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 根底

 その者は、あろうことか母上の御前にグリフォンの背に寝そべりながら現れました。


 我ら、母上の配下の者は一様に同じ事を考えた筈です。


 『今日この時、この者は死ぬ』


 と。


 彼は第13魔王。『魔王の血涙』というあの不毛の大地を拠点とし、第11魔王を弑した魔王ですが、もし母上をあの程度の者と同等に扱っているのならば、それは我ら全員に対する侮辱に他なりません。母上が手を下さずとも、いざとなれば妾がその矮躯をなますに切り刻もうと思っておりました。


 さらに、あろうことかその小さな魔王は、母上の言葉を遮り勝手に話し始めたのです。これには妾だけでなく、その魔王の部下でさえ唖然とし、場はたちまち凍りついたように重い空気に包まれました。


 もしここで、母上が怒りに任せて暴れでもすれば、その巻き添えとなる可能性は決して低いものではありません。


 しかし、母上があげたのは怒りの咆哮ではなく、愉快そうな笑い声でした。


 妾は愕然としました。


 その者は、魔王と言うにはあまりにも脆弱な力の片鱗しか感じられず、まるでただの人間の子供のような印象であったからにございます。魔王といえども、生まれたての時期は脆弱なもの。その知識はありましたが、それでもこれ程までに弱そうな魔王は見た事がありませんでした。


 彼は妾の中では『弱者』に分類されていたのです。今思いだしても恥ずかしい、浅慮も甚だしい事ですが、若気の至りというものでございます。


 しかし、母上にはそうではなかったようです。


 母上は、まるで自らと同列であるかのように、その魔王をもてなしました。


 宴の席では自らの隣に座らせ、振る舞い酒を断られても気分を害することなく笑っていました。ここまでくれば、妾とてその魔王に興味が湧くというもの。一度紹介され、目を合わせても彼のどこを母上が気に入ったのかはわかりませんでした。


 その魔王の部下は、1人として振る舞われた酒に手をつけませんでした。これは正しい事です。もし仮に、我らが小さな魔王を害するつもりがあれば、まず切り崩すべきはその護衛。さらに、いざ事が起こったとき、酒で感覚が鈍っていては話になりません。そういう意味で、彼らは実に優秀でした。まぁ、内2人はどう見ても子供でしたが。




 突然、会場に緊張が走りました。




 あろうことか魔王が剣を抜いたのです。最早いつ殺されても文句など言えよう筈もない蛮行です。まさかこんな堂々と暗殺を謀る気なのかと、一瞬で戦闘体勢に入りました。それは魔王の部下も同じで、オーガは腰の得物を、グリフォンは立ち上がっていました。そして、一番異様だったのが2人の子供です。

 まるで獲物を見つけた獣のように、静かで、それでいて強い戦意を漲らせています。


 皆は戦いておりました。


 まさか、あの弱そうな、しかも新参の魔王の配下に、これ程までの手練れが居ようとは。

 気配だけでも彼らの強さはわかりました。ややもすれば、妾とて危ういまでの圧倒的な強者の気配。死線を潜り抜け、血で血を洗い、肉で肉を裂き、骨で骨を折るような戦場を生き延びた、自らが生きるため相手を殺してきた者の特有の気配。


 彼らはその容姿からは想像もできないような、古兵の威圧をもって我らの前に立っておりました。


 それを一瞥した魔王は、気にするでもなく苦笑して母上に剣を見せました。


 それは、見事という言葉が陳腐に思える程の名剣でした。いえ、妾にはそれ以外に称す言葉もなく、ただただ見事な名剣であると、それを打った刀匠を褒め称える思いでした。


 十中八九ドワーフの作、でなくば人間が作った物とばかり思っておりましたが、あっさりとその予想は外れました。


 その後、魔王に襲いかかった母上を、誰が責められましょう。誰もが夢見てしまったのです。『王者の黄金』と称えられたオリハルコン。母上のそれから作られた見事な武具で武装した我が軍。

 首尾よくその小さな魔王を母上が取り込めば、それは決して叶わぬ夢ではございません。

 ですが、その魔王が母上を拒絶するに至り、今度は別の理由で動けなくなりました。母上を支援すべきか、諫言し、この場を収めてから改めて武具の作成を依頼するか。どちらが正しく、どちらが誤りであるか、妾にはわかりませんでした。


 そも、母上を拒絶する者など、第3魔王、父上を含めても今までほとんどおりませんでした。例外として、エレファン様、タイル様、既に伴侶のいる第7魔王様が母上を拒絶されましたが、まさか生まれたてのこの魔王が拒絶するとは予想だにしていませんでした。故にこそ混乱し、故にこそ次に起こった事に対応をし損ねました。




 魔王の配下であるオーガが、母上を蹴り飛ばしたのです。




 例え母上の行いが目に余ったからとて、例え主である魔王からの要請があったからとて、例え敬愛する主だからとて、魔王を、それも第4魔王である母上に立ち向かうでしょうか?妾が彼女の立場であれば、絶対にしません。そして、驚嘆すべきは、実際に蹴り『飛ばした』という事実。

 母上は、紛う事なき三大魔王。変化していたからといって、その比類なき防御力は不変であるはずなのです。生半可な実力では、逆にオーガの足が折れていたでしょう。


 2人の子供といい、このオーガといい、なぜこの魔王に付き従っているのかがわからない程の手練れです。


 母上は、その小さな魔王に罰を受けました。


 それに関しましては、特段述べる事などございません。例え、遥かに力のある母上と言えど、対等な関係を望むのならばあれは悪手でしょう。我らの気掛かりは、第13魔王様が気分を害して去ってしまう可能性でした。しかし、彼はそのような狭量な振る舞いはせず、我らの望む最上の条件を提示してきました。


 オリハルコンの加工を条件に、期間限定での配下の雇用。


 誰も文句などあろう筈がありません。たった半年、それをたった10年続けるだけで、100のオリハルコンの武具が手に入る。正直、期間が10倍でも好条件と言ってなんの過言もありません。

 しかし、この時点で妾は彼に興味をひかれておりました。


 我らの望むもの、彼の望むもの、こうも見事にそれを両立させてみせたこと。


 正直を申せば、この時点で妾はキアス様に惹かれていたのでございましょう。


 なんとか母上を丸め込み、彼の地に10年勤める事は出来るようになりました。しかし、我らにとって10年というのはあまりに短い期間でしかありません。なんとか矢のごとく過ぎるであろうその光陰で、彼の『力』の本質を見定めようと思いましたが、その機会は思った以上に早く訪れました。




 母上の配下の中から、雇用する人材を選抜していた時にございました。





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