振り返ってみれば、僕の背後にはパイモン、マルコ、ミュル、そしてフルフルまでもが揃っていた。銃声に気づいて駆けつけたのだろう。
銃声がうるさすぎて全然気付かなかった。やはり、銃を多用するのは僕としては避けたいものだ。
ではなぜ、アニーさんに銃を渡すのかといえば、彼女は僕の仲間ではあるが、ほとんど場合離れて行動している。いざとなった時に、僕や仲間がすぐさま駆けつける事ができないのである。それはトリシャやレライエもそうであるが、彼女達は比較的安全圏で動いているので問題はないだろう。
だが、アニーさんはダンジョンへ潜り、教会勢力と敵対してしまっている。しかし、だからといって―――
「アニーさん、これは本当にあなたの命が危なくなったときにだけ使ってくれ。それ以外では決して人目に触れさせず、もし使うならば、目撃者は信用できる者以外全員殺せ」
「―――っ!いつになく過激な事を言う………」
「この武器の構造、理論が欠片でも外部に漏れれば、将来この武器の子供達は数限りない命を奪うでしょう。
魔法の素養が無い者でも、誰でも強力な遠距離攻撃の出来る武器。もしこれを戦争の起こせる人間が知れば、どうなるかはわかりますよね?
それからでる犠牲は、あなたが殺さなければならない人数と比較して、多いでしょうか、少ないでしょうか」
―――僕はあくまでも、この世界に銃器という武器を浸透させたくはないのだ。
「成る程。アムハムラで君が聖騎士を手にかけたのは、そういう理由か。あの時も今のような轟音が聞こえた」
「ええ。あの時は追い詰められてやむ無く銃を使っちゃって。彼等が誰かと喋る前に、息の根を止めておく必要があったんだ」
「アムハムラ王は良かったのか?」
「彼はトリシャの父親だし、何より賢明な王だからね。空を支配するあの国にとって、銃を製造する利点はそこまで大きくない。むしろ普及して戦争になる事を恐れる筈だ。それでも力を求めて暴走するようなら、わからないけどね」
「ふむ………。確かにな」
魔法があるお陰か、この世界の火薬の重要度はさして高くない。暴発の恐れのある火薬をわざわざ戦場で使わなくても、高位の魔術師が1人いれば同等の火力は補えるし、遥かに安全だ。
僕はそれを維持したい。剣と魔法の世界は、どんなに高度な文明を築いても、剣と魔法の世界であって欲しいのだ。つまりはこれも僕のワガママなのだが、その結果が銃器の製法の秘匿ならば、なんら悪いとは思わない。
「因みに、手動での装填もできるよ。
あ、その場合は弾丸が違うから間違わないでね。あの『魔封じの紋』があっても使えるように、フリントロックとマジックロックのハイブリッドだから。
あ、魔法使わない場合は、ちゃんと魔石も黄鉄鉱に変えなきゃダメだよ。一応、こっちに弾丸と黄鉄鉱も用意してる。あ、あとこっちはマジックロック用。『装填』ってキーワードを使えば自動で排莢と装填が出来る。因みに、僕とアニーさんの声にしか反応しないから、他の人に持たせても意味無いよ。
それと、一回引き金を引くと、僕に報せが来るようになってるから。もし、どうしようもなく危なくなった時、この銃で対処できなくても一回撃って僕に知らせてね。飛んでくから」
「う、うむ………」
ちょっと急いで詰め込みすぎたかな。まぁ、これでいざとなった時はアニーさんの危機にも気付ける。
銃の危険はこれでもかってくらい伝えたし、アニーさん程賢明な人ならばそうそう濫用はしないだろう。
本当は仲間にだって、こんな無粋な武器は持たせたくなかったんだけどなぁ………。