逢魔が時
会場には魔大陸中から取り寄せた、美酒、美食、美男美女が所せましと犇めいていた。
全て、我ら魔王をもてなす為である。
「これはこれは第5魔王、アベイユ・ファラス・アルナビ・エラフォカンタロス殿。本日は会場をお貸しいただき、誠にありがとうございました」
「………第10魔王、だったか?『逢魔が宴』となれば、会場を貸し出すくらいやぶさかではないがな、面倒な陰謀に俺を巻き込むなよ。下らん」
ふん。貴様は、我が深謀の一欠片も考え付くこと叶わぬ愚物なだけであろうが。
「申し訳ない。主催者の支配地域で宴を開くことはできない決まりですので」
思考を表情に出さず、慇懃に頭を下げて見せる。
ふん。こいつらは、相手に頭さえ下げさせていれば満足する小物だ。精々今の内にいい気になっておけ。我が策が成就した暁には、貴様ら全員が私に頭を垂れる番なのだからな。
「お食事の方はいかがですかな?この第10魔王、クルーン・モハッレジュ・パリャツォスが、腕によりをかけて魔大陸中から取り寄せた逸品揃いですぞ?」
「………悪くない。ただ、俺に毒は効かんぞ?」
「な、何を仰いますやら………。このクルーン、断じてそのような外道な真似などいたしません」
「………フン。道化師がよく言う」
この虫野郎。いつか絶対、その触覚を引きちぎってやる。
「時に、第13魔王の噂はご存知ですかな、アベイユ殿?」
「………第13………?ああ、第11を倒したという。聞いているが何か?」
「いえ、彼の第13魔王、もしかすればコションを皮切りに、魔大陸を統一しようなどと馬鹿げた考えを持っている可能性があるのです」
一気に畳み掛けて、このまま馬鹿を丸め込もうとしたのだが、アベイユはつまらなそうに酒をあおった。
「下らん。それが事実だったところで、貴様の虚言だったところで、俺のやる事は変わらない。俺は俺の民を守り、俺の民を栄えさせるのみだ」
「もし第13魔王が攻め込んできても、ですかな?」
「くどい。その時は俺自ら第13魔王を討てばよいだけの話だ。討てねば、俺はそれまでの男だったという事。
何度も言うが、貴様の下らん謀略などに俺を巻き込むな。目障りだ。消えろ」
チッ。所詮は虫か。ろくに考えることもせず、ただ戦うなど愚の骨頂。玉座に着いたまま、他者を動かして勝ってこその王だろうが。
「流石は勇ましき武人、アベイユ殿。私もかくありたいものです。それでは、他の方々にも挨拶がございますので、これにて失礼させていただきます」
鬱陶しそうに手を振るアベイユから離れ、私は次の標的を定める。
全く。魔王というのはどいつもこいつも自分本意で困る。
「これはこれは第8魔王、エキドナ・ジャナフ・フィズィ殿ではありませんか。相変わらずお美しい」
「あぁ………。第10の………。何?」
上半身から生える蝙蝠のような翼を広げる美女が、気だるげに返事を返してきた。
「第7魔王様の事は………」
「………アンタに悼まれる理由はないわ………。もう昔の話だし、息子達も大きくなったしね………」
フン。たかが男が1人死んだくらいで、いつまでも情けなく落ち込みやがって。ゆくゆくはこいつも私の女として侍らせてやる。
「そうですか。失礼しました。ただ、お耳に入れたき事がございまして。
最近何かと噂の絶えない第13魔王なのですが、どうやら彼の者、魔大陸と真大陸との通行を完全に遮断してしまったようなのです。これでは憎き人間共に、第7魔王様の無念を知らしめてやる事も出来ません。さらに―――」
「あのさぁ………」
私がなおも、心にもない口上を述べようとしていたら、この女は物憂げな言葉に力をこめてそれを遮った。
「聞こえなかった………?アンタにあの人の死を悼まれたくないの。あの人は武人として生きて、武人として死んだの。アンタみたいな小悪党が語っていい死に花じゃないの。………消えて」
フン。本当に魔王という輩は自分勝手な者共だ。
「失礼いたしました。私も第7魔王様のような、一角の武人となれるよう、より一層の精進を重ねる所存でございます。では、主催者として他の方にも挨拶をせねばなりませんので、私はこれで失礼いたします」
チッ。アベイユとエキドナという強力なカードをこちらに抱き込めれば、計画はより完璧になったものを。三大魔王は姿を見せないし、他は小物ばかり。まぁいい。今のままでもあの新参者を痛めつけるだけの戦力は充分だ。
コションのような馬鹿ならいざ知らず、私が指揮する軍団に新参の魔王が対抗できるわけがない。
さらに、あの魔王を配下として支配すれば、あの魔王の持つマジックアイテムや、あの城壁を築く技術力が手に入る。そうなれば最早勝ったも同然。魔大陸だろうが、真大陸だろうが好きに攻め滅ぼせる。
既に、私に賛同する魔王はいるのだし、相手は高々新参の魔王とそれに付き従う者共。はっきり言って小勢もいいところ。実際、私だけでも攻め滅ぼすのは容易いだろう。
フン。精々今の内に楽しんでおけ、魔王共。私はいずれ、真の大魔王として世界を手に入れてみせる。
突然、管楽器の音色が会場に鳴り響く。くっ、やはり魔族に楽器など持たせるものではない。酷い音色だ。
だがこれが鳴ったという事は、新たな来客が訪れたという事。そして『逢魔が宴』に訪れるのは魔王のみだ。今ここにいないのは、例の第13魔王以外は三大魔王のみ。第13魔王は招待していないのだから、必然、訪れたのは三大魔王となる。
あの三大魔王の誰かを巻き込めば、計画はより完璧だ。第13魔王め、今日この時、貴様の命運は決す。
「ん?」
中々扉が開かず、下手くそな楽器の音色が響き続けている。まさか、ただ兵士が楽器で遊んでいるわけではないだろうな?
もしそうなら、そいつは八つ裂きにしてから、食らい尽くしてやる。
「………あら?」
エキドナが感心したように呟く。私も、驚いた。楽器の音色が先程より遥かに澄みわたり、曲も拙いどころか見事な音楽を奏で始めたのだ。
まさか、魔族にこれ程の技術を持つ者がいるとは思わなかった。人間にだってひけをとらない演奏じゃないか。
「だ、第1魔王様、第2魔王様―――」
今まで何をしていたのか、ようやく来訪した魔王の名が告げられる。
あの2人の魔王は、いつもワンセットのようなものだ。一緒に訪れたからとて、別段驚くようなことでもない。だが、次に告げられた名に、会場は少なからずざわめいた。
「―――第4魔王様―――」
まさかあの3人が連れだって現れるとは思わなかった。だが、私にとっては好都合以外の何者でもない。
だが、さらに告げられた名に、会場は今度こそ大きくどよめいた。
バカな。
それは、告げられる筈の無い名前。
「―――第13魔王様、御来訪」
扉が開かれると、そこには三大魔王に囲まれ、管楽器を吹きならす、人間の子供のような男がいた。