カーニバルナイト。離反っ!?
「お待ちください」
レライエの呼び止めに、3人の魔王は不思議そうに振り返る。
本来、護衛であるレライエに、この場での発言権はない。いや、発言したところでそれが取り合われる事はないと言った方が正しいか。
「大変興味深いお話です。特に第6魔王様、デロベ様のお話は」
だが、突然の成り行きに、僕はおろか、オールや小物連合の3人まで呆気にとられてレライエの言葉に聞き入らざるを得なかった。
「確かに、状況を楽しむという事は人生を謳歌する上で必要不可欠な素養です。
そして、妾には貴方の目的がただの一組織を作って終わりとは到底思えません」
レライエの台詞に、デロベは愉快そうに口端を歪める。
「妾は、御身の目的や、その行く末が気になります。この卑小な身に、どうかご教示いただけませんか?」
そ、それって………。
「それって口で言って伝えるもんでもないっしょ?俺の行く末は、お前のかーちゃんか、そこのアムドゥスキアスにでも聞いてくれよ」
「この目で見たいと申しております」
「お、おい、レライエ………」
声が震える。それってまるで―――
「つまりあんた、俺の下につきたいと?かーちゃんやアムドゥスキアスを裏切って?」
そ、そうだよ。そんな風に聞こえちゃうよ?
「そう申しております」
「キアス様!!」
足から力が抜ける。
パイモンが支えてくれなければ、無様にへたり込んでいただろう。
「どういうつもりですか、レライエ?事と次第によっては冗談でも許しませんよ?」
僕の肩を抱きながら、パイモンが敵意にも似た刺々しい感情を含んだ声で問いかける。問われたレライエは、普段の涼やかな大和撫子の顔だ。
「冗談ではありませんよ。妾は第6魔王様に付き従うことにしました。元々、妾がキアス様の元に赴いたのは、人材不足を補うためのただの雇用。母上の命によるものです。故に、真なる主に出会えた今、その方の元に馳せるのは当然の事」
「レライエ!!」
パイモンは『神鉄鞭』に手をかけるも、悲痛な表情でレライエの名を呼んだ。そして、もう1人。
「どういう事じゃ?」
金の髪をたなびかせ、前に出る幼女姿のオール。
「我は貴様が誰を慕おうと、何も言うつもりはない。
だがな、だからと言って我にも、キアスにも深く関わった貴様が第6魔王の側に付く意味がわからぬ貴様ではあるまい?」
実の娘に向けているとは到底思えない、低く、凄みのこもった声だった。
「はい。情報の漏洩を危惧しておいでなのですね。妾はお世話になった母上やキアス様に不義理を働くつもりはございません。魔王様方も、妾からその手の情報が聞けるとは思わないで下さいまし。不義理を強要するならば、妾は自ら刃を呑んで義理を通しましょう。
ですが、妾には母上の元で武芸を、キアス様の元で政を学びました。新しき組織を作るとなれば、必ずやお役に立ちましょう。
ですが母上、であるならば母上と妾は今日より袂を別つ事となりますね。今日まで育ててくれたご恩、レライエは生涯忘れません。どうか壮健で」
対するレライエは、涼しい表情と声でオールに返す。
「………意思は変わらぬな?」
「はい」
「いずれ殺し合う事になろうともか?」
「どなたに仕える事になろうとも、その可能性は当然でございます。
例え母上でも、キアス様であろうとも、この短槍と太刀でお相手いたしましょう」
「そうか………。………ならばよい………」
オールが1歩下がる。それはつまり、レライエがデロベに降るという事を認めたという事。
「キアス様にも、大変お世話になりました。ご恩はいずれ報いとう存じます」
「………」
僕は何も答えることができなかった。
「んー、ま、いいや。オールやアムドゥスキアスの反応を見るに独断っぽいし、いいよ。採用!!これからよろしくな!!」
「はい。我が身命の限りを尽くし、真なる主に忠誠を」
3人の元へ向かうレライエの背中に、僕は小さな声をなんとか絞り出した。
「………レライエ」
「はい。なんですか?」
「その………」
どうしよう。何を言うべきなんだろう。
「………。………頑張ってね………」
そんな事しか言えなかった。
「はいっ!」
嬉しそうに頷くレライエを、僕はただただ見送る事しかできなかった。
小物連合の3人とレライエが去った会場で、僕はただ立ち尽くしていた。
アベイユさんが、小物連合が出ていった後に、部下の人たちに会場の片付けの指示を出している。
「キアス様………」
心配そうに僕の顔を覗き込むパイモン。
「………大丈夫だよ。こういう場合も想定していなかったわけじゃないさ。仲間がいなくなるのは寂しいけど、レライエがそう判断したなら仕方ない。
ただちょっと………」
僕は肩に乗せられたパイモンの手に、自分のそれを重ねる。
「………もうちょっとだけ、こうしてて」
「………お安いご用です」
パイモンの温もりを背に感じ、レライエが出ていった扉を見つめ、僕はそれからもう少しの間だけ、立っていたい気分だった。