穏やかな日っ!?
玩具の総売上は白金貨1枚と金貨29枚銀貨48枚になった。シュタールとの取引と比べれば少なく感じてしまうかもしれないけど、充分な利益だと言ってなんの過言もない。
僕はこれを、全て活版印刷の初期投資に注ぎ込んだ。どうせあぶく銭だしね。
なぜ僕が活版印刷にこれほど執着したかと聞かれれば、ネージュ女王に説明した理由も勿論あるのだが、きっかけはアカディメイアの教本である。
あれ、メチャメチャ高いのだ。
しかも、本である以上破れるし、壊れるしで、絶対に買い直さないといけない。そんな時、またあんな値段で本を買うのはごめんなのだ。アカディメイアの本を全て買い直していたら、余裕で破産できる。
そんな、切実な懐事情と、北の国々への利益供与と、マジックアイテムの値上げ工作と、アヴィ教への牽制も兼ねた一石二鳥三鳥四鳥の計画。それが活版印刷を普及させる目論見だ。
ホント、頼むからアカディメイアの本が壊れる前に普及してくれ、活版印刷。
ネージュ女王国や他の北の国で暗躍し、ようやくダンジョンに戻ってきた僕は、早速ウェパルを呼んだ。
「おかえりなさい!ご主人様っ!!」
元気がいいなぁ。
「ソドムで何か変わった事はあったかい?」
「冒険者の方が2組増えました!今は全部で50組ぐらいが、ソドムに滞在しています。でも、商人さんはまだ20人くらいですね………。中々増えません。
あ、でも、ソドムにいる商人さんは、皆さん大儲けしてるみたいですよ。おもちゃがよく売れるので、ソドムに進出した分の資金の回収は済んでるそうです。あとは冒険者の人達が、マジックアイテムをもう少し多く持ち帰ってくれれば、爆発的に売れるのにってぼやいてましたっ!!」
ムーブメントを作るだけの量は、まだ外に流れてないからな。商人や冒険者も、自分達で使う分のアイテム集めに忙しいのだろう。
「ご苦労様。助かるよ」
ウェパルには、ソドムで起こる事件や、街の様子なんかを報告してもらっている。
これが意外と役に立つ。
住人や商人も、ウェパルには口が軽く、今回のような商人の懐具合まで探ってくるのだから中々侮れない。
「さて、これでしばらくはゆっくりできるな。三国も活版印刷を軌道に乗せるのは時間がかかるだろうし、魔大陸にも問題はない。商売は困らないだけの金は稼がないといけないけど、それくらいの仕事は忙しい内に入んないしね」
「はいっ!ご主人様は働きすぎですっ!みんなちょっと心配してるんですよ?」
ああ、レライエなんかあからさまだよね。まぁ、彼女も頑張ってるし、いつまでもお客様扱いってのも誠意がないよな。暇になったし、彼女の意見も聞きつつ武器でも作るか。戦闘が出来る仲間にはほとんど持たせてるのに、レライエだけ無しってのもね。やっぱ弓がいいのだろうか?
そんな風に、穏やかな時間を夢見ていた僕の目論みは、あっさりと崩れる事となった。
「キアス、しゃんぷー、なくなった」
「やぁ、キアス君。タイルお姉さんが遊びに来たよ」
なぜかエレファンとタイルが、リビングで寛いでいたのだ。
「第1魔王様と、第2魔王様がゴモラを訪れ、キアス様との面会を希望されたので、お通しいたしました。パイモンに相談したところ、その方が良いとのことでしたので。申し訳ありません」
脱力する僕のとなりで、レライエが深々と頭を下げる。
「いや、レライエのせいじゃない。予想外の事に動揺しちゃったけど、確かにここに通してくれた方が手っ取り早かった」
そう労いつつ、僕は2人の元へと歩みでた。
「2人とも、久しぶり。突然だけど、今日は何の用で?」
「しゃんぷー」
相変わらず、容姿は絶世の美女なのに、言動が幼いエレファン。
「あれあれ?ボクとキミは、アポイントメントを取らなきゃ会えないような、そんな冷たい間柄だったかい?」
そして冗談混じりに笑うタイル。
「いや、いつでも遊びに来ていいよ。ただ、もし面倒な話があるなら先に済ませておこうかなと思ってね」
「そっかぁー。それにしても驚いたな。つい4ヶ月前はただの荒野だった『魔王の血涙』が、今や立派なキアス君のダンジョンだもん。あの空飛ぶお城は絶景だったね。飛んで近づいたら、叩き落とされちゃったけど」
「叩き落とされる程度で済んだのか………。あれってほとんど即死トラップなんだけどな………」
まず、強力すぎる重力で即死。生き残っても強力な重力によるブラックアウトから、地面への自由落下。重力加速度も相まって、普通の人間が落ちたら地面に残るのは液体だけだろう。
それが効かないとなると、この2人にはマジでダンジョンをクリアする事も可能かもしれない。
「まぁ、用がないってわけでもないんだ。面倒くさい話なんだけどね」
「やっぱり。ようやくゆっくり出来ると思ってたのに………」
「あははは。忙しいみたいだからねー」
まぁな。こちとら魔大陸と真大陸で暗躍しているんだ。魔大陸側の事は知ってても、真大陸で僕がどれだけ苦労しているかは知らんだろ。
「実は、近々魔王達が―――」
「タイル、ボク、お風呂。しゃんぷー、ない」
せっかく用件を言おうとしたタイルの話の腰を、エレファンがポッキリ折ってしまう。
「あははは。お姫様がこう言ってるし、話はお風呂から上がってからにしよう。確か、お風呂では面倒くさい話って嫌いだったよね。あ、キミも一緒に入るんだろう?」
愚問の名に相応しい問いだ。入いらいでか。