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 強さ

 『まずはそれぞれの能力から確認したいな』


 キアス様は部下の選抜にあたり、まずはそう申されました。


 『能力、でございますか?』


 聞き返す妾に、キアス様は頷くと一枚の紙を取り出され、告げました。


 『まずは君の能力からだ。あんまり酷いようなら、君とは別の人を雇用するからね』


 冗談めかしてはいましたが、それが本心である事は否応なしにわかりました。その紙には、単純な算術の問題から、それを応用した土地の測量法の問題、法秩序の説明を求め、さらに問題が起こった前提でその解決策を記述する問題など、およそ統治者に必要な知識の基本を問う問題集だったのです。


 『こ、これは、アムドゥスキアス様がご用意されたものにございますか?』


 その時の妾は、驚愕とも好奇心ともつかぬ感情に突き動かされ、そう尋ねずにはいられませんでした。


 『ああ、うん。あ、全問正解しなきゃ登用しない、なんて無茶を言うつもりはないから安心して』


 気軽にそう言って笑うキアス様。正直なところ、妾は魔族ではそれなりに数字に強く、知識もある方だと自負してはおりましたが、その紙に書かれていた問題の半分ほどは、回答を導く兆しすら解らぬものにございました。


 円形の池の面積と、その池の内包する水量など、どうやって求めていいのか皆目見当がつきませんでした。


 妾は羞恥に赤面しそうになりながらも、回答した紙をキアス様に手渡しました。キアス様は、何やら不思議な筆を使って紙に色々書き込むと、優しく微笑んでこう仰いました。


 『そう恥ずかしがらないでよ。この紙に書かれているのは、君達が知らない法則や数式が無ければ回答できないものも多い。君はある程度算術に明るいようだし、登用するのに問題はないね。


 知識なんてのは、知ってて役に立つものではあっても、知っているから偉いわけでもないし、役立てるための意識がなければ豚に真珠さ。


 知識を使いこなす人と、その知識を広めている人が偉いだけで、持っているだけの僕なんて大したことはないんだよ。君、実際に真円形の池なんて見たことある?その池の中が完全な円柱状になっていると思うかい?』


 キアス様はもう一度笑って、手に持った紙を再度妾に手渡しました。


 そこには、妾が答えられなかった問題の解き方や答え、間違った箇所などを事細かに説明する赤い文字がありました。


 『そこに書かれたのは今の君だ。それをどうするかが、これからの君を形作っていくんだよ。


 なんてね。これはちょっとズルい言い方だよね、僕の場合。さて、他の志願者にもこのテストを渡さなきゃな』


 この時、妾はこの方の『強さ』を垣間見たのにございます。


 他者を引き付けて離さない、その求心力。パイモンの言うところの『人を魅了する才』。それを垣間見たのでございます。


 『力』とは、『強さ』とは、妾が求めるそれらとは、一体何の事であるのか。


 その日妾は、その答えに一歩近付けたような気がしました。




 キアス様は、母上の配下から返却された答案に苦笑しつつも、そのテストの結果を順位付けし、さらに妾と同じように解説をつけてテストを返却しました。返却も何も、このテストはキアス様が用意したものなので、この場合は譲渡というべきなのでしょうが、キアス様が『返却』と仰った事にならいます。


 結果としては、妾が半分も答えられなかった事からわかる通り、惨憺たるものでした。上位の者でも数問正解しただけ、という有り様で、キアス様の元へ向かう配下の選出の参考にはあまりならなかったのでございます。


 それから8日ほど、妾と母上は肩を並べて選出に苦慮に苦慮を重ねておりました。生半可な者を送り出すわけにはいかない。妾と母上は、そのような共通認識をもって厳選していきました。キアス様は、どこか楽しそうにそれに付き添い、各々の過去の功績や、得意分野の書かれた書類に目を通しておりました。


 なぜ、この状況で一番の当事者であるキアス様が楽観的であるのだろう。妾は、首を捻りつつも母上との話し合いを続けたのです。

 その日の昼、キアス様は志願者を全員一室に呼び出しました。


 『これからもう一度テストを行います。その結果を鑑みて、僕の方からオールに候補者を進言しますので、皆さん頑張ってくださいね』


 そう告げたキアス様の表情は、まるで悪戯を成功させた悪童のようにございました。


 『テストの問題は前と同じです。つまり、以前のテストをきちんと復習し、その経験をいかに自分の糧にしたかで結果は大きく変わるでしょう。


 向上心の無い者を雇用するつもりはありませんので、以前とほとんど変わらない成績の方は諦めてくださいね』


 笑顔でそう告げたキアス様を見て、幾人かは深く肩を落としておりました。


 結果は歴然。


 そも、以前は成績上位の者ですら正解数問という体たらくであったので当然ではありますが、努力をした者とそうでない者の差がハッキリと出た結果となりました。


 その成績の上位者からキアス様の支配地域へと赴く事が、つつがなく決まりました。そういった腹積もりがあるならば、最初から仰っていただきたかったのですが、


 『え?だって、経歴とか知るいい機会だったし』


 と返されてしまってはグゥの音も出ません。


 『いやぁ、しかしレライエさんは優秀だねぇ。まさか全問正解とは』


 『いえ、事前に問題の回答までご教示いただいておりましたので、お褒めに預かるような事ではないかと』


 楽しそうに笑うキアス様に、妾もつられて微笑みました。




 職務の引き継ぎや、その他雑務に追われ、ガロの町を経つ頃にはキアス様がここを訪れてから半月も経ってからとなりました。


 そして、それからは刺激的な毎日の始まりでした。生まれて初めて空を飛びました。立派なお風呂に入りました。キアス様の庇護下には人間もいる事に驚きました。キアス様があっという間に3つの町を作った事に驚きました。キアス様が一切の刃も交えずに侵略を行った時は、感動に胸が打ち震えました。


 短い、妾が生きてきた時と比べれば圧倒的に短い期間で、妾は多くのものを初めて見ました。


 好奇心。そう思っていた感情は、貪欲なまでにキアス様の事を求めます。趣味嗜好、異性の美醜の好み、その志の末。妾の心は、いつの間にやらキアス様に占領されておりました。


 そして運命のあの日、妾はこう告げられたのです。


 『レライエ。我が腹心たるお前に、ゴモラの管理を任せよう。その為には相応しき身分が必要である。我が真なる配下としての刻印を受け、永久の忠誠を誓え』


 キアス様はそう仰られました。妾は一も二もなく了承し、キアス様の足元に跪き、忠誠の証を賜ったのにございます。




 ………少々誇張した箇所があったやも知れませぬが、妾とて武人の端くれ、少々憧憬が入り込んだからとて誰がそれを責められましょう。




 今の妾はこう考えております。


 『力』とは、人を惹き付けるものである。いかに権勢を誇ろうとも、いかな武の才を持とうとも、それを認め、それに憧れ、その元に集ってくる者無くば、それは『強さ』とは呼べぬ、と。

 裏切りも、謀略も、確かに成功すれば一時の栄華は築けるでしょう。しかし、それはあくまで仮初めにしかなり得ません。所詮は借り物の威。脆き張り子の虎。


 真の『力』は、例え目に見える形がなくとも必ず他者を引き寄せるのです。


 1000年の後、妾のこの考えがどうなるかは、キアス様のこれからの覇道の末を見て決めましょう。




 願わくは、その未来においてキアス様の第1の臣下となっていとう存じます。





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