ソドムの街の冒険者達
「お、ソラス。戻ったのか」
「おうロドル!お前らも戻ってやがったのか!」
ソドム1の安宿『かぷせるほてる』の前で、俺はソラスに声をかけた。
「どうだった、今回の実入りは?」
「全然ダメだぜ。玩具ばっかで、マジックアイテムは数えるほどだ」
まぁ、戻ってきたってこたぁ、ソラス達のパーティーもなんとか人数分転移の指輪を手に入れたって事だ。俺達だって明日からまたダンジョンに潜るし、他人事じゃあねぇんだけどさ。
「それより見たか?ポゥのパーティーが信頼の迷宮を踏破してやがったぞ?」
ソラスが悔しそうに顔をしかめて答える。
「ああ、見た見た。『迷宮時計』だろ?2位になってやがったな」
『迷宮時計』は、広場の扉の隣に新しく出来た時計棟の事だ。
棟の中にはただポツンと石碑があり、パーティー単位で迷宮に潜っている奴等が上位10番まで列記されている。それは踏破した位置で順位付けされており、ポゥ達『アランの風』はつい1日前、この『迷宮レコード』の2位に躍り出た。
「惜しかったな。お前らも多分そろそろなんだろ?」
ソラスとポゥのパーティーは、ダンジョンに潜っている連中の中では1、2を争う実力者で、どちらが先に信頼の迷宮を抜けるか、互いに競争しあっていた。
『迷宮レコード』でも熾烈な2、3位争いを繰り広げていたのだ。これでポゥのパーティーが一歩リードしたわけだ。
「ポゥ達は戻ってきてんのか?」
「いんや。ポゥのパーティーの奴が1人だけ一回戻ってきたんだけどな、すぐ戻っちまったよ。困惑の迷宮について色々聞きたかったんだが、おっとり刀でとる物もとりあえずって感じで、取りつく島もなかったよ」
「おい、それって………」
「ああ。たぶん一回『死んだ』んだろうな。やっぱり困惑の迷宮からは難易度が跳ね上がるみたいだな」
ソラスもたぶん俺と同じ事を考えてる。
ここ、ソドムを拠点にする冒険者達の合言葉。
『命を大事に。死んだら生き返れない』
いくら普通の冒険者稼業より命の危険は少ないとはいえ、このダンジョンだって危険がないわけじゃない。
即死すれば生き返れないのだと、腕輪を買う時は毎回注意されている。無理に先に進まなくても、今なら信頼の迷宮でだってそれなりに稼げる。
商人に雇われてこんな早い時期からこのダンジョンに潜れたのは望外の幸運だったと言う他ねぇ。
商人の話では、しばらくしたらオモチャは大した値段で買い取られなくなるらしい。何とか俺達も、その前には困惑の迷宮に着いておきたいものだぜ。
「おいロドル、それよりお前は何やってんだよ?」
「あ?見てわかるだろ、カルタだよカルタ」
ソラスが不思議そうに俺の手元を覗き込んでいる。俺は、手元に読み上げる札の束を持ち、テーブルには絵札がバラ撒かれている。
「カルタってお前、それは1人でやる遊びじゃねぇだろ?」
「いや、俺って字が読めねぇからよ、前に仲間内でやった時惨敗しちまってな。んで予習つーか、まず字を憶えようと思ってな。このカルタには、これがあるからな」
俺はそう言うと、ガラスで出来た置物を出す。
「成る程な。これなら字を憶えるには最適だな」
ソラスが置物に触れると、可愛らしい声がそこから流れ始める。
『て、鉄は熱い内に打て、の『て』です』
「えーっと、これってハンマーの絵がある………、あ、これだな。で、これが『て』なら………、これが鉄は熱い内に打てって書いてあんのか………」
「よく出来てやがんなぁ。俺も子供ができたらカルタで憶えさせっかな」
「おいおい、バカ言うな。俺は子供ができたらここの学校に通わせんぜ!」
「あ、そうか。その手があった!!しかし、そうなるとここに定住するってことか?」
「他に行きたい場所なんかあるか?」
「確かに………」
金は稼げて、安全で、おまけに飯が美味い。今までアムハムラやその付近の国々に行ったが、こんなに冒険者が住みやすい場所は他にないぜ。
「となると、まずは家を買いたいよな………。ここって宿は安いのに、家は高いんだよ」
「ああ………」
今から少しずつ貯めてはいるが、パーティーは報酬は山分けだからな………。いつになる事やら………。
「あ、そうそう!」
暗く沈みそうになった雰囲気を、ソラスが打ち消すように明るい声をあげる。
「この置物の声って、あのウェパルちゃんにそっくりだよな!!そういえば、形もウェパルちゃんっぽい!!」
「バッカ、正真正銘ウェパルちゃんの声だよ。姿もだから、ウェパルちゃんを模してるんだろうぜ。何せ、あの子はマジで魔王の部下なんだからな」
「えっ!?そうなのか!?」
「ああ、街の連中がそう言ってた。しかも最近―――お、噂をすれば影だぜ」
俺は、通路の奥に現れたウェパルちゃんを指差す。
「か、髪型が変わってるっ!!今までも可愛いかったのに、さらに可愛いな!!」
「ダンジョンに潜っていたお前は知らなかったろ?お、一緒にいるのは『光の勇者(笑)と愉快な仲間達』のミレさんだ。2人とも、並ぶと本当に子供にしか見えねぇなぁ」
「光の勇者パーティーのミレさんか」
『迷宮レコード』不動の第1位、『光の勇者(笑)と愉快な仲間達』のメンバー、ミレさん。
寡黙で小さな女の子だが、なんと彼らは今現在地下迷宮まで到達している唯一のパーティーである。
そして、髪をあげていた時も可愛かったが、髪を切ってからはその魅力に拍車がかかっているウェパルちゃん。
この街の良心、ウェパルちゃん。くるくると色々な店を手伝ったり、住民の要望を魔王に伝えたり、ちょっと恥ずかしがり屋の女の子。
はぁ、癒される。
「あんな可愛いのに、魔王の配下なのか?」
「らしいぜ。何でも、死にそうになってた所を魔王に助けられたんだと。全く、ここの魔王は本当に変なヤツだぜ」
「人間を助ける魔王か。確かに変なヤツだ。でもまぁ、奴隷狩りされた連中を助けたり、悪いヤツではないんだろうな。たぶん」
その魔王の膝元で暮らしている時点で今さらではあるが、やはりここの魔王は変なヤツである。
でもまぁ、悪いヤツではないって意見には頷くべきだろうな。
稼がせてもらっている身としては。