オオカミ少年って、少年だから許されてる部分があるよねっ!?
ウェパルがどんな髪型になって帰ってくるのかを楽しみにしつつ、僕はリビングまで戻ってきた。
「キアス様、もう変装を解いてもいいですか?」
「ああ。ご苦労様。助かったよ」
「いえ、私も初めて真大陸を見る事が出来て楽しかったです!」
そう言ってもらえるとホントに助かるよ。特にパイモンはずっと変装させっぱなしだったし。
「やっぱりこっちの姿がいいの!」
「っていうかフルフル、別にお前はずっと変装してる必要なんかなかったんだぞ?」
「え?」
「当たり前だろ。お前は僕らと違って真大陸でも大手を振って歩ける身だ。変装させたのは、あの変態勇者に道案内させるためだったんだ。一度正体をバラした後は、いつだって変装解いてよかったのに」
「ぅえー………。だったら言ってほしかったの。あのおじさん、太っちょで歩きづらかったの」
ああ、確かにフルフルが変装してたのはやや肥満体型のおっさんだった。
「マスタ、師匠に飴もらいにいきたい!」
「ました、あめちゃん!あめちゃん!」
「止めとけ。あの人、オールと同じ臭いがするし、帰ってこれなくなるぞ」
「でもマスタ、師匠、いい人って言った。師匠、いい人。ついてっていい」
「あめちゃん、あめちゃん」
「お前らは………。いいか?お前らは絶対僕たち仲間以外についてっちゃダメだぞ!!誘拐されるから!」
心配すぎる………。飴と言わず、異世界転生らしく何かスイーツでも作るか。でも、僕って人並みくらいにしか料理の知識がないんだよな。お菓子の知識はさらにない。簡単なお菓子か………。
あ、別にそんな事しなくてもこっちで買えばいいか。
「お菓子なら後で僕が買ってあげるから、今は我慢しなさい!それと、知らない人には絶対についてっちゃ行けません!いいね?」
「「はぁい」」
全く。本当に心配だよ、全く。
「キアス様?」
「うん?」
変装を解いた、いつものパイモンがニコニコと話しかけてきた。
「キアス様、私はキアス様の事が大好きですよ」
「え?あ?あ、ありがとう?どうした急に?」
「いえ、あのドワーフにキアス様が言い寄られているのを見て、そういえばまだ口に出して想いを伝えていなかったなと」
「あ、そう………。うん、まぁ、その、なんだ、あ、ありがと。嬉しいよ」
「お礼を言われるような事ではありません。こちらこそ、この3ヶ月は私が生きてきた生涯で一番楽しい時間でした。本当にありがとうございます」
「おいおい、嫌なフラグ立てんなよ。お前には、3ヶ月と言わず、残りの生涯全部を楽しんでもらう!何年も、何十年も!いいか、これは命令だぞ!?わかったら返事!」
「はいっ!」
「フルフルも楽しいのー!キアス、大好きなの!」
「キ、キアシュ様っ!わ、わたっ、私もっ、ききききき、キアス様が、だだだだだいだいだだだ大好きですっ!愛してます!」
落ち着けトリシャ。
「マスタ、マルコもマスタ大好き!」
「ました、ミュル、一番ました大好き!」
「あー、ハイハイ。ありがとーさん。僕も大好きだよー」
こいつ等がいれば、今夜のアニーさんとの会談がどう転ぼうと、大丈夫。
そんなガラにもないことを思った。
「マスタ、顔赤い」
「うるさい!」
そろそろ時間か。
晩餐を終え、僕は1人魔王の間にいた。2人きりって約束だしね。
スマホが8時10分を表示するのを確認して、僕はアニーさんを召喚した。よく考えたらソドムやゴモラ、他の町にも時計って無いよな。普通の街は、教会の鐘なんかで時刻を知れるんだよな。後で造ろ。
光が収まり、やや驚いた表情のアニーさんが召喚陣の上に立っていた。
「やぁアニーさん。お時間、大丈夫でしたか?」
「ああ。問題ない。しかし………、これは………」
足元の召喚陣や、室内を見回すアニーさん。それどころか、手を伸ばして召喚陣の障壁も確認する。
「呼び出したのは僕ですが、今回はアニーさんから用との事でしたので。
お話とは何ですか?」
「フフフ。白々しい問いだな、キアス殿。もうわかっているのだろう?いや、貴殿が率先してわからせた、とでも言うべきか?」
「まぁ、そうですね。でも、僕としては本当にアニーさんがわかっているのか、どこまでわかっているのかは確証がないんですよね」
「ならば単刀直入だが、聞こう」
そこで一度息を飲み、改めてその凛々しい目で僕を見据えて口を開くアニーさん。
「貴殿が本当に第13魔王で間違いないな?」
まっすぐ問いかけるアニーさんに、僕は微笑んで答える。
「はい」
僕が頷くと、アニーさんはホッとしたように息を吐く。
「よかった………。もし間違っていたらと気が気じゃなかったよ」
「ははは。確かに、普通の人に言ったら一発で嫌われかねませんね」
「ああ。かといって、キアス殿がこれから私を嫌いにならない、という保証など無いがな?」
「さもありなん。でも、僕は美人を嫌いになった事はありませんよ?」
「ありがとう。さて、では私が第一号にならぬ事を祈るべきか」
「美人を否定しないのはあなたの美徳です。
参考までに、どこで気付いたか聞いていいですか?」
「そうだな………。色々あるが、まずはその指輪だ」
アニーさんが僕の右手の指輪を指し示す。
「そんな物はダンジョンにだって有る筈がない。何故ならここの魔王は、意図して悪用しづらい物を流していたからな。だが、そんな指輪が世間に出回ったら、暗殺なんて容易くできる。もしかすれば魔王本人の暗殺にもだ」
「成る程。確かにこの指輪はダンジョンでドロップするアイテムではありません。他には?」
「ダンジョンのマジックアイテムに詳しすぎだ。言っておくが、あの状況でなければシュタールとてあれで誤魔化されたかどうかは怪しいぞ?」
「あー、やっぱりそう思います?」
「あまりバカにしてやるな。あれでも、貴殿より遥かに年上なのだからな。
それと、やはり貴殿の持つマジックアイテムの総量は異常だ。一度あそこに潜ればわかるが、有用なマジックアイテムを集めるには何ヵ月もかかる。だが、私が貴殿に初めて会ったのは第13魔王が生まれて二月と経っていない頃だ。ダンジョンが出来た直後からダンジョンに潜るような暴挙に出ていたとしても、やはり異常だ」
「いゃあ、あの時は勇者に会う予定なんかありませんでしたし、商売相手にも一度しか会わない予定でしたからね。まだそんなに前の事でもありませんが、思い出してみると懐かしいですね」
「ああ、私も懐かしいよ。貴殿がシュタールにあの鎖袋を白金貨10枚で売り付けていたあの時が」
「………その言い方はちょっと卑怯ですよ………」
「フフフ。わかっているさ。あれはシュタールが悪い。貴殿としては早く商談を終えて立ち去りたかっただろうにな」
忍び笑いを漏らすアニーさん。出来れば最後まで笑っていてほしいなぁ。
「わからないのは、なぜあのタイミングで我々にもわかるように自ら魔王だと名乗ったかだ」
あ、もう消えた。凛々しいアニーさんも美人だけど、僕は笑ってる顔が好きだなぁ。
「理由の1つは、やはりアヴィ教か?」
「ええ。今までアヴィ教は、あなた達を枢機卿暗殺の犯人、及び彼の犯してきた汚職の首謀者として拘束していました。様々な思惑や、色んな人間の利害から」
「ああ、そうだ。そういえばまだ礼を言っていなかったな。貴殿のお陰で窮地を脱する事が出来た。ありがとう」
「いえいえ。女の子を助けるのは男の子の役目ですよ。
話を戻しますね。アヴィ教がこのような暴挙に至った理由の1つとして、寄付の減少があると思われます。宗教というのは、一種の株式会社のようなものです。人件費、活動資金、教会の建設といった必要経費は、全てそういった寄付から供出されます。おまけに、株式会社と違って配当金を支払う必要がありませんし、寄付をしてくれた人に何らかの利益を返す必要もありません」
「カブシキガイシャとはなんだ?」
「商業の一形態です。民衆がそれなりに裕福であれば中々実用的な企業形態なのですが、今の世界情勢やGDPなんかを考えると、あまり大々的に取り入れたくはありませんね。きちんとした商取引の法整備をされると、僕のようなアングラな商人は困ってしまいます。それに、面倒くさいので僕は絶対に作りませんけどね。
宗教の場合は有価証券を発行する必要はありませんし、業績を上げる必要もなければ、配当金もなく、さらには有価証券の売却による払い戻しもありません。こう言ったら儲かるようにも思えますが、そもそも新興の宗教が儲けられるほど、宗教ってのは甘くないんですよ。歴史と実績、世間に認知される程の名が必要なんです。
株式というのは言ってしまえば効率的な資金調達の方法です。その分株主は優遇されます。まぁ、それは宗教だって同じ事ですが、これは暗部に触れるので別の話題に。
宗教だって寄付で得た利益は何らかの形で還元しないといけません。社会奉仕、貧民救済、魔物被害の救済、それと、
魔王の討伐。
寄付を受ける見返りとして、宗教とは様々な恩恵を社会に還元しなければなりません。
しかし、アヴィ教は大きなパトロンだった各王家に不信を持たれました」
「アムハムラ王襲撃か」
「はい。
あれで一気にアヴィ教の信用は失墜しました。
本来であれば内々に事を済ませるつもりだったのでしょうね。失敗しても、あちらできちんとした対策を講じていれば、なんとかなったのですがね。世界で一番情報を仕入れやすいのは、教会でしたから。これまでは。
運の悪い事にアムハムラ王国からの情報は、今や瞬く間に世界を駆けます。いやぁ、本当に運が悪かったですねぇ、アヴィ教は。
各王家にとって、成長しすぎた教会勢力というのはまさに目の上のたん瘤。出来うるならばその権威を減じてくれた方が自由に動ける。しかし、教会が自発的に行う社会福祉活動は寄付を支払う程度であれば、むしろ国益になる。それが、今までのアヴィ教と各王国との関係でした。というか、宗教と国の関係はそれが無ければ成り立ちません。
しかし、自らの意思に従わないようなら暗殺も辞さない集団に、各王家は金は出せません。
つまりあれは、勇者という大きなスケープゴートに各王家の批難を集中させつつ、さらには勇者の財産の没収を企んでいたんでしょう。
メル・パッター・ベモーも、きちんと保管されてましたよ。恐らく売り払うつもりだったのでしょうね。あの変態勇者も、シュタールのオリハルコンの剣を自分の物にできなくて、随分歯噛みしていたそうです。まぁ、全部僕が奪還してしまったのでザマあ無いですが」
「つまり我々は、教会の資金難を解決するための贄だったと」
「そんなところです。
ただ、事態は彼らが想定しているより遥かに重大かつ、重体です」
「重体?」
「ええ、明日をも知れぬ危篤状態です。
アニーさん、商人にとって一番大事な物って何かわかりますか?」