城壁都市探検
「………よし………」
僕は小さく掛け声を出して、その扉の前に立った。
城壁都市の入り口。今日は、この城壁都市を隅々まで見て回ろうと思ってる。
「あ?なんだ、ミレじゃん。どうしたんだよ?」
扉を開けたら、レイラがいた。ここは食べ物屋や道具屋の多い一角だ。何をしてるんだろう?
「………城壁都市の探検………」
「マジで?何か楽しそうだな。アタシも加わりてーけど、今はキアスさんを見つける事が優先だぜ!!今日こそは圏を買わなきゃな!」
そういえばレイラはまだ圏を買ってないんだっけ。あの時お金が足りなくなったからね。これに懲りたらいざという時に困らないよう貯金するべき。たぶんしないだろうけど………。
「じゃあな!キアスさんを見つけたら教えてくれ!」
そう言って駆けていくレイラ。レイラはいつも元気一杯で可愛らしい。
「お、冒険者の女の子じゃねぇか!!どうだい?ダンジョンに潜るなら野菜、買ってかねえかい?」
「ばっか。ダンジョンつったら保存の効く干し肉だろうが。どうだい嬢ちゃん?ウチには干し肉、薫製肉、魚の干物!冒険の供が目白押しで置いてある!ダンジョンに潜るなら絶対ウチがおすすめだぜ!!」
「かぁー!!バカだねぇ。冒険者さんなら鎖袋を持ってるだろうが!ダンジョンの探索中にも、新鮮な野菜や果物を食べて肌艶を保ちてぇ、つー女心がわからねぇのかっ!?」
「んだと!?ウチの肉食ってれば、肌も艶々だっつの!!」
「ハッ!肉肉って、女が肉で落とせんのかい?」
「じゃあ野菜なら落とせるってかっ!?」
この八百屋と肉屋が隣同士なのはなんとかならないのかな。いっつもケンカしてる気がする。
僕そっちのけで口論を始めた八百屋と肉屋を残して、僕はそこをあとにする。
探険は始まったばかりなのだ。
城壁都市の中は、石材の建築物がほとんどだ。ただ、その石材が何なのかは全くわからない。何より、この石材ってうっすら光ってるんだよね。おかげで、空の見えない城壁都市の中でも、道はいつも明るい。
夜になると自然と光らなくなるから、寝る時も邪魔にならないのがいい。
ここは、基本的には一本道の街だ。だからお店が並ぶこの辺りには人はあまり住んでない。今日は人が住んでる所にも行ってみたい。
「あらあら、ミレちゃん。こんな所で何をしているの?」
今度はアルトリアを見つけた。ここは入り口から離れた場所なので、冒険者向けの商品より生活用品や生のままの野菜や肉、魚が多く売られている区画だ。アルトリアこそ、何をしてたんだろう?
「………城壁都市の探検………。………アルトリアは………?」
「私はキアス様を探していたのです!!
ミレちゃんは見かけませんでした?」
アルトリアは、普段はのんびりとした話し方だけど、あの人の話になると途端に勢いよく話し始める。
どうやらアルトリアとレイラは、あの人の事が好きみたい。僕は、あの人はちょっと苦手………。なんか怖い………。
「ミレちゃん、もしキアス様をお見かけしたら私に知らせてくださいね?お礼はしますからっ!!」
あと、こういう時のアルトリアもちょっと苦手………。怖い………。
「………ん………。………わかった………」
僕が頷くのを確認すると、アルトリアは上機嫌に歩いていってしまった。これでレイラとアルトリアに、同じような用を頼まれてしまった。この先にある居住区にも行ってみたかったけど、それはまた今度にしよう。
僕は広場まで戻ることにした。
広場。確かに広場なんだけど屋内だし、大きな劇場みたいだ。
吹き抜けになってて、上の階層から1階層にある広場が見渡せる。
城壁都市は3階層。一番上がこの城壁都市に住む子供達の学校になってるんだって。普通学校っていったら、貴族の子弟が集まるのや、教会が作った神学校なんかだけど、ここでは庶民でも学校に通えるんだって。しかもタダ。
でもタダって言っても、そこの食費や教材なんかは商人達が払う税金で賄われてるらしい。
今僕がいるのは2階層。この階層は、この街への入り口があるので人が多い。入り口付近にあるお店は、冒険者用のお店がほとんどだ。雑貨屋、道具屋、武器屋、さっきの八百屋と肉屋も、置いてある商品は冒険者向けの物ばかりだ。
そういえば、宿屋も一軒あった。安くて綺麗。だけど、本当に寝るだけのためのスペースしかなく、立って入れない筒のような部屋で、当然相部屋なんかなくて、部屋割りによっては梯子で登らないといけない部屋があったりもする、変な宿だった。城壁都市に素泊まりするだけの商人や、お金の無い冒険者には人気がある。安いから。
そして1階層。1階層にはたくさんの商店がある。しかも一番広い。
なんでも、3階や2階には水を貯めておく為の場所があって、そのスペースを確保するために狭くなってるんだって。充分広く感じるけどね。
1階層は、ダンジョンから拾ってきたアイテムや、魔石なんかを買ってくれる商店が多い。それを転売している商店もあるけど、今は商品のほとんどが玩具だったりする。ここの冒険者は、まだ信頼の迷宮を踏破できてない人がほとんどみたいだね。
僕は階段を使って広場まで降りていく。城壁都市には、いたる所に階段が設置されてるから階層毎の移動も簡単だ。入り口近くにも1階層と2階層を繋ぐ階段があるし、冒険者はあの辺りに結構足を運ぶ事が多い。
「む、ミレか。キアス殿を見かけなかったか?いくつか聞きたい事があったのだが」
開口一番にあの人の所在を聞いてきたのはアニー。アニーは、あの人の事をどう思ってるんだろ?
アニーの質問に首を振って答える僕。
「そうか………。店にも居なかったし、もしかすれば今は城壁都市を離れているのかもしれないな」
「………聞きたい事って………?」
僕が聞くと、アニーはやや慌てたように手を振って答えた。
「いや、些末な事だ。それより、アルトリアやレイラが都市内をキアス殿を探して駆け回っているようだ。住民に後ろ指を指されるようになる前に、急いで奴等を回収しよう」
「………わかった………」
どうやら探検はここまでのようだ。
居住区や学校も見てみたかったけど、それは次の探検に持ち越しする事になりそう。
アニーは商業区に向かうようだ。なら僕は居住区方面でアルトリアを確保しよう。
魔王の街、城壁都市ソドムには今日も穏やかな喧騒が飛び交っていた。