地下迷宮は危険が一杯
「アニー、頼む!!」
「ああ!!『アネモス・ディミオス』!!」
俺が声をかけると、即座にアニーの風魔法が群がる魔物を蹴散らした。
「………今………」
「殿はアタシとアルトリアに任せな!!」
「あらあら、大変そう」
ミレの声に従い、俺達は魔物の包囲を抜けて走る。近接のレイラと、中距離で回復を担うアルトリアが追いすがる魔物を退け、すぐに続く。先頭はミレ。罠や魔物との遭遇に備え、警戒しつつも素早く通路を進む。
「………あった………」
前方に扉を見つけ、ミレがそこへ向かう。
ここ地下迷宮には、いくつか魔物の入り込まない部屋が用意されているのだが、最悪なのはあくまで魔物がいないだけであって、罠が無い保証など無いという事実である。扉を開こうとすると発動する罠、中に踏み込むと発動する罠、中で長時間過ごすと発動する罠、扉を出ようとすると発動する罠、一番性格が悪かったのは、扉を開けて中に入っても、その扉をすり抜けて平然と魔物が中に入ってくるという『偽物の部屋』だ。その部屋にあった出口はダミーで、完全に退路を絶たれたまま戦闘になった時は、本気で魔王を呪ったものだ。
話が逸れた。ミレが扉周辺の罠の確認をしている最中、それを守るのが俺達の仕事だ。俺とアニーで前衛後衛に別れると、間髪入れずにレイラとアルトリアが合流する。
「シュタールさん、確認できただけでビックスライム、ヤタガラス、クァール、ヒュドラです」
「おう!!」
聞くまでもなかったかもしれない。何せすぐに通路から現れたのだから。
「光穿剣!!」
通路に一直線に並んだ魔物の群れに、メル・パッター・ベモーで突っ込む。魔法と剣技を融合させた魔剣技『光穿剣』は、元々突貫用の技であり、剣でありながら槍のような性質を持つこのメル・パッター・ベモーとの相性が抜群なのだ。
光の魔力を纏った剣先が次々と魔物を串刺しにしては、強い光でその上半身と下半身を別離させる。
10m程進んだところで突貫をやめ、振り返る。いくら魔物が並んでいたところで、7、8m程の幅があるこの通路では討ち漏らしも多い。ここからさらに『光穿剣』で折り返しである。
「チッ!!シュタールのアホ!!空中のヤタガラスに全部避けられてんじゃねぇか!!」
「案ずるな、既に魔法の用意はしている」
レイラの罵倒に、アニーが答える。広範囲に攻撃するには、流石にそろそろ残りの魔力がヤベぇ。勘弁してくれ。
「でも、クァールとヒュドラに避けられたのは痛いですねぇ」
「使えない勇者でごめんなさいねぇ!!」
仕方ねぇじゃん!!メチャクチャ数が多くて、どれがどれだかわからなかったんだよ!!
アルトリアに痛い所を突かれ、折り返しで今度こそはとヒュドラに狙いを定める。こいつは毒持ちだ、早めに片付けるに限る。
「光穿剣!!」
通路の上部に風の槍襖が荒れ狂う。そのすぐ下を駆け抜け、狙い違わずヒュドラを切り裂いて皆のいる場所まで戻る。
「魔力が切れかかってんな………」
「私も少々マズい域だな………」
「私はまだ少し余裕がありますが………」
俺とアニーが魔力の残量に眉をひそめると、申し訳なさそうにアルトリアが言う。わかってるっての。アルトリアの魔法は回復と支援特化。魔力があっても戦闘面で大きな一撃にはならない。何より、広範囲攻撃が無くなるのが痛いな。
「こんの、クソ猫がぁ!!」
クァールにトンファーで殴りかかるレイラ。あいつもあれで疲労が溜まっていて、いつもより動きにキレがない。あいつの場合、攻撃が全部打撃だからな、無駄に体力を使うのだ。連戦すれば尚更。
「………扉、入り口、入り口付近の内部に罠無し………」
よし!
だからって安心はできねぇが、今はこの魔物の群れから逃れるのが先決だ。
「閃光剣!!」
なけなしの魔力を振り絞り、一瞬で素早いクァールを仕留めると、戦っていたレイラと共に部屋へ向かう。出来れば罠の無い安全な部屋でありますように!!
「はぁ………、はぁ………。この迷宮を造った魔王、ぜってー性格悪いぜ。間違いねぇ。エヘクトルなんざ、メじゃねぇよ………」
俺は部屋に入るなりへたりこみ、そう悪態をついた。
「確かに………、そうだな………」
頷いたのはアニー。かなり息が切れていて、辛そうだ。
「通路のど真ん中にあるのとか、戦いながら罠を解除しなきゃなんねーっつの!!ミミックだったりしたら目も当てれねぇ!!」
「まぁ、元々防衛機構なのだから、な………」
魔王の悪口に花を咲かせていると、なぜかアニーはばつの悪そうな顔で明後日の方を見始めた。罠でも探してるのか?アルトリアは元々、自分の興味の無い話には首を突っ込まないし、レイラは俺たちと同じようにへたり込んでいる。ミレは室内や出口周辺の罠の有無の確認をしている。こいつがいてくれて本当に良かった。じゃなきゃ何回罠にかかったかわからん。
「強くて数が多いとか、どんな理屈だよ?お陰でここに来たら、延々戦い続けなきゃなんねえっての」
へたり込んだまま、レイラが言い捨てる。 俺はそれに追従する形で愚痴を溢す。
「あとはあの転移罠だよなぁ。最初に来た時のよくわかんねぇ転移は最近見ねぇけど、こんな広い迷宮で転移なんてさせられたらどこがどこだかわかんねーっつの!」
最初にこの地下迷宮に足を踏み入れた時のように、何の前触れもなく無差別にパーティーを分断されるような事はあれから一度もないのだが、パーティー単位でどこかに飛ばされる、というのはよくある。おかげで、太陽も見えないこの地下迷宮では、方角や道順がわからなくなっちまう。
「つーかこの迷宮、どんっだけ広いんだよ………。アタシ等ぜってーかなりの範囲を通ったよな………?」
「転移のせいで、どれくらい進んでんのかはわかんねーけどな」
最悪、進んでも進んでも、何度も入り口付近に転移させられてる可能性もある。
「あ゛ー、クソッ!!」
疲れからか、最後に悪態をついてレイラは黙る。
まぁ気持ちはわかる。とはいえ、ここは魔王の防衛用の迷宮なのだから踏破が難しいのは当然とも言える。むしろ、わざわざ宝箱を落としているだけ好意的なんだろうな。まぁ、ムカつくけど。
「それで、どうする?」
「どうするったら?」
レイラが黙ったのを見てか、アニーが俺に問いかけてきた。
「私もお前も魔力の残量が心許ない。ここで休んでいれば回復するだろうが、私としては一度戻るのも手だと思うが?」
「だなぁ………。ベッドで寝てーし、何よりここにも罠がねぇとは限らねぇ」
ビクビクしながら寝るのは結構ストレスで、疲労が回復しきらない気がするんだよな。
「ここにマーキングしておけばまた戻ってこれるし、一度帰るか!」
「………無理………」
「うおっ!!」
ミレが急に話しかけてきたので驚いて声をあげちまった。相変わらず気配を消すのが上手いのはスゲーけど、一緒にいる時くらいやめてほしいもんだ。ビックリするから。
「ミレ、無理とはどういう事だ?」
俺の代わりに、アニーがミレに尋ねる。
「………アレ………」
ミレが指差す先には、この部屋の出口があった。
「この扉がなんだと―――なッ!?」
アニーが扉に近づいて絶句している。一体何なんだ?
俺も近付いてその理由がわかった。
「おい、これって………」
「ああ、懐かしいと言う程でもないだろう?」
その扉には、かつて俺達がアドルヴェルド聖教国で閉じ込められた牢と同じ、『魔封じ』の紋が刻まれていた。
「つまり、この部屋では魔法は使えないという事だ。勿論指輪もな。
………流石だな」
何が?