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 光の勇者の受難・6

 「やぁシュタール。ご機嫌如何かな?」


 「ああ、悪くねぇよ?

 便所で糞してたら、手の届かない距離にゴキブリ見付けたときくらいには、気分はいい」


 「それは重畳」


 再びやって来たエヘクトルは、相変わらずのムカつく笑顔だった。ゾロゾロと背後に控えているのは、この間も見た背の高い兵士と、背の低い兵士の他は奴隷紋を刻むための術師か。


 「ようやく準備が整いました。些か時間を食いましたが、一度奴隷にしてしまえばうるさい輩も黙ることでしょう。何せ奴隷紋を解けるのは、精々例の第13魔王くらいのもの。その魔王も、いくら酔狂な性分とはいえ、好き好んで勇者を解放したりはしますまい。つまり、あなた達は今日より一生、私の奴隷です」


 あー、ムカつく。奴隷にされたら、まずは苦痛とか省みずにコイツをぶっ殺そう。そしたら、仲間は奴隷にされなくて済むし、死んだとしても本望だ。


 「さっさとやれよ、クソ野郎」


 「潔いですねー。それとも自暴自棄でしょうか? それに何故、貴方から奴隷にしなくてはならないのですか?」


 クソッ。やっぱり俺は後回しかよ。


 「まずはそこのドワーフからだ」


 エヘクトルが2人の兵士に指示を出す。


 向かいの牢で、レイラはビクリと肩を震わせると、怯えるように後ずさりした。


 「い、いや………、来んな!こっち来んな!!奴隷なんて絶対やだ!来んなよぉ!!」


 兵士の内小さい方が牢の鍵を開け、レイラを連れ出すために牢の中に入っていく。


 クソッ。本当にどうにもできねぇのかよっ!? いっそ、ここで暴れてみるか? だが、牢が壊せるかどうかはわかんねぇし、壊せたとしても最悪生き埋めだ。だけど、このままレイラが奴隷にされるくらいなら―――っ!!


 兵士は進み、レイラは後ずさる。レイラの前に、立ちはだかるように飛び出たミレも、肩が少し震えている。

 クソッ、クソッ、クソッ!!! こんな時何も出来ないで何が勇者だ!?


 ガアァン!!


 殴り付けた牢の格子からは、けたたましい音が鳴り響くも、俺も牢も傷1つ無い。それどころか、痛みさえも。クソッ。やっぱり非殺傷結界が張り巡らされてやがる。


 無機物に非殺傷結界は効果を及ぼさない。だが、それが素手ならば話は別だ。肉体へのダメージを無くすということは、衝撃や圧力の反動も無くなり、結果その対象である物にも効果がなくなる。それはつまり、無機物も素手では壊せないという事だ。


 そうこうしている内に、兵士はミレとレイラの目と鼻の先までたどり着いていた。


 「………レイラを連れていく前に、僕からにして………」


 「ダメだよミレ!ア、アタシが………、アタシが………」


 「………無理しなくていい………。………レイラは、僕が守る………」


 「やだ………!いやだよぅ。奴隷なんてやだ。ミレが奴隷になるのもやだぁ!!来んなよぉ。来ないでよぉ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい………」


 最早立っていられずにうずくまったレイラに、小柄な兵士は近づき―――




 「この前もそうやって謝ってたね。もしかしてそっちが素かい?」




 は?


 牢に入った小さな兵士が、やたらと気さくにレイラに話しかけた。


 「しかし成る程。


小規模な魔力嵐を起こすことによって、魔法の発動を不安定にしているんだな。しかし、既に発動している魔法に干渉できる程の力は無いと。だとしたら、やっぱりあんまり使える術式じゃないな。まぁ、今後何かの参考になるかもしれないし、完全な無駄足ってわけでもなかったね」


 兵士は牢に彫られた術式を検分すると、実に楽しそうに頷いていた。


 「何をしているのですか!? さっさとそのドワーフを連れてきなさい!!」


 苛立ったような声のエヘクトルの命令に、その兵士は小馬鹿にしたような笑顔で振り向き言う。


 「お断りだよ、この変態。泣いてる美少女を無理矢理奴隷にするとか、お前ホント、度しがたいほどのド変態だな。つーか、さっきから誰に命令してんだ、このド変態勇者」


 小さな兵士はそう言うと、右手の薬指の指輪を掲げ、腕を一振りする。


 すると、そこにいたのは見慣れた商人の姿だった。

 「「「キアス(殿)(様)(さん)!?」」」


 「やぁどうも」


 暢気に笑顔で手ぇ振ってる場合かっ!? 早くミレ達をその中から助け出してくれ!!


 「何者だ?」


 エヘクトルの問いに、律儀に答える必要なんて無いからなっ。早くしろ!!


 「おいシュタール、お前は本当にアホだな。武器全部取り上げられたのかと思えば、腰にウルミー巻いたままじゃん」


 「は?………あっ」


 本当だ。すっかり忘れてた。これがあれば、今まで逃げ出す機会はあったかもしれない。

 クソッ。自分のバカさ加減をここまで呪ったのは、多分アムハムラの飢饉以来だ。


 「それ使えば、こんな檻は簡単に壊せるっつの。僕のコレクションを舐めるなよ?」


 「マジで? だってこれ、普通に鉄でできた剣だろ?」


 「ふん。だから舐めるなと言っている。鉄で出来ているからといって、鉄も斬れないような剣では二流品もいいところ。最高の剣と、最高の腕があって斬れぬ物などこの世には無い。まぁ、その剣じゃオリハルコンは無理だろうけどな」


 とりあえず試してみることにする。っておぉ!!本当に斬れたぞ?スパッと、野菜でも切るみたいに、呆気なく牢の格子が切り離される。非殺傷結界は無機物同士ならなんの効果も現さない。


 「全く。相変わらずのスカタンだな、お前は。お前のアホに付き合って奴隷にされてたら、仲間の皆が哀れでならんね」


 「いや、返す言葉もねぇな。マジで助かったぜ!」


 「言っとくけど、いい笑顔で爽やかに礼言ったところで許すほど、僕は優しくないからな。今回かかった経費と、指輪の代金、んで、僕が被った迷惑料、全部お前に支払わせるからな?」


 「えっ、指輪はアニーが………」


 「ここで女に責任をなすり付けるような無様はさらしてくれるなよ? 僕はこれからも、曲がりなりにもお前と友人として付き合いたいからな?」


 「はい………」


 さっき牢に囚われていたときより、今外に出てからの方が進退が極まっている気がするのは気のせいか?


 「貴様は何者だっ!?」


 あ、エヘクトルの存在を綺麗さっぱり忘れてた。


 普段のムカつく笑顔の仮面はどこへやら、顔を真っ赤にして激昂するエヘクトルに、キアスは面倒くさそうに答えた。


 「うっせーなぁ。なんだチミはってか?」


 その答えに、俺も、仲間も、エヘクトルやその後ろに控えた有象無象も、揃って返す言葉を無くしたのだった。




 「そうです、僕が第13魔王、アムドゥスキアスです」





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