カーニバルナイト。開幕っ!?
僕達がようやく会場に着いたのは、タイル達が訪ねてきた次の日の夕暮れ時だった。中間地点のガロの町で一泊し、朝にガロを発ったというのにだ。
これは、やっぱり無理してでもオールに乗って来るべきだったか。でも、あんな思いは二度とごめんだしな………。
僕は僕の作った馬車が、空では最上の乗り心地なんだと知ったのだ。
うわっ………。
しかし、いざ着いてみれば、目も当てられないようなド派手な建物が視界に入ってげんなりとするハメになった。
いや、魔族が不器用ってのは知ってるよ?でもさぁ、だったらオールみたいに質素で簡単な宮殿にすりゃあいいじゃん。何でこんな不格好な建物が、ゴテゴテと飾り付けられてんの?
金とか銀とか、貴金属もふんだんに使われてるけど、彫金からして未熟すぎ。こんなん、余計安っぽいっての。
馬糞に金メッキしたって糞は糞。猫に小判なんてのは、これを見たあとではむしろ有効活用にすら思える。招き猫なんて、縁起物になるのだから。
まぁ、どう見たって作りにやる気が感じられないし、対外的に必要だから作った建物って感じだ。
はぁ………。いきなりやる気を削いでくれる。
タイルやエレファンに続いて、僕はその建物へと向かって歩み出す。因みにオールはなぜか幼女モードになって、勝手に腕を組んでいる。その為に昨日から幼女モードだったのか。
「普通は何日も前に現地入りして、暗殺用の罠がないかとか、食事に毒を盛られないかとか、色々気を回さないといけないんだ。だけど、ボクたちは遅刻しちゃったからね。
ま、他の魔王が調べてることを祈ろう。何かあっても、その罠ごと相手を叩き潰しちゃえばいいだけだしね」
うわー………。流石、ちゃんとした魔王様の言う事は違うや。僕なんか、そんな罠なんてあったら、一気にピンチになるよ。
ってアレ?
「確か魔王って、そもそも毒効かないんじゃなかった?」
つーか、毒殺できるなら結構簡単に暗殺できるぞ?
「ああ、うん。基本的には効かないね。勿論効く毒もあるけど、致死毒ってのはほとんど無い。さらに第5魔王に至っては本当にどんな毒も効かないし、逆に彼の毒を食らったら、ボクたち魔王と言えど数時間は動けなくなるだろうね」
「おいちょっと待て、ここって確かその第5魔王の支配地域だったよな?
うわー………。マジ帰りたい。今からでも引き返そうか」
「あはは………。そんなわけにもいかないだろぅ?もうここまで来ちゃってるわけだし。
毒を警戒するのは、むしろ護衛にだよ。こんなところで、むざむざ腹心を失うわけにはいかないからさ。まぁ、もしここで護衛が毒殺されるような事にでもなれば、まず間違いなく戦争になるね。
もしかしたら戦争になる前に、ここで決着するかもだけど。まぁ、その場合確実にこの辺り一帯は地図から消滅する事になるよねっ。あははは」
笑い事じゃねぇよ!!いや、マジで。
どうしよう………。マジで帰りたい………。もう他の魔王とかどうでもいいから、今すぐ帰ってみんなでお風呂はいろ?
「ようこそお越しくださいました。第1魔王、エレファン様で間違いございませんね?」
「ん。ボク、エレファン」
チッ、めっかった。
タイルやオールにも、魔族の係の人が確認をしていく。あれ?僕は?
「あなたは第4魔王様の護衛の方ですね。一応、お名前を窺わせていただきます」
ああ、そうか!
普通魔王同士で腕組んで来場したりしないもんね。全く、オールのせいだな。別に僕が弱そうとか、そういう理由じゃないだろう。うん。だって、パイモンとレライエと僕で、丁度エレファン、タイル、オールと人数が合うもんね。うん、うん。しょうがない、しょうがない。
「僕の名前はアムドゥスキアス。知らないかもしれないけど、北の方で魔王やってるんだ」
僕がそう言うと、マーマンのようなその魔族は、元から青かった顔を蒼白に染めてガタガタ震えだした。
「もっ………申し訳ございませんでしたっ!!」
それどころか五体投地で謝り始め、周囲からかなり注目を集めてしまった。やめてくれよ。僕、あまり目立つの好きじゃないんだよ。
「第13魔王様の御高名はかねがね耳にしておりましたが、そのお姿を伝え聞くことは叶わず、かような不始末を働いてしまいましたっ!!何卒、何卒命だけはお助けください!!」
「いやいや、ただ知らなかっただけで怒ったりしないって。ほら、顔をあげて?」
僕が言っても、そのマーマンみたいな人はガクブルで土下座を続けた。
勘弁してくれよ………。
ゴタゴタしている僕たちを無視して、エレファンがてくてくと会場に向かって歩きだしていた。僕がこんなに困ってるんだから、少しは手伝ってくれてもバチは当たらないと思うぞ?
それに気付いた係の魔族の人が、ラッパのような楽器を吹きならす。
うわっ………。これも酷い。
とにかく魔族は、文化と名の付く物を作るのが苦手なんだな。てか、マジで酷い。雑音ていうか、不協和音レベル。エレファンも耳を押さえて止まっちゃってる。
僕は、ラッパのような楽器を吹きならす魔族の人に歩み寄る。この人はアレだ。のっぺらぼうみたいな魔族だ。
あれ?何故だろう?なんかこの人もガタガタ震えだしたぞ?
「ねぇ、それちょっと貸して?」
僕のお願いに、膝をついて恭しく楽器を手渡すのっぺらぼう。口はあるけど。っていうかちゃんと見えてる?
「やっぱり。これ、演奏の腕以前に楽器が悪すぎるよ」
ちゃんと考えて作ってんのか?空気の通りが滅茶苦茶じゃないか。
僕が、鎖袋からいくつか工具を取り出すと、マーマンとのっぺらぼうがビクリと肩を震わせる。何でこんなに怯えてんの、この人達?
適当に空気の通り道を整え、何度か吹いてみてさらに微調整。
まぁ、いくら僕でもこんな短時間で、しかも元がこんな楽器から、高値で売れるような楽器は作れないけど、それでもなんとか楽器と呼べるだけのものには仕上がった。
最後に、試運転がてら演奏してみるか。曲は………。そうだな。ラッパだし、ハトと少年でいこう。
思いきり息を吸い込み、演奏を始める。
耳を塞いでいたエレファンが、キョトンとした表情で耳から手を外し、こちらに歩いてくる。
タイルはやたらニコニコしながら、そんなエレファンの側に並ぶ。
オールは腕を組ながら、何やらうんうん唸っている。
土下座していたマーマンは、始めはポカンとした呆気にとられたような表情だったが、何やら慌てて駆けていった。
のっぺらぼうの人は………。他の魔族と同じで、何やら憧憬の視線を感じる。いや、言っとくけど、僕の腕じゃなく曲がいいんだからね?
うーん。しかし、やっぱりイマイチだったな。もうちょっと歪みを無くさないと、綺麗に澄んだ音は出ない。でもそうなると、一から自作した方が早いぞ。何せこのラッパ、歪みだらけなんだもん。
「まぁ、こんなもんか。一応直しておいたけど、これからも音楽をやるなら、もっとちゃんとした楽器を使わないとダメだよ?」
「は、はぁ………。あ、い、いえっ!!あ、あり、ありがとうございました!!」
再び恭しくラッパを受け取るのっぺらぼうに、軽く笑いかけてから振り返る。
「キアス、上手。いい歌」
「あははは。ホントだねぇ。器用だとは思ってたけど、まさかここまでとは」
「うむっ!!見事じゃ!!
我が娘がここにおれば、是非とも歌わせてみたかったの!」
ああ、あのセイレーンとの子供?やめてくれって。完全に見劣りしちゃうよ。いや、この場合は聞き劣りか。
「いや、やっぱりあれは聞くに耐えなかったからね」
「ん。うるさい。キアス、上出来」
「魔族だと、あれくらいは普通なんだよね。元人間だった身としては、酔っぱらいの鼻唄の方が余程心地いいよ」
「うむ。そう考えると、やはりセイレーンは秀逸じゃったな。あの時子を成したのは間違いではなかった!!」
「僕も将来人を招く事も考えて、セイレーンをリクルートしにいこうかな?」
「あ、ならボクも連れてって。一度聞いてみたいし、もし本当に噂通りならボクも仲間にしたいな」
「ん。歌、毎日聞ける」
僕達がセイレーンの話に夢中になっていると、さっきののっぺらぼうがおずおずと話しかけてきた。
「あ、あの………、他の魔王様がたがお待ちですよ?」
あ。
既に扉は開いていた。