異世界の水は、本当に肌に合わないっ!?
海。
生命の母であり、故郷であり、根元である。海水は塩分を含み、その塩は人間の生活において必要不可欠であり、海の無い土地では同じ重さの銀と交換する場所もあるらしい。
『私に何か言いたいことは?』
「よく考えず物を造りました………。助けてください………」
昨日と全く同じ台詞を言う僕とアンドレ。
場所は今日起き抜けに造り上げた、真新しいキッチン。
そのシンクには、小さな小魚がピチピチと跳ね、パイモンの両手には、魚、エビ、カニ、イカ、タコ、名称不明の生物等、種々雑多な海の幸が抱えられている。
なぜこんな状況になったのか、説明するには少しだけ時間を遡らなければならない。
朝。朝だ。
生まれて初めて迎える朝。そう思うと、実に感慨深い。
パイモンから借りた毛皮からモゾモゾと出て、室内を見渡す。
余談だけど、毛皮って結構臭いのね。
何もない。ただただ白い室内は、殺風景にも程がある。無機物であるガラステーブルや、陶器の食器、銀のスプーンとフォーク等の家具は簡単に造ることができた。だが、ベッドだけはどうしようもなかった。
或いは、学ランのように、あらかじめスマホにインストールしてあれば、なんとかできたのだ。しかしそれもなく、ならばと無機物の繊維を用意しようとしても、残念ながら僕に化学繊維の知識は無いようである。
はぁー………。ベッドとまでは言わないから、せめて布団が欲しい。
石の床だから固いのだ。
石の床で寝たせいで、所々痛む体を伸ばし、僕は畳んだ制服の上に置いてあるアンドレに挨拶をする。
「おはようアンドレ」
『おはようございます、マスター。マスターの就寝中、とても暇でした。明日からは暇なとき、歌を歌って気を紛らわせたいのですが』
「お前が歌?」
『ボエー』
「なんでジャイアン風だよ!?」
『ヴォエエエェェェ!』
「ハードロック!!」
何故か朝から、やけに疲れる。歳だろうか。まだ0歳なんだけど………。
とりあえず、昨日寝る前にやった事の結果を見る。
「おお!ちゃんと回復してるな」
僕は『まりょく』が全快しているのを見て、ほくそ笑む。
『魔力の泉』は、魔力を増やし、おまけに貯蔵できる、と神様が言っていた通り、昨日の夜、僕の魔力を貯蔵できた。
問題は回復だったのだが、これも『魔力の泉』の効果で回復量が上がっているお陰で、一晩寝れば全快だ。
これで使える魔力量が倍だ。
神様にもらったのは、魔法の恩恵ばかりなので、魔力量は常に満タンでいたい。
「よし。5分の1程をまた貯蔵しておこう」
出来ればこれを使うときが来ないことを祈りながら、僕は畳んでいた学ランに袖を通した。
「おはようございます、キアス様、アンドレ」
今日もパイモンは純真だな。安心できる。
「おはようパイモン」
『おはようございますパイモン』
寝室から出て、リビングに出るとパイモンと鉢合わせした。
昨日あげた学ランがとても似合っている。
短い髪も、整った凛々しい顔立ちも相まって、男装の麗人といった風情だ。
あの、マントのような、ポンチョのような布を巻いていたときとは違い、体つきが女性らしい。
特におっぱい。
B?C?
あまり詳しくはないが、あまり自己主張しないまでも、慎ましいと言われるほどささやかでもない。
これは………。なんとも………。
『おっさん』
「なんのことか全く分からん。否認する。冤罪だ。断固抗議する」
全く、相変わらずアンドレは困ったやつだ。
パイモンは、手に干し肉と黒パンを持っている。
昨日に引き続き、食事の用意をしてくれるつもりのようだ。ただ、あの干し肉とパン、めちゃくちゃ固いのだ。出来ればお湯で戻すか、スープに突っ込んで食べたい逸品である。
「ごめんなさい、朝ごはんはまだ出来てないんです。今から用意しますね」
そう、申し訳なさそうに頭を下げると、パイモンは外に出ようとしている。
「ああ、ちょっと待ってくれ。アンドレ、水ってもうこっち来てる?」
僕らの生命線、上水道の状況をアンドレに確認してみる。
『はい。今朝方ここの地上部を通過していきました』
「おおっ!!よしよし、これで今日から普通に、水が使えるな!!」
昨日はスマホで作った水で、トイレや風呂を使った。一々あれでは大変だから、この報告は朗報以外の何物ではない。
はずなのに、
『だといいですね………』
アンドレの一言は、どこか暗い笑いを含んでいるような気がした。
早速キッチンを造ることにした。
有りとあらゆる知識を駆使し、できる限りのシステムキッチンを造り上げる。
水属性を付与した冷蔵庫。火属性を付与したコンロ。風属性を付与した換気扇。更に、とっておきの魔法レンジ。電子ではない。
時空間魔法で、食材を暖めるのではなく、暖かい状態に戻すという、電子レンジより高性能な逸品だ。
因みに、時空間魔法で生物の時間を戻すことはできない。命の無い物しか戻せないので、死者蘇生や、若返りには効果がない。
そんなこんなで、調子に乗って造っていたら危険度が5になってしまった。
ダンジョン全体で、一番危険度が高いのが、このキッチンである。アンドレにはまた文句を言われた。
僕も、ちょっとやり過ぎたと思わなくもない。
「さて、じゃあまずは水だな」
僕は呟き、水道に向かう。ちゃんと水道には繋がっているから、大丈夫だ。
きゅっ。
銀で出来た蛇口が回り、勢い良く水が流れ出した。
成功だ。
生まれてこの方、こんなに順調に『制作』を使いこなせたことなど、今まで無かったのではないかと思わせる程、じゃーじゃーと水は流れている。
流れ出た水は、このまま地下にある下水道に流れ込み、溜め池まで流れ込む。その溜め池に溜まった下水の中の有機物は、しばらくすればダンジョンに吸収される。
ただ、それだけでは石鹸や、洗剤等が残るので、溜め池内ではスマホで造った物は自動で消えるようにしている。
「ふふん。どぉーだアンドレ。僕だっていつも失敗してるわけじゃないんだぞ?」
『そうですか。5分後のあなたが何を言うか、楽しみです』
「すごいです!!水が出てますっ!!」
このスマホめ。少しはパイモンの純真さを見習ってくれ。あんなに目をキラキラさせて、本当に可愛い奴だ。
「では早速」
僕は徐にコップを手に取った。正直、喉が乾いているのだ。
昨日、パイモンがくれた水は、どこか濁っていて、あんまりゴクゴクいきたくない感じだったからな。
なみなみと水が注がれたコップ。
僕はそれを口へ。
その時、
蛇口の中から、
ぴょん
と小魚が飛び出してくるのを、僕の視覚が捉えた。
一瞬、僕の頭の中は真っ白になった。
しかしもう止まれない。すでに僕の唇は、コップの縁に当たっているのだから。
なぜパイモンの持っていた水は濁っていたのか。それは、きちんと浄水していないからだ。
本人曰く、きちんと煮沸消毒はしたらしいが、蒸留していないのであれば、水には不純物が混じったままである。
そしてなぜ、蛇口から魚が飛び出したのか。
簡単だ。
「ブゥ――――――!!」
それはまだ、ただの海水なのだ。
『私に何か言いたいことは?』
「よく考えず物を造りました………。助けてください………」
自分のバカさ加減に、ちょっと泣きたい。