番外編:私立迷宮学園
200話記念、番外編です。
それだけです。後にも先にも続きません。これっきりです。人気投票でもしようかと思っていたのですが、集計にかなり時間が取られそうなのでやめました。作者も気にはなるのですが………。
本編とは何ら関わりの無い、ただの思い付きで書いた話です。楽しんでいただければ幸いです。では、どうぞ。
キーンコーンカーンコーン。
実に牧歌的な風景だ。
白い校舎、広いグラウンド、突き抜けるような青空と、吹き抜ける清々しい風。
僕はそれを、日当たりのいい屋上から眺めていた。
「平和だなぁ………」
「何が平和ですか、キアス様。近々アヴィ校の連中が殴り込んで来るらしいですよ!番長なのですから、キアス様は先頭に立ってそれを迎え撃たなければならないというのに!!」
僕の独り言に答えたのは、女子生徒なのになぜか学ラン姿のパイモンだった。アッシュグレーの短髪と黒い肌。額からは天を突かんばかりの立派な角が生えた、ごくごく普通の女子高生だ。
「たってなぁ………」
番長とか言われてっけど、僕ってケンカとかからっきしなんだよね。それよりパイモンも日向ぼっこしよーよ。血なまぐさい話とかどーでもいいからさ。
「まったく。キアス様?そんな事では番長の座が奪われかねませんよ?」
「いいっていいって。むしろあげるってそんなの。元々ガラじゃないんだよね、番長なんて」
「はぁ………。舎弟である私の立場はどうなるのですか?」
「は?そんなの今までと変わらないだろ?それともパイモンは、僕が番長だから付いて来てくれてるのかい?」
僕がそう尋ねると、パイモンは勢い込んで否定の意を示す。
「そっ!!そんなわけがありませんっ!!私は例え、キアス様が魔王だろうとその舎弟となりますっ!!」
「ありがと。ははっ。しかし魔王って、例えが荒唐無稽だよ」
「あ、す、すみません………。なんか子供みたいなことを言ってしまって」
「いやいや、可愛いよパイモン」
頬を赤らめて黙ってしまったパイモンから視線を外し、僕は再びのどかな学校を見る。
別に番長としてではないが、この風景がアヴィ校のバカ共に蹂躙されるのは嫌だな。他の真面目なオークやゴブリンや人間の生徒達に迷惑をかけるわけにもいくまい。
さて、どうやって穏便にアヴィ校を撃退しようか。
「フルフルは、とりあえずみんな倒しちゃえばいいと思うの!!」
「バッカ、それじゃあ話し合ってる意味がねぇだろうが。っても、アタシにも名案なんざねぇけどさ」
「しかし、我らは生徒を守る義務がある。みすみすアヴィ校が攻めてくるのを看過するわけにはいかない。この学校が戦場になれば、一般の生徒にも被害が出かねん」
僕が召集したことで、僕の四天王が集結した。
セーラー服が可愛らしい、透き通るような水色の髪のフルフル。その矮躯からは想像もできない程の巨乳がセーラー服のカラーを押し上げている。
次にコーロンさん。彼女は大胆に短くされたスカートと、ヘソの見えそうなセーラー服の上から学ランを羽織るという、ちょっと突っ走ったセンスの出で立ちで机の上で足を組んでいる。だからパンツや尻尾が見えちゃってる。眼福眼福。
最後に、トリシャ。生徒手帳の見本のような、きっちりとした着こなしのセーラー服姿も、元々の素材がいいトリシャが着れば、ティーンズ向けの雑誌の表紙を飾れよう。因みに、彼女はこの学校の生徒会長である。
この3人にパイモンを加えたのが、僕の自慢の四天王である。
「大体よぉ!!」
コーロンさんの声が、生徒会室に響く。
「何でアヴィ校の奴等はアタシ等の学校を攻めようとしてんだ?」
パイプ椅子を揺らし、机の上の足をパタパタさせながら、面白くなさそうにコーロンさんが言うと、トリシャがそれに答える。
「決まっている。奴等は番長が嫌いなんだ。キ、キアス君が番長である以上、奴等は他に理由なんか無くとも攻めてくる」
「ケッ。胸くそ悪い」
そう吐き捨てるコーロンさんを見て、僕はおずおずと挙手する。
「あ、あのさ………。だったら僕番長辞めるよ。そうすればアヴィ校も攻めてこないし―――」
「何を仰るのですキアス様!?あんな奴等に阿り、キアス様が番長を辞すなどっ!!」
パイモンが僕の言葉を遮って熱く言うと、それにコーロンさんも強く頷く。
「そうだぜキアス!!あんな奴等のせいでお前が折れる必要なんざ何処にもねぇ!!アタシ等がお前を番長としてしっかりサポートしてやっから、お前はただふんぞり返ってりゃいいんだよ!!」
いや、僕は別にやりたくて番長してるわけじゃないんだけど………。
「それとキ、キアス君、お忘れですか?我が校に番長がいなくなれば、たちまち他校の番長が攻め入ってきますよ?武他校のコション、8校のアベイユ、辰巳校のオールとエキドナ等、好戦的な番長はいくらでもいるのですから」
トリシャの台詞に、暗澹たる気持ちで俯かされる。
そうだった………。僕が嫌々ながらも番長の座に甘んじているのは、他の番長達に攻められない為の防波堤の意味もあったんだ。
「ウチみてぇに普通の生徒と不良がごちゃ混ぜのガッコってのは珍しいからな。どっちつかずで大変だぜ」
「コーロン、それは言っても詮無き事でしょう。それよりもまず、対策を立てねば………」
うーん、やっぱり無理難題だよなぁ。
会議がやや膠着状態に入ったのを見計らってか、フルフルが話しかけてきた。
「キアス、喉がかわいたの。ミネラルウォーターかってきてなの」
「ん?オッケー。皆は何か飲みたいのある?」
「フルフル!!キアス様をパシリにするとはどういう了見ですかっ!?」
「いいっていいって。パイモンはいつものイチゴミルクでいい?」
「は、はぃ………。い、いえ!!キアス様が行くなら、むしろ私が!!」
「だからいいって。気分転換だよ、気分転換。ちょっと歩けばいいアイデアも出るかもしれないし」
「し、しかし………」
「じゃ、じゃあ、アタシもパイモンと同じので。たっ、たまにはコーヒー以外も飲みてぇしなっ!!」
「私はキ、キアス君が選んでくれるなら何でも………」
「オッケー。確かトリシャは紅茶好きだったよね。牛後の紅茶でいい?」
「はい」
パイモンがイチゴミルク。フルフルがミネラルウォーター。コーロンさんがイチゴミルク。トリシャが紅茶っと。僕ってこういうのすぐド忘れするからな。何度も確認しないと。
生徒会室を出ると、そこには2人の舎弟の姿があった。
「アニキ、お疲れさまです」
「あにき、ミュル、待ってた。えらい?」
学ランにモヒカン頭のマルコと、コーロンさん張りに各所が短いセーラー服のミュルだ。あ、学ランは羽織ってないよ。
「まだ話し合いは終わってないけどね。ちょっと飲み物を買いにいくんだよ」
「ついてく」
「てく!!」
2人揃って元気なことだ。よく考えたら5本も飲み物を持つのは大変だ。こいつ等に手伝ってもらおう。
自販機の前に着いた僕は、尻ポケットから財布を取り出す。
「ぁ、キアス、君………」
と、ちょうどそこに通りかかった生徒がいた。
犬の垂れ耳のようなサイドテールに、少々細すぎる体。セーラー服姿のウェパルだ。
「よぉ、ウェパル」
「ぁ、こ、こんにちは………」
相変わらず気の弱そうな子である。この子は、少し前までいじめられっ子だったのだが、僕の番長権限で強制的にそのいじめを解決して以来、結構仲良くしている普通の生徒だ。
いや、普通の生徒、というのはやや語弊があるか。今や、ウェパルには隠れファンクラブが出来るまでの人気がある。いわば学園のアイドルだ。
「運が良かったな。何か飲みたいのある?奢るよ?」
「ぇ、い、いえ、わ、悪いですし………」
「じゃあ僕が勝手に決める。完全無糖、大人のブラックコーヒーで」
「ぇぁ!?わ、私コーヒーなんて飲めませんよぅ………」
「じゃあ何がいい?3秒以内。いーち」
「ぇ、あ、ぇ、あ、あ、あの、じゃあキャロットジュース、お願いします………」
「了解♪」
僕はキャロットジュースのボタンを押すと、ガラゴロと音をたてた取り出し口から缶を取り出す。
「はいよ」
それを手渡すと、ウェパルは恐縮しきったようにぎこちなく受け取り、頭を下げた。
「あ、あの、ぁりがとぅございました………」
「いやいや、可愛いウェパルにジュースを奢るくらいなんでもないよ」
「ぁぅ………」
相変わらず照れ屋だなぁ。
「あにき、ミュルは?ミュルは?」
「ああ、うん。ミュルも可愛いよ。好きなの選んで。あ、マルコもね」
「わーい」
「アニキ、ありがと」
ついでに2人にもジュースを買ってやる。あれ?意外と出費がでかいぞ?
えーっと、確かパイモンがイチゴミルクで、フルフルがミネラルウォーター、コーロンさんがコーヒーで、トリシャが紅茶だったか。
僕とマルコとミュルは、冷たい缶を抱えながら、ウェパルと別れて生徒会室へと戻った。
「お帰りなさいませ、キアス様。ありがたく頂戴いたします」
「ははっ。ただのジュースだよ。普通に飲みなって」
「おいっ!!アタシが頼んだのはイチゴミルクだったろうがっ!?」
「あ、ごめんごめん間違えた。でもまぁ、普段はコーヒー党なんでしょ?不幸中の幸いだね?」
「え、あ、う、うん………。ゲッ、無糖じゃねぇか………」
「ありがとうございますキアス君。あ、ミルクティーですね」
「確か紅茶はミルク派だったよね?」
「はい。憶えていてくれたんですね………」
各々自分の物を受け取って席へ戻る。
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
そして再び訪れる重い空気。そこには僕が部屋を出ていく前と変わらない停滞があった。
と、その時―――
「あら、皆様お揃いで」
突然生徒会室の扉が開き、涼やかな声が乱入してきた。
そこには、オーソドックスな紺と白を基調としたウチのセーラー服とは違い、純白に金糸をあしらったワンピースタイプのセーラー服に身を包んだレライエの姿があった。
「キアス様、ご機嫌麗しゅう。他の皆さま方も、ごきげんよう」
「やぁ、レライエ」
彼女が着用しているのはアヴィ校の指定の制服である。しかし、外を警戒しているはずのマルコやミュルが彼女を素通りさせたのには理由があった。
「どうだい、調子は?」
「それはもう!!このレライエ、キアス様の御為とあらば、微力を尽くして全身全霊、獅子奮迅の働きを幾度でもお目にかけましょう」
つまり彼女はアヴィ校に潜入した僕の手の者なのだ。まぁ、勝手にやってるんだけど。
「うふふふ。アヴィ校は今や権力闘争の坩堝です。内部分裂に、内輪揉め、疑心暗鬼が渦巻き、とても我が校に攻め入るどころではありません。離反した者もおりますので、取り込まれるのがよろしいかと。お薦めは元生徒会役員のシュタール等ですね。他にはサージュやアオ等も生徒会から距離を置きがちですが、こちらは引き込めるかは未知数です」
相変わらずえげつないなぁ………。何をしたんだよ………。
「とりあえず、これで事件は一件落着って事でいいか?」
コーロンさんが全員を見回して訪ねると、一同が頷いた。はぁ………。やれやれ、人騒がせな。
「んじゃ、アタシはいっちょ裏番に報告してくっぜ!!あ、キアスも来いよ」
「何で僕がっ!?」
面倒くさいよー。会いたくないよー。
「いいから来やがれ!!」
ズルズルとコーロンさんに引き摺られて、僕は再び生徒会室を後にしたのだった。
「報告を聞こうか?」
校長室でふんぞり返っているピエロを無視して、僕らは机の上のスマートフォンに向き直る。
『マスター、コーロン。とっとと報告をしてこの茶番をとっとと終わらせてください』
「わ、私を無視するなっ!!」
校長のピエロなど今は問題ではない。いかにアンドレに怒られずにこの場を切り抜けられるか、それだけが重要事項である。
「報告っつってもなぁ………。レライエが相手側をぐちゃぐちゃにかき回してくれたお陰で、アヴィ校がこっちに攻めてくることは無くなったってだけだ」
『そうですか。つまりそこの番長とか言う役立たずは、今回何もしていないのですね?』
「え、あ、や、べ、別に何もしてねぇってわけじゃぁ………。さっきもちゃんと話し合ってたし………」
『わかりました。とりあえず、コーロンは下がりなさい。私はマスターと話があるので』
「え、あ、ぼ、僕ちょっと塾の時間だから―――」
『あなたはそこに正座していなさい』
「………はい」
校長の執務机の前に正座する僕。アンドレに見下ろされてる気分だ。
「あー、じゃ、じゃあアタシはもう行くぜ!!アンドレ、程々にな」
『あなた達もこのなんちゃって番長を甘やかすのは程々になさい。見なさいこの、甘ったれた顔。なんですか?おしゃぶりが欲しいのですか?』
「いらねぇよ!!」
『残念ながらここには、校長の私物である哺乳瓶しかありません。それで我慢なさい』
「絶対やだ!!うぇぇぇ………。ピエロが使うとこと、それを僕が使うとこ、同時に想像しちゃった………」
「ちょっと待て!!私はそんな物を持ってはいないぞ!!」
私立迷宮学園は、こうして今日も穏やかな喧騒に包まれていた。