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 情報産業と競争

 「情報産業?」


 耳慣れない言葉だ。


 しかし、意味はわかる。つまりは情報を売り物にするという事だろう。だが、国として得る情報は、国のために使うべきであり、軽々しく他国や巷間に流すべきではないはずだ。


 「情報産業と言っても、別にテレビや電話を作るわけじゃありませんし、インターネットなんて夢のまた夢でしょう」


 よくわからない言葉を羅列する魔王。意味がわからない。


 「あなた達に作って欲しいのは、新聞です」


 「新聞とはなんだ?」


 「あー、瓦版と言ってわかりますか?」


 「市井での出来事が綴られた紙のことか?」


 「その通り。あれをもっと大規模に、それこそ真大陸全土を網羅する程の情報媒体をあなた方には作っていただきたい」


 「しかしな………。我が国が得た情報を、他国に金で流すという方法は感心できんな。我が国の心証が悪くなる上に、確かに金にはなろうが我が国の諜報が筒抜けではないか?」


 「あー、やっぱり国家運営ばかりを取り仕切ってると、視点がマクロなんですね。商売相手がまず貴族なんですもん。


 違いますよ。僕が提案しているのは、王国空運、商業組合との提携の元、商業に使える情報を売る事です。

 王国空運のあるアムハムラ王国には、沢山の情報が集まります。ただ、あの国がその玉石混淆の情報を精査しているような暇はありませんし、ましてや紙媒体にして売っている余裕もありません。

 それを商人に向けた情報にして巷間に伝えるのが商業組合なのですが、商業組合は独自の商売が禁じられています。

 まぁ、あれだけ大規模な組織ですから、稼ごうと思えばいくらでも稼げるのですが、その分他の商人を圧迫してしまい、商業の衰退にも繋がってしまいかねないので当然です。そんな組織に名前を置きたい商人もいないでしょうし。


 非営利組織に近い商業組合だからこそ、情報伝達には時間がかかります。アムハムラは別として、情報のやり取りに時間とお金、さらに人員を割いている余裕がないのです。情報量が膨大すぎて、専門の部署が必要になりますし、その為の人件費も必要です。しかも、情報料を取る事もないので、完全にタダ働きです。あくまでも広範囲の情報を世間話程度にするのが今までの商業組合でした」


 「あれはそもそも、商人の数とその懐具合を調べるために、天帝国が提案し、他の国々が出資して作り上げた組織だからな」


 「へぇ、それは知りませんでした。面白い情報をいただきました。ありがとうございます。


 商業組合の情報伝達の遅さを説きましたが、今現在、アムハムラ王国の商業組合はそうではありません。というのも、全国から情報が集まるアムハムラ支部の情報は他国の商業組合、商人にとっては垂涎の的です。要請がある以上、その情報は各支部に伝えないといけない。しかし、大規模な建物と多くの人員を配したアムハムラ王国の商業組合でも、捌ききれない量の情報が今のあそこには溢れているのです。

 新聞があれば、情報の精査を外部委託にできますし、この国が儲かれば商業組合への出資額も増えるでしょう。さらに、情報を流す相手が一商人ならば問題があっても、それが国ならば軽々に悪用される心配もない。そんな事をすればアドルヴェルドの二の舞です。


 この国が新聞を発行する事で得る利益は3つ。


 1つは当然ながらお金。商人向けの情報なのですから、商人に売れないわけがない。不作だった土地では食料が高騰し、逆に豊作であれば値段は下がる。王国空運があれば足は問題ありませんし、商売の形態も大きく変わる事でしょう。情報をいかに扱うかがこれからの商人の腕の魅せ所です。


 2つ目が情報。

 情報を扱うという事は、情報に長けるという事です。国益にも繋がりやすい。それは、アドルヴェルドの台頭を知っているあなたには今さらな話ですがね。


 そして3つ目。

 それは、情報統制です。

 今、北方四国は情報に長ける教会勢力と敵対とまではいかなくても、距離をおいています。残念ながら、未だ教会勢力の強い土地では、貴国が魔王の手先であるかのような噂が流れています。

 今までのあなたと、僕にはほとんど繋がりなんかなかったんですけどね。

 しかし、あなた方が情報の発信基地となれば、その誤解を解く事も容易い。勿論、真実を歪めて自分達に都合の良いように情報を改竄することも可能でしょう。あまりお勧めはしませんし、僕としてもその対策は講じています」


 「対策?」


 「ええ。実はこの話、ガオシャン皇国や、トルトカ共和国にも持っていく予定なのです。

 あまり無茶な情報の改竄をしすぎれば、他国の新聞に人気をさらわれます。まぁ、紙、機材、インクをそれぞれがそれぞれの国に頼らなければならない関係上、結託する事も可能でしょうが」


 そういえば、トルトカ共和国は多種多様な染め物が特産になっていたな。あの国は、元々内乱が多かった小国が寄り集まって出来た国だ。様々な文化様式を持ち、様々な方法で布を染めるあの染色技術があれば、活版印刷機に使うインクも独自に開発できよう。


 「まぁ、トルトカ共和国には、ある程度インク開発のヒントも与えないと不公平ですよね。お互いがお互いを監視して、競争してくれなければ僕の目論みは成就しません」


 「あなたの目論み?」


 そうだ。この話、一見誰もが損をしない話に聞こえるが、この魔王だけに利益がない。


 「あなたの目論みとは?」


 「僕の目論みって言われても、色々あるんですよ。


 まず、この機会にさらにアヴィ教から、力を削ぐことです。教会の武器は情報と信者の数ですから、情報の流布をアヴィ教に握られてては、いつまた魔大陸に軍隊が押し寄せる事やら………。


 次に、まぁ俗っぽい話ですけどお金です。情報社会の発展にともない、僕のマジックアイテムの価値が底上げされます。より早く、より正確な情報を得るには、僕のマジックアイテムが不可欠ですから。

 元から高額な商品なだけに、利益も大きいんですよ。


 そして、あなた達に貸しを作る事。


 これって結構大きな利益ですよね?」


 「魔王への貸し借りなんて曖昧なものが、私たちの首枷になるとでも?」


 「あははは。

 確かに確かに。僕への借りなんか無視して、敵対行動をとってもらっても全然構いませんよ?

 でも、得る可能性のある物に比して、失う可能性のある物の方が多い事はわかっていますか?


 その場合陛下の、ひいてはネージュ女王国の北における信用はどうなるでしょう?例え他の三国と結託したところで、僕からの借りを反故にしたという事実が、今のような信頼関係に全く悪影響がないと思っているならば、どうぞどうぞ。

 僕としては、その場合被る被害は、微々たるものです。ああ、あなた方の主導で魔大陸侵攻をしたりすれば話は別ですが。その場合、僕の数倍あなた方に被害があるのは、言うまでもありませんよね?」


 この魔王っ!!


 「フフフ。そうムキになるな。ただの軽口だ」


 「あははは。わかってますよぅ。まさか、女王陛下ともあろうものが、飢饉という不幸な過去の上に成り立った、北の各国の信頼関係を軽んじているなどとは思っていませんから」


 人を食ったように笑う魔王に、苦々しい思いを感じながら私も笑い返した。


 状況は完全にこの魔王の手のひらの上だった。


 アムハムラ王国の利益を侵害せず、しかし立地的にアムハムラに集まる情報をいち早く処理できる三国に有利なこの産業。アムハムラは持て余していた情報を利用でき、我々は真大陸各地の情報を得つつ、その情報を金に替える。


 成る程、我々の望む新たな産業にこれでもかとばかりに合致する。


 おまけに商業組合も、タダ働き同然の仕事から解放され、北の三国からの出資額は増える。商業組合との太い繋がりが出来ることは、我々にとっても好ましい。


 魔王にとっても、我々が情報の改竄をする以上、北の各国が望まない魔大陸侵攻は起こりにくくなる上、自らも金を稼ぎ、敵対組織であるアヴィ教に対する大きな牽制とするわけだ。


 確かに全員得をしているが、魔王の取り分が多すぎるのではないか?さらに、我々に貸しを作るとまで言っているのだからタチが悪い。


 まぁ、発案者が魔王である以上、文句はないのだが。


 いつか子供みたいなその笑顔を泣き顔にしてやりたいと、切実に願う。







 「成る程!!出版業を皮切りに始める、公の諜報及び情報操作。流石女王陛下!!」


 議長である宰相は、会議そっちのけで頷いた。


 「既に活版印刷機は120台ほど用意してあります。あとは他の三国と商業組合との協議です」


 「もうそんな段階までっ!?」


 伯爵の1人は、驚愕の眼差しで私を見る。

 魔王との関係をこの者達に告げるわけにはいかないとはいえ、これでは私が重臣達に隠れて事を進めていたみたいではないか。

 魔王からもらった活版印刷機も、よく考えれば自分達で作ればよかった。その場合時間はかかっても、このような嘘を言う必要などなかったのだから。


 「申し訳ありません。万が一にも情報が漏れれば、この計画は立ち行かないと思ったもので」


 「い、いえ。女王陛下に謝っていただくような事では!!」


 慌てて恐縮する伯爵に、私は本当に申し訳ない気持ちになる。あの魔王、確かに助かったし、借りも認めよう。だが、絶対にいつか泣かす。


 「これからはますます忙しくなります。皆さん、どうか私に力を貸してくださいね?」


 私の言葉に、皆敬礼で答える。


 はぁ………。会議の結果が出ても、前より忙しくなりそう………。





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