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 ネージュ女王国の新産業

 翌日の会議は、それまでの会議と同じように、つつがなく始まった。


 「まず、今季の穀物の予想収穫高ですが………」


 この席に集まる24人の重臣の内、女は私を含めて3人だけだ。

 よく勘違いされるのだが、我が国は別に女を尊び男を卑下する風潮があるわけではない。ただ、女性が爵位を持つ事を認めているだけだ。だが、若い貴族ならばともかく、この年代になるとほとんどの女性は家庭に入ってしまう。その場合男性を代理に職務を行うのだが、公務に携わる者が子ができたからと軽々に職を投げ出され、さらにはいきなり素人を投げ込まれても困る。いや、だからといって国政に携わらなければ軽々しく職を投げ出していいわけでもない。貴族である以上、子を成さねばならないのもわかるが、それを理由に政治を軽んじられても困るのだ。


 私とて、これまでの女王と同じく子を成すことはできず、次代の女王は公爵家か、今いる王族から選ばれるだろう。それは選定候に依る所が大きいので、私にもわからないが。


 「それで………、新たな産業についてなのですが………」


 議長を務める宰相も、他の家臣も口が重い。当然か。ここ数日、この議題に関してだけは、まともな解決案がなかったのだから。


 新たな産業。


 これがなければ我が国は、アムハムラ王国の影響を直に受けることになる。王国の危機管理を鑑みれば、由々しき事態だ。それがわかっているからこそ、皆毎日この議題を話し合うし、実りがなくても議題にあげないわけにはいかないのだ。


 だが、やはり会議は水を打ったかのように静まり返り、口を開こうとする者はいない。


 「私から提案がある」


 ここで私は、昨夜寝室に侵入してきた魔王の提案をそのまま口にする。


 「新たな産業ではないかもしれんが、我が国の製紙技術を活かし、なおかつ画期的技術による既存の産業より遥かに優れた産業、というのはどうか?」


 「と、仰いますと?」




 「出版業だ」






 「出版だと?そんな物がたいした利益になぞなるか!?」


 この魔王は、わざわざ私の寝室に忍び込んでまで、こんな世迷い言を言いに来たのだろうか?だとしたら笑い話だ。後世まで伝えてやる。


 「確かに、我が国ならば紙は安く手に入ろう。だがな、売れなければいくら安かろうが出費は出費。民の税をそのような無駄な事業に割けるか」


 「まぁ、今の印刷技術じゃ、人件費だけでバカになりませんからね。1日2日で書ける物でもありませんし、何より顧客の目処がない」


 「わかっているではないか」


 だとしたら本当に何をしに来たのだ?こんな場所にいきなり来られては、迂闊に兵を呼ぶ事も出来ん。間違っても、魔王にこの国で暴れてもらっては困る。


 「そう。今までは、金になりませんでした。


 しかし、これからは金になります。まず、これを見てください」


 気軽に、こちらにそれを投げて寄越す魔王。ベッドのシーツの上に、音もなくそれは落ちた。私は恐る恐るそれを拾い上げ、検分する。


 小指よりやや小さい、金属片。


 「これは………、判子?」


 そう、その金属片の片側には、文字が一文字描かれていた。


 「こんな小さな、質素な判子がなんだと言うのだ?」


 「あー、やっぱりわかりませんか。仕組みさえ知ってれば結構簡単に作れるんですけど、やっぱこれって発想の勝利、ってやつなんですねー」


 なにやら1人で納得する魔王。こんな何の変哲もない文字が一文字しか―――


 「っ―――!!」


 「あれ?もしかして気付きました?」


 そう………。そうだ!!この判子が、真大陸共通語の全文字分あれば、文が作れるではないか。いや、文字が一種類ずつしか無いのでは話にならん。となると判子の量産は必須か。鉱物資源の豊富なガオシャン皇国を頼ればなんとでもなる。


 「それは活きた文字、活字です。そしてそれを利用した印刷技術が『活版印刷』です」


 「活版印刷………」


 私は手の中にある、小さな判子をもう一度見る。確かにこれなら、大量の本を、ごく短時間で製本する事ができる。出版にかかる費用を、大幅に削る事ができる。だが―――


 「まだ顧客の問題が解決していない、ですか?」


 心中を見透かすように、私が次に指摘しようとしていた言葉を口にする魔王。

 そうだ。繰り返しになるが、いくら安く、大量に作れたところで、売れなければ意味がない。


 「売れない本、つまりは不良在庫を抱えたくはないと?」


 「ああ、これは画期的な技術ではあるが、残念ながら今すぐ利益になるとは言いがたい。この技術があれば、真大陸中の貴族に行き渡るような量の本を作る事も可能だが、それだけの量の本が売れるわけもない。むしろ大量の売れない本を抱え込む事になる」


 少々勿体なくもあるが、この画期的な技術は、これから細々と発展させていかざるを得ない。その内、他国も真似をするだろうし、我が国の利益に直結する事はないだろう。


 「なぜ、販売を貴族に限定するのですか?」


 「それは、本は庶民には手の出しにくい………」


 「商人、兵士、その他の職種でも字をたしなむ庶民はいるでしょう?」


 「しかし、値段―――あ!」


 「はい。活版印刷があれば、値段を抑えた本を作れます。貴族と庶民、真大陸で多いのはどちらでしょうか?」


 「そうか、庶民向けの本!それは盲点だった!」


 貴族と庶民、どちらが多いかと聞かれれば、当然庶民の方が多いと答える。そして、貴族と庶民、どちらが多く金を持っているかと聞かれても、それは庶民だという答えは変わらない。そうでなければ、まともな経済など出来上がらない。

 富を独占したがるのは人の性だが、それで豊かになる物など何もない。民が富み、己が富んでこそ国は豊かになるのだ。


 「さらに、挿し絵も付ければ字の読めない人にも手が出しやすく、識字率の上昇にも繋がります。この活字を見れば、女王陛下も察しがつくと思いますが、挿し絵は版画が望ましいでしょう」


 「成る程。字が読めるようになれば、さらに本が売れるな」


 「はい。そして今は、うってつけの題材があるでしょう?」


 「うってつけの題材?」


 本の内容も民に合わせた内容にすべきだから、魔術書などより商人向けの算術の教本などか?


 「アムハムラ王の物語ですよ」


 「………ぷっ。くくく。そうか。その手があったな。魔王来襲、村娘との禁断の恋、飢饉を救い、聖騎士の襲撃を受け、オンディーヌから聖剣を賜る。これほど民衆にウケ易い題材も他にないな。フフフ。あの王は嫌がるだろうがな」


 「まぁ、存命中に自分が伝説と同列に語られるわけですからね。恥ずかしいでしょう」


 「だが、こちらの利益になる事を阻害するような狭量な王でもない。何より―――」


 「王国空運を利用して全国規模で出版すれば、アムハムラにもこの国にも利益になる」


 「そうだ」


 ただ、この産業は長続きはしないな。全く同じ文字で書かれた本を目にすれば、この印刷技術のカラクリに気付く者は必ず出てくる。そうなった場合、遠く離れた土地のシェアは奪われてしまうだろう。


 「さて、ここまでは新しい産業の前段階」


 「ん?まだ何かあるのか?」


 「ええ。ここからが本題です。出版業で一時的にでも大きな利益をあげる事が前提となりますが、僕の提案する産業はこれから」


 魔王はそこで、勿体ぶるように言葉を止める。今一度私の顔をじっと見つめ、それから改めて口を開く。




 「僕の提案する新たな産業、それは情報産業です!!」





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