とある王様の憂鬱
面倒なことになった。
今、私が思うのは、そればかりである。
ここアムハムラ王国は、1000年以上の歴史を持つ、真大陸指折りの古い王国だ。
私の先祖は、その長い間この王国を守り続けた。それは純粋に、私の誇りである。
ただ、この王国を渦巻く状況は、今も昔も過酷の一言に尽きる。
真大陸の北端に位置し、生産力が低く、特筆すべき産業がないこの国では、国力を維持するだけでも細心の注意が必要だ。
だというのに、この国が、真大陸から魔大陸への、唯一の橋頭歩なのだから始末が悪い。
魔大陸から魔族が攻めてくれば、我が国は防壁となってそれを防ぐ。
人間が魔大陸に侵攻する際には、我が国がそれを支援する。
実際、この王国が1000年の歴史を築けたのも、他の国がこの王国の領土を、これっぽっちも欲しがらなかったことに起因している。
だというのに、中央の業突く張りや、教会の狂信者は、暇さえあれば魔大陸侵攻を唱え出すのだから、辟易もこれ極まれりというものだ。
真大陸の、内陸や南に位置する国にとって、魔大陸侵攻は正義であり、戦争特需にあやかるための、美味しいイベントなのだ。喰らうのは兵士の命だという事にも気付かず。
そしてそれを助長するのが、大陸全土に勢力を持つアヴィ教だ。
アヴィ教は、魔族の根絶が人間の至上命題だ、と言って憚らない教義を持つ宗教である。
その教皇ともなれば、一国の王すら及ばない発言力を持ち、魔大陸侵攻の最終判断を担う立場でもある。
教皇が1度、魔大陸侵攻を宣言すれば、真大陸にある各国は、一致団結して事にあたらなければならない。真大陸全土から、アムハムラに兵士が集い、その兵士達が消費する食料などを供出すれば、王国全土から餓死者が出るほどである。
私も、真大陸にある王家の義務として、アヴィ教に身は置いているものの、信仰そのものは皆無に等しい。
それはアムハムラ王国民にも、顕著に現れている。なにせ、教皇の言葉で夫や父が死に、魔大陸侵攻のせいで、子供や祖父母が飢えて死ぬ。
アヴィ教のアイドル、光の神の神像に唾を吐きかけるのは、アムハムラ国民なら誰でもやる、一種の慣習だ。私も幾度か経験がある。
しかし今は、そんな愚痴を言っている場合ではない。
魔大陸の半島、『魔王の血涙』に新たに13番目の魔王が誕生したのだ。
よりによって『魔王の血涙』である。真大陸側の橋頭歩がここアムハムラなら、魔大陸側の橋頭歩が『魔王の血涙』である。
幾度も人間が奪取を試み、しかしその全てが失敗してきた大地。
それだけではない。新たな魔王が、第1、第2魔王のように、真大陸に興味を示さない事も有り得るが、第11魔王のように好戦的であれば、たちまちこちらに攻め込んでくるだろう。
第13魔王の誕生を布告しに来た巫女に、何度も確認した程だ。
もし、こちらに攻め込んでくれば、我々はそれを迎え撃たなければならない。そして、その後は言うまでもない。『魔王の血涙』に住まう魔王討伐のため、魔大陸侵攻の決が下るだろう。
いや、もしかすれば魔大陸侵攻の方が、早く決まる可能性もある。
あの場所は、あまりに真大陸に近すぎるのだから。
「………本当に、面倒なことになった………」
誰もいない私室に、私の漏らしたため息が響く。
可能であれば、魔大陸侵攻は避けたい。だが、第13魔王をこのまま放置するわけにもいかない。
放置して、勢力を蓄え、大軍勢で侵攻されては目も当てられないのだ。
コンコン。
王族以外では、緊急時以外は宰相でも入室できない私の私室のドアから、静かにノックが響く。
「入れ」
「失礼します」
現れたのは、この国の騎士団、団長だ。妙齢の、美しい女性。着込んだ白銀の鎧に見劣りしない長身に、年頃の娘には相応しくない、短めのショートヘア。金髪のそれを揺らし、お辞儀する様は、お伽噺の騎士のように凛々しい。
「来たか」
私は短くそう言った。
「はい。先見隊の準備が整いました。いつでも出発できます」
「わかっていると思うが、今回の目的は偵察であり、第13魔王の動向を探るためだ。間違っても魔王を刺激したり、攻撃を仕掛けたりは控えろ」
「はい」
団長は私の言葉に、真剣に頷く。
「我々の一挙一動で、真大陸全土を巻き込む争乱が起きかねません。その事は重々承知しています」
「ならばよい」
団長の台詞に、私は一先ず安堵の息を吐く。
「………」
「………」
静かな沈黙の後、私は最後にもう一度、口を開く。
「………すまんな、こんな危険な任務を、お前にやらせてしまって」
「いえ、庶子である私をここまで育てていただいたのです。感謝こそすれ、恨み辛みなど有ろうはずもありません」
「トリシャ………」
「父上、私はこの国の騎士団長です。
危険が有るのなら、それから民を守るための盾となることが、私の役目であり、誇りなのです。
私はそれを、父上から学びました。他者を危険な場所に追い込んで、安穏と過ごすわけにはいきません」
「………ああ。私の誇りはお前だよ。どうか、生きて帰ってきてくれ」
「必ずや………っ!」
私、アムハムラ王国国王、アルベール・ポポ・アムハムラと、庶子の王女、トリシャ・リリ・アムハムラは、こうして別れた。
娘が、何を持って帰ってくるのか、この時の私には知る由もなかった。




