商人ってのはお金で買えないものを集める仕事なんですよっ!?
魔王の間。
殺風景なだだっ広い白い部屋で、魔王の僕と、勇者の仲間であるアニーさんは2人きりで会談を続ける。
「商人にとって一番必要な物?」
僕の問いに首を傾げるアニーさん。まぁ、宗教の話からいきなり商人の話になったからな。
「商人だけではありませんね。冒険者だってそうですし、料理人、医者、王さまだってこれが無ければ王さまを続けられないでしょうし、国に無かったら内乱が続出します」
「んん?よくわからんな」
「ありとあらゆるコミュニティにおいて、お金では買えない絶対的に必要な物。それは『信用』です。
アニーさん、そんな場合でもなかったでしょうから多分使っていないと思いますが、僕の発行したお金、真大陸で使いました?」
「いや、使ってないな。それに………」
「そうです。多分使おうとしてもどこでも使えません。分かりやすいでしょう?これが国の持つ『信用』の差です。天帝国と僕のダンジョンの、真大陸での信用の度合いが通貨の流通の度合いで丸分かりなんですよ」
「むっ、ちょっと難しくなったな。ダンジョンの貨幣が使えないのは、今は誰も知らないからではないのか?」
「そうですね。もう少し噛み砕いて説明しましょう。では、アニーさんが半金貨を持って買い物をする際、ダンジョンでは銀貨50枚分の価値があると説明すれば、使えると思いますか?」
「難しいだろうな」
「ええ。事は商売なのですから、知らない事柄を鵜呑みにしてその貨幣の価値を信用したりはしません。では、ダンジョンで使える事を知っている商人であれば使えると思いますか?」
「それも………、難しいな」
「はい。例え貨幣の価値を知っていても、流通していない貨幣で支払われては、今度はその商人がダンジョン以外で使えない貨幣を持たされる事になります」
「使えるのは、この街だけということか?」
「いえ。お互いにその価値を知り、お互いにその通貨を使用できる人間になら使えます」
「つまり?」
「ダンジョンから外に流出するマジックアイテムを扱う商人同士、そのマジックアイテムを定期的に取引する相手ですね。ゆくゆくは真大陸全土で使えるようにしたいのですが、直近の目標はこんな所です。
彼らの商売が活発になればなるほど、真大陸には僕の作ったお金が流通します」
「それは………、流通させる事に何か意味があるのか?」
「大きな意味を持ちますよ。何せこれは、血を流さない侵略にも等しい行為なのですから」
「侵略っ!?」
「さっきも言ったでしょう?通貨というのは国の信用を計るバロメーターなんですよ。信用され、使用されるようになった通貨は、それが一種の侵略兵器と化します。
あっと、警戒しないでください、侵略って言葉の響きほど物騒な真似をするつもりはありませんから。あくまでも、僕の保身のためですよ。
例えば、天帝国が今日から銅貨1枚の価値を、今までの銅貨10分の1にしたら、世界はどうなりますか?」
「大混乱だな………」
「ええ。持っていたお金の価値が、一気に10分の1になるわけですからね。各国の財産を大きく減じる事が出来るでしょう。通貨の信用もがた落ちですが、他に通貨もないので天帝国の通貨を使うしかありませんしね。それに、流石に10分の1まで価値が下がれば、銅の価値の方が高くなるので、鋳潰されちゃいますしね。
まぁ、簡単に言いましたが、貨幣相場の操作が簡単にできるなら、円安だ円高だと一喜一憂するわけもないので、あくまでも例え話です。
ああ、でも簡単に下げることはできますね。上げることはできませんが。
まぁ本筋とは関係の無い話です、いい加減本題に戻りましょう」
「成る程………。そうか!貴殿が真大陸に通貨を流通させる目的は、天帝国への牽制かっ!!」
やっぱり頭がいいな、この人。
「はい。
通貨を握られれば、僕のダンジョンは真大陸では少々マズい立場に立たされます。まぁ、あくまで貿易上の話ですが。
僕がダンジョンからアイテムを流すのは、真大陸の通貨を獲得するためであり、僕の通貨を流通させるためでもあります。
他国の通貨のみで貿易を行うのは、やはり怖いですからね。
僕が通貨を発行した意図は、そんなものです。
閑話休題。
長くなりましたが、国の持つ信用、というのはわかりましたね?」
「ああ、勉強になった。そして、改めて貴殿を畏怖したよ。未だかつて、そんな方法で真大陸に攻め込んできた魔王は1人だって居なかった筈だ」
「魔族は勉強しない子が多いですからねー。アヴィ教も、もう少し勉強が必要なんですけど」
「あ、ああ、そうえばアヴィ教の話だったな」
「ええ。国の持つ信用、それは国力とほぼ同義の意味を持ちます。しかしアヴィ教は今やその信用を失いつつあるのですよ。
まぁ、それは僕の生まれる前、30年前から始まっていたようですが」
「魔大陸侵攻による飢饉の発生だな」
「正解です。
本来社会福祉を担っていたアヴィ教が、大量の餓死者を出すきっかけを作った。それは大きな信用の欠如に繋がりました」
「故に、今回の魔大陸侵攻の出足が鈍かったわけか」
「はい。僕としては願ってもない幸運でした。
にも関わらずのアムハムラ王襲撃、汚職の発覚、勇者への冤罪と重なれば、最早真大陸でのアヴィ教の信用は地に堕つ勢いなのですよ。そこで、
『犯罪者の勇者を、第13魔王がアドルヴェルド聖教国まで乗り込んで助けた』
なんて荒唐無稽な事を言い始めたらどうなります?
信用というのは目には見えません。しかし、それを軽んじ、それを無くした者が辿るのは、末路と呼ぶべき行程です」
「成る程。アヴィ教本部は、その事に気付いていないのだな。ただ寄付が減り、ただ危機感を持ったからそれを解消しようと今回のような手段に出た。………貴殿から見て、アヴィ教には滅亡の未来しかないという事か?」
「うーん………。どうでしょうね。商人であれば、既に再起は不可能でしょうが、宗教には信者がいて、彼らはそう簡単に宗旨替えしたりはしませんからね。ただ、今のようなアヴィ教の教皇が各国の王より発言力のある状態を維持はできないでしょう」
「世界が大きく動くな………」
「世界は常に流動していますよ。だからこそ、不変な物などありはしないのですから」
さて、この話はここまで。あんまり頭使ってばっかだと鼻血出ちゃうからね。
あー、とっととお風呂入りてー。
「………貴殿は、本当にそれだけの為にアヴィ教の総本山であるアドルヴェルド聖教国まで乗り込んだのか?」
「え?」
見れば、アニーさんは怪訝そうな目を向けていた。い、いや、別に他に疚しい思惑とかはないよ?
「聞く限り、アヴィ教の零落は貴殿が手を下さなくても近かったように思う。ではなぜ、貴殿はわざわざ危険を侵し、魔王である事を明かしてまで我々を助けに来たのだ?」
「………」
「貴殿は、我々を助ける為に聖都へ来てくれたのではないのか?魔王である事を明かした事も、勇者の冤罪の疑いをより強めるためだろう?」
「いやいや、流石にそれは買い被りすぎですよ。僕はただ、目下最大の敵対国であるアドルヴェルド聖教国を完膚なきまでに―――」
「そうか?貴殿が今回冒した危険は、その成果にみあう物か?
まず、商人キアスの名は下手をすればもう使い物にならんぞ?さらに下手をすれば魔大陸侵攻の切っ掛けになったかもしれない。まだまだある、貴殿は完全に火の勇者を敵に回した。今までは、なるべく敵対者を作らないように動いてきたのだろう?」
「………」
「貴殿………、もう少し魔王らしく振る舞ったらどうだ?そんな泣きそうな顔をされたら、なんだか私の方が悪道な事を言っているみたいではないか」
「だって………」
ぐぅの音もでない。確かに、リスク管理が全く出来ていなかったのは認めざるを得ない。
「で、でも、魔王である事を明かしたのは、ちょっと魔王として忠告したいことがあったからであって、断じて君たちを助ける為じゃなかったんだよ!!これホント」
「まぁ、そういう事にしておこう。して、忠告とは?」
「ああ、うん。あのね、地下迷宮までは踏破しちゃっても構わないんだけど、その次の天空迷宮、あの空飛ぶ城には入っちゃダメだよ?ぶっちゃけ、君たちでも即死しかねないし、ドロップアイテムもないから。いや、やっぱ商人のままこの忠告するのって、色々不都合があるしね」
「………語るに落ちる、というのはこの事だろうな………。とはいえ了解した。我々はあくまでも資金調達が目的だったからな。無理に貴殿の元まで来ようとは思っていなかった。
転移は使っても良いのだな?」
「ああ、うん。別にいいよ。天空迷宮まで行かなければ」
「なぜそこまで心配するのだ?我々は勇者の一行なのだぞ?」
「え?だってヤじゃん。僕が仲間を殺しておきながら、のうのうとそ知らぬ顔して君達と話すの」
「………わかった………。因みに、一度ここに呼ばれた以上、私はここにも転移できるが、本当にいいのだな?」
「ああ、それ?大丈夫大丈夫。転移って、飛ぶための場所にマーキングしないとダメじゃん?召喚陣の中からだとマーキングできないんだ」
「ほぅ。この召喚陣は随分と高性能なのだな。ここから出る方法はあるのか?」
「ん?いや、仲間になる事を了承すれば出れるけど、そうなった場合アニーさんは僕に敵対的な行動が取れなくなっちゃうよ?無視すれば最悪命に関わるから、絶対にやめてね?」
あれ?なんかデジャヴを覚えるやり取りだな。
「そうか。では私は貴殿の仲間になろう」
ちょっとおぉっっっ!!
思い出した。トリシャの時と同じだ!何しちゃってんのこの子!?キミ、勇者の仲間でしょっ!?
「だが、気を付ける事だ。私は貴殿が人間に有害な魔王だと判断すれば、自らの命も省みず貴殿を討ち取りに来るぞ?」
本当に勘弁してください………。
「ふふふ。ではこれからもよろしくな、
キアス殿?」
そういや、ここに呼び出してからアニーさんに名前呼ばれたのって、これが初めてだなー。やっぱり警戒してたんだなー。
僕は現実逃避しつつ、アニーさんの意外な行動に呆然と立ち尽くすのだった。